その鐘を鳴らすのは……(後編)

 一面の砂の中を馬車が進んで行くと、間もなく見覚えのある頑丈なレンガ造りの建物が見えてきました。


 今日のお出かけは珍しくお昼過ぎのゆっくりしたスタートでした。そのため、馬車から眺める南の砦も、午後の日差しを受けて明るく大きく感じられます。


「モッチ、マシル、砦に着いたよ〜!」

 黒ドラちゃんが嬉しくて声を上げると、ブランも窓の外を見てから、感心したようにつぶやきました。


「今日はずいぶんキレイに飾り付けられてるな」


 近づいてくると、確かに砦はあちこちにリボンやお花が飾られています。まるでお祭りのような華やかさでした。


「ジョーヤノ鐘って、お祭りの鐘なのかな?」

 黒ドラちゃんが不思議そうにつぶやくと、ブランが首をかしげながら答えてくれました。

「いや、年越しの行事の一つ……祈りの鐘と聞いているけどね」


 そういえば、お手紙にもそんなふうなことが書いてあった気がします。


 馬車が砦の入口のところに止まると、中からお約束のようにラウザーが飛び出してきました。


「いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃ〜い!」


 いつものように嬉しさに尻尾が大車輪のように大きく回っています。

 すると、黒ドラちゃんたちの馬車から、白い弾丸が飛び出しました。


「ラウザ、タマちゃーん、ドッカーン!」


 興奮したマシルが、ラウザーの下をぴよーんと走り抜けて砦の中に入っていきます。さっきまでは馬車の中でなんとか大人しくしていました。でも、飾り付けられた砦を前に、がまんは長く続けられなかったようです。


「あ、待って、ご挨拶してからだよ、マシルーっ!」

「ぶぶ、ぶぶい~~~ん!」


 黒ドラちゃんとモッチがあわてて呼び止めましたが、マシルは吸い込まれるように砦の中へ消えてしまいました。


「ああ、行っちゃった……」

「ぶぶいん」


 黒ドラちゃんとモッチで顔を見合わせます。ドンちゃんの怖い顔が目に浮かびました。黒ドラちゃんはブルッとふるえました。モッチも黒ドラちゃんの頭の上で、どこからか取り出した白い布の下に潜り込んで羽を震わせています。


 後から着いた馬車からスズロ王太子、そのさらに後の馬車からドンちゃんたちが降りてきました。そうして、マシルの姿が見えないことに気付くと、やっぱりドンちゃんのお顔がちょっとだけ怖いお母さん風になりましたが、食いしん坊さんがゴホンと咳払いをすると、ハッとしてからにっこりと微笑みました。

 でも、まだちょっとだけお耳がピリピリしています。やっぱりマシルは後でしかられちゃうかもしれません。


 スズロ王太子が前に出てきました。

 ラウザーと、いつの間にかその後ろに控えていたコレド支部長、リュングへと軽く目線を合わせてからご挨拶をはじめました。


「陽竜様、本日は南の砦の納年祭にお招きいただきありがとうございます」


 スズロ王太子の言葉を聞いて、黒ドラちゃんが首をかしげました。


「のうねんさい?」

「ぶぶいん?」


 モッチも、鐘を鳴らすんじゃないの?ときいています。


 すぐにブランが教えてくれました。


「南の砦は毎年大晦日に納年祭という行事を行っているんだ。『その年一年、無事に過ごせました、来年もみなでがんばろう』って」


「へ~!それで鐘を鳴らすの?」


「いえ、普段の年の納年祭はごくごく内輪の小さなもの。砦だけの小規模な行事と聞いております。このように飾り付けして祭りのような雰囲気にしたのは、おそらく陽竜様の発案でしょうな」


 ゲルードの言葉にラウザーが得意そうに尻尾を振り回します。


「そうそう、だって俺ってばお祭り竜だもんな、せっかくだから、キレイに飾り付けて、楽しくみんなで新年を迎えようって思ったんだ」


 そう言って、嬉しそうにクルクルと空中で回転してみせる姿には、かつての寂しそうな面影はありません。

 居場所がいつでもお天気になることから、ラウザーはお祭り竜と呼ばれていました。お祭りの時だけ、人々に都合良く呼び出され、普段はひとりぼっち……

 けれど、ロータと出会ったことで、ラウザーの周りは変わりました。

 今は、リュングやラキ様や、砦にいるたくさんの人たちに囲まれて暮らしています。お祭り竜と呼ばれることも、ラウザーにとっては嬉しいことの一つになっているようでした。


「本日は、陽竜様の発案で、納年祭でジョーヤノ鐘を鳴らすことになっております。鳴らすのは日が暮れてからになりますから、それまでしばしお待ちください」


 コレド支部長の言葉に、黒ドラちゃんは出発がお昼過ぎになった理由がようやくわかりました。


「鐘を鳴らすのは夜なんだね?そっかぁ、だから今日はお昼過ぎにゆっくりお出かけになったんだね」

「ぶぶ、ぶっぶい~ん」

「そうだよね、朝からワクワクして待ってたから、マシルが飛び出しちゃう気持ちもわかるよね」

「ぶいん!」


 黒ドラちゃんとモッチのハラハラ来た気持ちが通じたのか、ドンちゃんがふうっとため息をつきました。

「そうだよね、あの子、とっても楽しみにしていたもんね」


「そうそう、そうだよ!」

「ぶぶいん!」


 そこへ、まるでやりとりを見ていたかのように、子猫のタマと一緒にマシルがみんなのところへ戻ってきました。


「タマちゃん、にゃーん!」

「マシル!にゃーんじゃありません!ご挨拶が終わるまで待っていなきゃダメだって、」

「にゃ、にゃ~ん」


 ドンちゃんがちょっぴりお耳をピリピリさせながらマシルにお小言を言い始めると、子猫のタマちゃんがドンちゃんにスリスリしてきました。

 まるで、マシルのことを許してって言ってるみたいです。上目づかいで小首をかしげる可愛らしい攻撃に、ドンちゃんがお口をモゴモゴさせました。


 入れ替わるように食いしん坊さんがマシルの前に出て、じっと目を見つめます。


「マシル、楽しいものに飛びつく気持ちはわかるよ。でもね、お招きいただいた時には、きちんとご挨拶して、嬉しい気持ちを相手に伝えることも大切なんだよ」


「……ごめんなちゃい」


「これから、マシルもグートも、きっともっと色々なところへお出かけすることになるだろう。だから、次のお出かけの時には、ママの言うとおりにきちんとご挨拶をしようね」


「ママー、ごきげんよーございます!」


 マシルがお耳をピンとさせてご挨拶をしてみせました。その一生懸命な姿に、ドンちゃんも思わずマシルの頭をなでなでしてしまいます。


 ちょっと離れたところでドキドキしながら見守っていた黒ドラちゃんたちは、ホッと胸をなで下ろしました。


「にゃ~ん」


 気付けばタマが足下をすりりっと通り過ぎていきます。それからドンちゃん、食いしん坊さん、そしてマシルとグート、それにドンちゃんのお母さんの足下をすりりっとしてから、砦の中に入っていきました。


「みんなに入ってって言ってるみたいだね」


 黒ドラちゃんたちは顔を見合わせてにっこりすると、みんなでタマの後を追いかけるように砦の中に入っていきました。






 砦の中に入ってすぐの大きな部屋の中では、納年祭の準備が整えられていました。いくつもの丸いテーブルには美味しそうな料理と飲み物、お花も飾られています。


 やがて、夕暮れとともに、砦の兵士さんたちが部屋に集まってきました。今日は、ほとんどの兵士さんが仕事納めをして、ここで納年祭を楽しむのです。みんな、一年の務めを無事に終えて、リラックスした表情でテーブルに着きました。


 スズロ王太子が兵士をねぎらう言葉を挨拶として、納年祭が始まりました。


 普段は厳しいコレド支部長も、今夜はずっと笑顔です。リュングも、他の魔術師の人たちと楽しげにお話ししています。黒ドラちゃんたちもブランと一緒に魔術師さんたちから挨拶されたり、ラウザーと兵士さんたちのお話を聞いて笑い転げたりしながら、楽しく夜が更けてゆきました。



 そうして、夜空に星が瞬き、ひんやりと乾いた風が砂の上を駆け抜けていく時間になりました。



「そろそろじゃな」



 部屋の中で人々の様子を穏やかな表情で眺めていたラキ様がつぶやきました。



 離れた場所にいたのに、ラキ様のつぶやきが聞こえたかのようにゲルードがスッと立ち上がり、部屋の入り口に立つと夏のお祭りで鳴らしていた魔道具を取り出しました。


 棒を打ち鳴らすと澄んだ音色が響いて、ガヤガヤしていた部屋の中が静まります。


 コレド支部長が軽く咳払いしてから声を上げました。


「それでは、これから新年を迎えるジョーヤノ鐘を鳴らしたいと思います」


 ゲルードがスズロ王太子を促しました。スズロ王太子が立ち上がり、砦の見張りの塔への階段を上り始めます。部屋の中の兵士さんたちも、いつの間にかきちんと列を作って並んでいました。みんな手に手に番号の書かれた紙を持っています。


「はあ、ここまでくるの、大変だったなぁ」


 ラウザーのつぶやきにリュングがうんうんとうなずいています。どうやら、ジョーヤノ鐘を鳴らす順番を決めるのも、結構もめたようですね。でも、今はみんな静かに順番を待っています。


 しばらくして、塔の上から鐘の音が響いてきました。スズロ王太子が一番上に着いたのでしょう。その音は祈りを込めて、ゆっくりと南の砦の周りへと響いて行きました。


 ジョーヤノ鐘は、まだまだ続きます。


 塔の中を、鐘を鳴らすために登る列と、鐘を鳴らし終えて降りる列がすれ違います。登る人たちは、ちょっとワクワクするような何かを期待するような表情を浮かべています。降りる人たちは願いを込めた鐘の音を響かせ、穏やかな表情でその場を後にしていきます。


 黒ドラちゃんたちは、列の一番最後に並びました。なぜかというと、マシルとグートが眠ってしまったのです。眠る仔ウサギが目覚めるのを待ってもらうのは心苦しいから、と食いしん坊さんとドンちゃんは、兵士さんたちと順番を変えてもらったのでした。


 兵士さんたちがみな鳴らし終えて、いよいよ黒ドラちゃんたちの番です。


 まずはグートを抱っこしていた食いしん坊さんが鐘を鳴らしました。

 バルデーシュとノーランドの絆がいつまでも続きますように、と祈りながら。


 続いて、マシルを抱っこしているドンちゃんが鐘を鳴らしました。

 これからも、古の森でみんな仲良く暮らせますように、と願いを込めて。


 ブランも鐘を鳴らし、ゆっくりとその音の余韻を楽しみました。

 黒ドラちゃんと過ごせることの幸せをかみしめながら。


 いよいよ黒ドラちゃんの番です。

 さて、何を祈ろうかと思っていると、足下にすりりっとされるのを感じました。子猫のタマちゃんです。

 黒ドラちゃんはタマを抱っこしました。


「タマちゃん、一緒に鳴らそうね」

「にゃ~ん♪」


 黒ドラちゃんが勢いよくひもを引っ張ると、ひときわ大きな鐘の音が辺りに響きました。


 その鐘の音には、何かを願うと言うよりも、ただただ、その音色を遠くまで届けようという思いだけがのっていました。


 遠く、遠く、どこまでも


 鐘の音が響いて行くのを、優しい気持ちで見送るように――――







 *****







 1年の最後の日には、 少しだけ耳を澄ませてみてください


 ひょっとしたら、


 あなたのところにも


 黒ドラちゃんの鳴らした鐘の音が  


 響いてくるかもしれませんよ?







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