第4話 カタチなきアヤシ

 言っていた通り、今度は二人ともゆっくりと足を進めてくれた。これなら私の歩幅でもついていけそうだ。


 余裕ができた私は、とことこと歩きながら周囲の風景を見た。


 絵巻屋のお店に向かったとき感じたように、やっぱりこの街は見慣れないものばかりがある。


 右を見ても左を見ても木の建物だらけで、だけどどうしてか華やかな印象を受ける。食べ物屋らしき店の軒先には提灯が揺れていて、見上げると空にはいろいろと文字が書かれた凧が浮かんでいた。


「街が珍しいカィ?」


 こくりと頷く。


「そっかそっか、ここに来たばっかりだもんネェ」


 化身はほほえましそうにのどを鳴らす。


「ここは『異界』ダヨ。君が多分今までいたのが『現世』だとすると、ここはその狭間ハザマの世界」


 現世、という言葉を舌の上で転がす。

 ここは現世ではない。ということはもしかして――


「私、死んじゃったの、か?」


「さァね? それを今から確かめにいくんだヨ」


 持ち上がっていた気分がぐんと落ちて、化身の袖を掴んでいる手に力がこもる。


 自分がどこから来た何者かもわからない。でも、死んでしまうのがひどいことだということはわかる。


 化身はそんな私に気づいていないようで、左手で私の手を引きながら右手で街を示した。


「いろいろ事情があって『現世』にいられなくなったモノや、流されてきちゃった『モノ』が生きていル。それがこの街サ」


 指し示されるままに、街へと視線を戻す。


 そこには人と呼ぶには少し異形な存在たちが、自由に闊歩していた。


「『モノ』……?」


「自分がどのような存在なのかっていう、『カタチ』をはっきりと持った存在のことだヨ」


 ちょっと考えて、私は首をかしげる。 


「『カタチ』は、その人の見た目?」


「まァそういう認識でイイヨ」


 本質ッていうのが最適なんだけどネ。

 小さく言いながら、化身は右手で頬らしき場所を掻いた。


「逆に『カタチ』を持っていない子を、僕ラは『アヤシ』と呼ぶ。お嬢さんもソレさ」


 私は目をぱちくりとさせ、空いている左手を持ち上げた。しっかりと存在している。透けたりしていない。


「私、今、『カタチ』がない、のか」


「今は絵巻屋の煙で仮留めされてるんだヨ。ホラ、見てごらン」


 化身は大通りに差し掛かって立ち止まり、すぐ隣に立っていた人を長い袖でひょいっと示す。


「あれが、『モノ』を『モノ』として固定してる『カタチ』ってヤツさ」


 袖の先をたどると、牛の角を生やした男性が人力車を呼び止めているところだった。その肩には、筆で描かれた『牛』の絵が貼りついている。


「紙の、絵?」


「ソ。んで、あの絵を描いてるのが、ここにいる絵巻屋ってコトよ」


 私はきょとんと眼を丸くした後、きょろきょろとあたりを見回した。


 記憶していた通り、道行く人々全員が体のどこかに絵が描かれた紙を貼り付けている。


「ぜんぶ?」


「ウン、全部絵巻屋が描いたモンだよ」


 私は何度も目をしばたかせた後、化身の袖をくいっと引っ張って、耳のそばでひそひそ尋ねた。


「もしかして、コイツ、えらい人、か?」


「さァね?」


 化身はひょいっと肩をすくめる。


 私は急に、背中を向けている絵巻屋が大きいもののように見えて、目を伏せて泳がせた。


「……偉いモノなんかじゃあありませんよ。私はただの絵描きです」


 絵巻屋は振り向かないまま言う。そうなのかと隣の化身を見るも、化身はまた肩をすくめるばかりだった。


 大通りの人の流れが途切れて、私たちは道を渡り始める。


「対する『アヤシ』はああいうののコト」


 言いながら、化身は道の向こうで巻き上がった突風を指さした。


 ぐるぐると回るつむじ風のせいで、人々の着物が巻き上がっている。


「風?」


「ン。目には見えないけどあの辺りにいるんだろうネ」


 風のあたりをぎゅっと凝視する。


 ……なんだか、景色がゆらゆら揺れているような気がした。


「『アヤシ』には自分が何なのかわからないのサ。だから、うろうろしたり暴れたり、『モノ』たちにとっては迷惑なことをしちまうンだよ」


 大通りを渡りきるころには、風はすっかり収まっていた。


 私は今しがた言われた言葉を飲み込んで、視線を落とす。私も『アヤシ』なら、周りに迷惑なことをしてしまっているんだろうか。


「…………」


「大丈夫大丈夫。お嬢さんは迷惑かけてないヨ」


 不安を吹き飛ばすように、化身はからからと笑う。私はそんな化身を見上げ、袖を掴む手にちょっと力を込めたあと、小さく首を縦に振った。


「つきましたよ」


 立ち止まった絵巻屋の声に、そのまま俯いていた顔を上げる。


 目の前には、街の雰囲気にはそぐわない石造りの建物がぐーんとそびえたっていた。


「ここが、この異界の出入りをつかさどる――『狭間の関所』です」

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