年末小話

その鐘を鳴らすのは……(前編)

 寒さが本格的になってきた冬のある日(と言っても古の森はいつでもポカポカですけどね)

 でも、とにかく、冬のある日のことです。 バルデーシュの南の砦では、入ってすぐの広間でラウザーを中心にした人垣が出来ていました。ほとんどが若い兵士ばかり、何やらみんな手を挙げて、「俺が!俺がやりますっ!」「いや、俺にやらせてください!」とすごい勢いでラウザーに迫っています。

 たじたじするラウザーをかばうように、リュングが前に立って「はいはい、一列ね。一列に並んで並んで〜!」なんて言っていますが、騒がしくて誰の耳にも入っていないみたい。ラウザーを囲む輪はいっこうに崩れそうにありませんでした。


「おいおいリュング、いくら陽竜様が言い出した行事とは言え、これでは砦の守りにも響くぞ。いい加減に収めてくれないか?」


 コレド支部長が、若い兵士たちの後ろから困ったように声をかけてきました。

 リュング自身も、さきほどから何とか騒ぎを治めようとしているのですが、みんなものすごい自薦ぶりでなかなか落ち着いてくれません。


 と、その時、カッと砦中が一瞬光り、ドーンっという音とともにラウザーに雷が落ちてきました。 いつもの通り、迷うことなく直撃です。

 リュングはもちろんのこと、ラウザーの周りに群がっていた兵士さんたちも頭を抱えて一斉に座り込みました。

 あっという間に、しんと静まり返った部屋の中に、扉の外から不機嫌そうな声が響いてきました。


「羅宇座、さっきから呼んでおるのになぜ来ないのじゃ!」


 みんなが恐る恐る顔を上げると、開け放たれた扉の向こうに、眉根を寄せたラキ様が腕を組んで浮かんでいるではありませんか。


「ラキ様!違うんだよ〜、俺さっきから囲まれちゃって動けなくてさ」


 雷の当たった頭を嬉しそうにすりすりしながら、ラウザーが兵士さんたちの囲いの中から飛び出してきました。


「この者たちはいったい何を騒いでおったのじゃ?」


 ラウザーが眼の前に飛び出してきたことで、ちょっとだけご機嫌が直ったラキ様がラウザーにたずねます。


「えっとー、鐘を鳴らす話をしたらみんながやろうやろうって言いだして、それで人数に決まりがあるって言ったら誰がやるかでこんな騒ぎになっちゃって、どうやって決めれば良いかわからなくて、そしたらますます騒ぎになっちゃって」


「鐘?なんの鐘じゃ?砦の鐘か?」


 ラキ様が言っているのは、砦の見張りの塔にある、大きめの鐘のことです。

 元々は、何か異常があった時に鳴らすものでした。平和な今では、日の出とお昼と日没の時に時報代わりに鳴らしているだけです。


「そうなんだけど、特別なんだ。普段とは違うらしいんだ」


「何を言っておるのかわからんぞ、羅宇座。もう少しわかりやすく説明せんか」


 再び不機嫌そうになり始めたラキ様の前に、ようやく人の輪の中から抜け出してきたリュングが現れました。


「すみません、ラキ様、わたしに説明させてください」


「ふむ、話せ」


 尻尾をにぎにぎしているラウザーの横に並ぶと、リュングは落ち着いた声で話し始めました。


「もともとはロータの世界の鐘の話らしいのです」


「ロータとは、羅宇座が以前少しだけ一緒に暮らしたというコーコーセーなる生き物か?白いクスマーケーキの?」


「はい、あのロータです。彼の住んでいる世界では『ジョーヤノ鐘』というものがあり、一年に一度だけ、鳴らした者の願いを何でも叶えてくれると、陽竜様が聞いたらしく」


「ジョーヤノかね?それは大晦日の除夜の鐘のことではないのか?」


「えっ!ラキ様、ジョーヤノ鐘のことをご存知なのですか?」

 リュングが驚いて声を上げると、周りで兵士さんが一斉にギラギラした目でラキ様を見つめました。

 なんだか、さっきまで囲まれて動けなかったラウザーの気持ちがわかるようです。


「じょ、除夜の鐘ならば、我のいた場所でも鳴らすのを聞いたことがあるぞ」


「本当ですか!?すごいっ!」


 リュングが嬉しそうに叫ましたが、ラキ様は不思議そうな顔をして兵士さんたちを見渡しました。


「除夜の鐘を鳴らすことを、なぜそのようにこの者たちが競うかわからんな」


「……だって、何でも1つ願いが叶うのでしょう?ラキ様」


 若い兵士さんから遠慮がちに声がかかります。


「願いが叶う?除夜の鐘でか?」


 そう言いながらラキ様が声をかけた兵士を見つめ返すと、その兵士さんはちょっと頬を染めました。


「ダメダメダメー!君はもう鐘を鳴らす権利無し!」


 ラウザーが慌ててラキ様のいる扉の前に立ちはだかります。さきほどの兵士さんは不満そうな表情で体を左右に動かして、何とかラキ様を見ようとしています。


「何でそのような話になっておるのかわからんが、我の知る除夜の鐘はそのように『願いを叶える』などというような謂れは無かったぞ」


「えっ」


 思わずラウザーが振り向くと、ラキ様が言葉を続けます。


「ロータという者がどのような話をしたのかはわからんが、除夜の鐘とは一年の最後に心を清める為のもの。己の欲望を鎮め、まっさらな気持ちで新たな年を迎えるためのものぞ」


「え……」


 周りでギラギラした目をしていた若い兵士さんたちから、一斉に輝きが失われました。


「えっとー、願いを叶えるんじゃないの?」


 周りからの責めるような視線にさらされて、ラウザーがしっぽをカミカミし始めます。


「まあ、一年の最後を締めくくるものじゃからな『来年を良い年に』という願いを叶えるともいえるが……」


 なんだかおかしな雰囲気に押されながら、ラキ様が答えました。


「良い年に、か」

 誰かがつぶやきます。


「彼女が出来ますように、とかは叶わないんだよな?」


「っていうか、それ以外に叶えたいことってあったっけ、俺ら」


 どうやらここに集まっていた若い兵士さんたちは、みんな可愛らしい恋人が出来ることを願うつもりだったようです。


「は、呆れるわ。それこそ煩悩ではないか?」


 ラキ様があきれたように笑いましたが、他に笑い声をあげる者は一人もいません。 その場の雰囲気の気まずさから、ラウザーの尻尾カミカミが高速化し始めました。


「で、でもさ、良い年っていう中に『可愛い恋人が出来る年』っていうのも含まれるかもしれないだろ!?」


「そ、そうですよ、皆さん、そんなに気を落とさずに」


「ああ、そうだぞ、砦をしっかり守ることで、未来の可愛らしい恋人からも信頼される立派な兵士になるんだ」


 リュングとコレド支部長も、なんとかその場を明るくしようとラウザーの言葉に続けました。


「そうか、そういう考え方もあるよな?」

「そうだ『良い年』だ、それにすべてはかかってる!」

「おおっ、俺、やるぞ!鐘鳴らすぞ!」

「南の砦の鐘の音をあたりに響かせるんだ!」


 なんだかよくわからないけど、再び広間は若い兵士さんたちのやる気に満ちた声で熱気を帯びてきました。


「そう言えば羅宇座よ、除夜の鐘は百八と決まっておるが、ここには何人集まっておるのじゃ?」


「え、108?そんなにいっぱい鳴らして良いの?」


 ラウザーが目を丸くすると、周りの兵士さんたちから歓声が上がりました。


 実はロータからは詳しい数は聞いていなかったのです。 なので、全部で十数回かな~?なんて適当に言ってしまって、それでさきほどからの大騒ぎになっていたのでした。


「そんなに鳴らせるならば、もっと人を集めましょうか?」

 リュングがコレド支部長にたずねます。

「この砦の兵士は80人ほど。あとはリュングを含めて魔術師が8名、ではあと20人ほどか?」

「一番近くの村から人を呼びますか?」

「いや、一部の村にだけ声をかけるのもなぁ……」

 コレド支部長が考え込んでいると、ラウザーがパッと顔を輝かせました。


「そうだ、黒ちゃんたちを呼ぼうよ!ノラウサ一家も。きっとマシルなんて大喜びするよ!それに、黒ちゃんの鳴らす鐘なら、なんだか願いが叶いそうな感じがすごくするよな〜」


「銅鑼子か、ふむ。それにふわふわの双子が来るのであれば、歓迎するのもやぶさかでないぞ」


 ラキ様がキラキラとした期待に満ちた目でコレド支部長を見ています。 もうこうなったら黒ドラちゃんたちを呼ぶ方向で進めるしかありません。


「で、では、古竜様へと、ゲルード様にも魔伝を飛ばしましょう。リュング、頼んだぞ」

「はい。急ぎで送ります!」

 リュングがキリッとした顔で胸元から紙でできた鳥さんのようなものを複数枚取り出しました。

 何かつぶやいて手を広げると、紙の鳥さんたちが勢いよく飛びだします。


「おっ、すげえな、リュング。また魔伝のスピード上げたんじゃないか?」


 ラウザーは感心したようにその場で飛び上がって見送りました。


 リュングの飛ばした白い紙の鳥さんたちは、窓から外へ出ると、青い空に浮かぶ雲に紛れて、あっという間に見えなくなりました。

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