第12話 物知りな化身

 絵巻屋のただでさえ鋭い目つきがさらに細められる。


「アヤシの件ですか」


「はい、謎の雨が降るんですよ。詳しくは見てもらったほうが早いかと」


 お客様が丁寧にそうお願いすると、絵巻屋はまるで彼の周囲を探るように視線を少しだけ揺らした。


 だが目当てのものは見つからなかったらしい。すぐに軽く目を閉じると、座布団の上から立ち上がる。


「わかりました。では行きましょう」


 そのまま草履を履いて、二人は私の横を通り過ぎようとする。


 だがその寸前、絵巻屋は私に視線を向けた。


「写見。アナタは……」


 この前と同じようにお店番をすればいいのだろうか。


 今度こそうまく成し遂げてみせると体に力をこめていると、絵巻屋は険しい目のまま私をじっと見た。


「いえ、アナタもおいでなさい。見習いですからね」


 きょとんとして何度もまばたきをする。


 そして、じわじわと喜びが肩のあたりから上ってきた。


「はいます」


 そうだ。私は絵巻屋の見習いなのだ。彼らの期待に応えてみせる。


 先に外に出ていってしまった絵巻屋たちを追いかけ、店の外に出る。外は相変わらず明るかったけれど、今日はあまりまぶしくは思わなかった。


「また手繋ぐかイ?」


 ぷかぷか浮かんだままの化身が手を差し伸べてくる。


 私はちょっと迷った後――彼の袖をぎゅっと握った。


 化身は一瞬何かを言いたそうな仕草をしたが、すぐに私の隣にくるんと飛んできて前方の二人に声を飛ばした。


「オイオイ、今日はお嬢さんも一緒なンだからナ! ちゃんとゆっくり歩くンだヨ!」


 お客様はぎょっとした顔で振り返り、絵巻屋はびくっと肩を震わせた。


「あれは反省してンだヨ」


「反省?」


「子供の相手なんて慣れてないのサ。アイツもまだまだ若いからネ、ちょっと前まで自分の方が子供デ……」


「うるさいですよ、化身。置いていかれたいんですか」


 鋭い声が化身の言葉を遮る。だけど、歩調を早めようとはしていない。


 私はそんな絵巻屋の背中と傍らの化身を見比べて、化身の袖をちょいちょいっと引っ張った。


「若かったのか」


「割と老け顔なんだヨ。何歳ぐらいに見えた?」


「……26?」


「ぶっ」


 化身は思わずといった様子で噴き出した。


「アッハハハ! 26、26だってヨ、絵巻屋!」


 宙を転げまわる勢いで大笑いする化身をきょとんと見上げる。そんなに面白かっただろうか。


 化身はひぃひぃ言いながら戻ってきて、ひょいっと絵巻屋を指さしてみせた。


「アレはまだ21だよ。まだまだ大人になってすぐサ」


「21」


 オウム返しに聞いて、絵巻屋に目を戻す。それにしては落ち着いているから、てっきりもっと年上かと思っていた。


 心なしか絵巻屋の背中が、苛立っている雰囲気を醸し出している気もする。


 私は絵巻屋に聞こえないように、さらに化身に顔を近づけた。


「関所の道行みちゆきと同じぐらいか」


「実はあの男のほうがちょっとだけ年上サ」


 化身もヒソヒソと返してくる。


 そうだったのか。道行があんなに絵巻屋にかまってくるのもそれが関係しているのかもしれない。


 ふむふむと思いながら絵巻屋のあとをついていく。


 絵巻屋は隣を歩くお客様と話し始めていた。 


「どこで雨が降るのですか?」


悠楽ゆうらく通りですね。ほら、茶屋があるあたりです」


 茶屋、と聞いて紗綾と食べたおだんごを思い出す。腕がたくさんある店員さんにはびっくりしたけれど、あれは美味しかった。


「何故かお天道様が出てるのに急に雨が降るんです。しかも何回も」


 首をかしげる。


 そういえばあの店の外でそんなことを見たような?


 ううむと内心考え込んでいると、隣の化身が納得したようにうなずいた。


「アァ、キツネの嫁入りってやつカ」


「嫁入り?」


「お嫁さんが結婚しに行くことダヨ」


 丁寧に説明されて、私は理解した。


「結婚式か」


 それなら知識にある。きれいな服を着て、二人が立っている図が頭に浮かぶ。


「決められた相手と結婚するやつだろう」


「今でもそうなのカイ? 現世では恋愛結婚というやつが主流だって聞いたケレド……」


 そう言って化身は首をひねる。私も内心ちょっとおかしいなとは思いつつ、続けて尋ねた。


「結婚式がなぜ雨になる」


「結婚式とはちょっと違うンだよネ」


「?」


 今度は私が首をひねる番だった。化身は指を一本立ててきた。


「花嫁行列ってやつがあってネ。お嫁に行くときに、お嫁さんとお婿さんとその家族が一列になって神社に行くんダヨ」


 うんと考えてその図を思い浮かべてみる。ドレスとスーツを着た二人と家族が脳内でぞろぞろと歩く。


「じゃあ、キツネが行列を作るのか」


「ソ。その時にアイツらは虹を通っていくんだヨ」


「虹」


 脳内の知識を引っ張り出す。クレヨンで空に七色の輪っかをかけた絵が思い浮かんだ。


「晴れたときに雨が降ると虹が出るダロ? あれはキツネが花嫁行列を作るために虹を作ってるンだヨ。天気雨がキツネの嫁入りって呼ばれるのはそういうコトサ」


 私は思わずおおっと声を出した。


「化身は物知りだな」


 素直に褒めると、化身はむずがゆそうな動きをした後に、誇らし気に鼻を鳴らした。


「ヘヘン、そうだロォ?」


「尊敬した」


 こくこくとうなずく。化身はますます嬉しそうに胸を張る。


「もっと褒めるといいサァ」


「すごいぞ」


「もっと!」


「頭がいいな」


「もっともっと!」


 言葉の限りをつくして化身をほめちぎる。


 ちらっと前を見ると、絵巻屋の背中が何かを言いたそうにしている気がした。


 私は軽く足を速めて、彼の顔を下から覗き込む。


「絵巻屋は知っていたか?」


「知っていますよ、それぐらい」


 こちらを見ようともせずに絵巻屋は突き放してきた。


 化身は面白そうに寄ってきて、私の耳元でささやいた。


「拗ねてンダヨ。俺ばっかりすごく褒められたモンだかラ」


 目を何度か瞬かせた後、絵巻屋を見上げて首をかしげる。


「子供か?」


「アナタ方の会話にあきれているだけですよ」


 絵巻屋は苦虫を噛み潰したような顔になった。やっぱり拗ねているのかもしれない。悪いことをした。


 お客様はそんな私をハハと笑いながら見ていたが、ふとある店の前で立ち止まった。


「着きました。ここで毎日決まった時間に雨が降るんです」

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