その鐘を鳴らすのは……(中編)

 

 南の砦で鐘騒ぎが起きていた頃、古の森では黒ドラちゃんとモッチが久しぶりにクスマーケーキの話題で盛り上がっていました。


 ロータが送ってくれたらしい、白くて甘くて飾りのたくさん乗ったケーキは、「メリークスマー!」の合言葉とともに、あの騒動の後しばらくのは古の森の話題の中心でした。

 けれど、喉元過ぎれば何とやら……あの甘さや飾りの砂糖菓子のお人形のことも、懐かしい思い出の一コマになりつつあります。


「あーあ、ロータがまたクスマーケーキ、送ってくれないかなあ?」

「ぶぶ、ぶいん」

「そうだよね、もし届いてたらきっとラウザーが今頃は南の砦に呼んでくれてるよね」

「ぶい〜ん」


 黒ドラちゃんとモッチがため息をついていると、すぐそばの茂みがガサゴソと音を立てました。そこから、双子のノラウサギの白い方、いつも元気なマシルがひょこっと顔を出します。


「黒ドラちゃ〜、モッチュ♪」


「あ、マシル、遊びに来たの?グートは?」


 黒ドラちゃんがマシルの後ろを覗き込むと、ひと回り大きめの灰色のかたまりが茂みからモフッと飛び出してきました。


「あ、グート!」


 どうやらマシルの抜けてきた茂みの穴では、グートには小さかったみたいです。

 勢いよくスポンっと抜けてきたせいか、グートはコロコロと転がってしまい、土や葉っぱだらけになってしまいました。

 でも、そんな事は気にしないのがグートです。いつも通りにゆっくりと黒ドラちゃんとモッチのところまでやってきました。


「ドラドラ〜」


「グート、今日はドンちゃんのお母さんのところには行かないの?」


「モッチュ」

「モッチュ!」


 どうやら今日の双子はモッチと遊びたいようです。

 双子に見つめられて、モッチもご機嫌で羽を鳴らしています。


「ぶぶ、ぶいん?」


 何して遊ぼうか?とモッチがクルクルと双子の周りを飛び始めた時、どこからともなくふわっと紙の鳥さんが飛んできました。


「ぶぶっ!?」


 モッチがびっくりしてとっさに紙の鳥さんの羽につかまりました。

 紙の鳥さんは、モッチの重みでスーッと切り株の上に落ちていきます。

 そして、落ちた途端に1枚のお手紙に変わりました。


「これ、お手紙だね。誰が飛ばしてきたんだろう?」

「ぶぶいん?」

「そうだね、読んでみるね。……でも、あたしに読めるかなぁ」


 黒ドラちゃんは、読めなかったらどうしよう?と、ちょっぴりドキドキしながらお手紙をのぞきこみました。

 あ、大丈夫そうです。

 黒ドラちゃんにも読めるように、かんたんな言葉で書かれています。



 黒ドラちゃんは、みんなに聞こえるように読み上げることにしました。



 *****



 しんあいなるこりゅうさまへ


 みなみのとりでで、

 しんねんをむかえる おいのりとともに

 みんなでかねをならすことになりました

 ひとり、いっかいずつです

 こりゅうさまや、いにしえのもりのみなさまも

 ぜひ、ごさんかください

 おまちしております


 ようりゅうさま 

 だいり

 リュングより



 *****



 リュングからのお手紙に、黒ドラちゃんたちはわあっと盛り上がりました。


「南の砦でかねをならすって。みんなでさんかって、来てくださいってことだよね!?」

「ぶぶい〜ん♪」

 黒ドラちゃんとモッチが笑顔になると、マシルも嬉しそうにお耳を立てて飛び跳ねました。

「タマちゃん、にゃ~ん!」

「そうだね、タマちゃんもいるもんね。マシルも行きたいよね?」

「タマちゃん!タマちゃん!にゃ~ん」

「ぶぶいん!」

 モッチも張り切って羽音を立てます。


「……にゃん」


 めずらしく、無口なグートもうれしそうに小さく跳ねています。


「お手紙にはみんなで来てって書いてあるから、ドンちゃんたちも一緒に行けば良いよね?」

「ぶいん!」

「じゃあ、さっそくドンちゃんにこのお手紙を見せようよ」


「ママー、タマちゃん!にゃーん!」


 マシルがすぐに茂みの中に飛び込んでいきます。

 後には、小さく跳ねるのんびりグートが残されました。


「あたしたちも行こう!」


 モッチが黒ドラちゃんの頭の上に陣取ります。

 黒ドラちゃんはグートのことを抱き上げると、ドンちゃんのお家へ向かって飛び上がりました。




 ドンちゃんのお家について、南の砦の鐘のお話をして……

 古の森のみんなで一緒におでかけです。


 黒ドラちゃんは嬉しくて、飛びながら尻尾をぐるんと回しました。




 *****



 それから、何日かバタバタと忙しい日々が続きました。


 ゲルードが南の砦のジョーヤノ鐘のことを説明しに来たり、ブランがやってきて必ず自分も行く!と宣言したり。


 黒ドラちゃんは、ドンちゃんたちと一緒に砦に持って行く木の実を集めたりしました。

 




 そしていよいよ、みんなで出かける日がやってきました。




 お日様が空に高くのぼる頃、黒ドラちゃんはドンちゃん一家とモッチと一緒に森の外れまで出てきました。

 今日の黒ドラちゃんは、ブランが新しく贈ってくれた濃いローズピンクのワンピースドレスを着ています。裾から白いフリルがフリフリと見えていて、とても可愛いのです。

 もちろん、エメラルドのネックレスもつけています。魔石で作られたローズピンクのカチューシャも加わって、黒ドラちゃんはご機嫌でした。

 モッチも以前にアラクネさんからもらった虹色のリボンをお腹の周りに巻いています。飛び回る度に、虹色のリボンがキラキラとたなびいて、やはりモッチもご機嫌でした。


 お洒落をして、ワクワクしながら待っていると、黒ドラちゃんたちのすぐそばに、馬車が三台現れました。


 古の森の周りには、東西南北に魔石が埋め込まれていて、同じく魔石を使った馬車で転移することが出来るのです。

 三台のうち、ひときわ豪華な馬車は、なんとスズロ王太子の馬車でした。


「スズロ王子も一緒に行くの?」


 黒ドラちゃんが目をキラキラさせながらたずねると、馬車の横で馬に乗ったゲルードがマントをひらりとさせながら答えてくれました。


「今、カモミラ様が大事なときなので、ぜひ願いの叶うジョーヤノ鐘をならしたいとおっしゃられてな」


「大事なとき?」


 黒ドラちゃんがコテンと首をかしげると、横に来たブランが教えてくれます。


「カモミラ王太子妃は、お腹に赤ちゃんがいるんだ。それもどうやら双子らしい」


「えっ!双子!?マシルやグートみたいに!?」


「ぶぶいん!?」


 黒ドラちゃんとモッチがビックリして声を上げると、そばで聞いていたドンちゃんと食いしん坊さんが顔を見合わせてうなずいています。


「……さぞご心配でしょうね」


「心配?、どうして?ドンちゃんだって双子のママになったじゃない?」


 黒ドラちゃんの言葉に、食いしん坊さんがゆっくりと言葉を選びながら答えてくれました。


「われわれノラウサギは、元々子どもをたくさん産むことが多いのだよ。けれど人間はそうではないからね。ましてや初めての出産で双子というと、その、スズロ様もカモミラ様も、色々とご不安がおありなのだよ」


 その時、馬車の扉が開いて、スズ王太子が降りてきました。


「スズロ王子!」

「ぶぶいん!」


 黒ドラちゃんとモッチがスズロ王太子目指して飛びついていきます。王太子は嬉しそうに飛びついてくる黒ドラちゃんとモッチを受け止めました。黒ドラちゃんは、ついつい王子って呼んじゃってるけど、スズロ王太子は特に気にしていないみたいです。


 スズロ王太子は、黒ドラちゃんにニッコリと微笑むと、ちょっとだけかしこまった表情になってたずねてきました。


「南の砦からは、古の森へ招待があったようだが、飛び入りで一緒に行くことを許してもらえるだろうか?」


「もちろん!」

「ぶぶいん!」


 黒ドラちゃんの声とモッチの羽音が重なります。深刻そうだったその場の雰囲気は、スズロ王太子が微笑んだ途端に、パーッと明るくなりました。

 ただし、ブランの周りではひんやりとした空気が渦を巻いています。

 ススロ王太子に飛びついた黒ドラちゃんは、気づかずにブランを振り向きました。


「ブラン、また一緒に馬車に乗ろうね!」


 途端にひんやりとした空気は収まり、ブランが微笑みます。


「さあ、黒ちゃん、こちらへ」


 ブランが優しくエスコートして、黒ドラちゃんを馬車へ乗せてくれました。続いてモッチ、マシルが、一緒に馬車に乗ります。

 スズロ王太子は、お付の人と一緒に豪華な馬車に戻りました。

 ドンちゃんと食いしん坊さん、グートとドンちゃんのお母さんが最後の一台に乗りこみます。


「では、南の砦に向け、出発!」


 グレードのかけ声で馬車が動き出しました。


 間もなく、森の南側の魔石のそばを通ると、馬車は一度ガタンッと大きく揺れました。


 黒ドラちゃんが馬車の窓から外を見てみると、そこはすでに一面砂の景色が広がっていました。







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