くぐり抜けるってハラハラなんだ!-4
ピンク色の花畑の中、黒ドラちゃんはハムチャさんと向き合って座り込みました。
「ニャー・コ・ジャーラ師は偉大なる魔術師で、とにかく様々な魔術で国中の人々のために力を尽くしておられました」
ハムチャさんが胸を張って誇らしげに話し始めます。
「ふんふん」
「師はとても優れた魔術師でしたが、何と言いますか、えーと、何というか……」
「何というか?」
黒ドラちゃんがコテンと首をかしげます。
「何と言いますか……そう、凄すぎたのです!」
「すごすぎた?」
「はいっ!あまりにも色々なことが出来てしまい、ジャーラ師は、飽きてしまったのです、色々なことに」
「飽きちゃったの?」
黒ドラちゃんが聞き返すと、ハムチャさんがため息をつきながら話を続けました。
「はい。何だかこの頃ふさぎ込んでいらっしゃるなー?と思ったら『もう、十分生きた、もう私には思い残すことは無いな』なんて口にされるようになってしまって」
「え、そんなこと言っちゃうようになったの?!」
「はい。私も含め周りのものたちが心配しても、ニャー・コ・ジャーラ師様のお心には届かぬようで……」
ハムチャさんの小さな体がいっそう小さく丸まります。
「そ、そうなんだ」
「はい。ですが、ですが!そんなある日、蜘蛛妖精の吟遊詩人がやってきて、遠い国で黒い竜の子どもがノラウサギやクマン魔蜂と冒険をする話を聞かせてくれたのです!」
ハムチャさんが目を輝かせながら小さな手を大きく広げて動かします。
「それってもしかして、アラクn」
「もしかしなくても、古竜様達のことですよ!」
「あ、う、うん」
「ジャーラ師は、その話を聞いて伝説の古竜様が蘇った!と大興奮されて。そして、見違えるように生き生きして、再び日々の暮らしの中で明るい表情を見せてくださるようになりました!」
ハムチャさんは目をキラキラさせながら話していました。
ピンク色のホッペがますます可愛く色づきます。
きっとニャー・コ・ジャーラ師様のことが大好きなのでしょう。
「ですから、ぜひぜひ古竜様に一緒に来て頂きたいのです、ニャー・コ・ジャーラ師様の住む、東の果ての国へ!」
「え、東の果て!?」
突然『東の果ての国』なんて言われて、黒ドラちゃんはびっくりして目を丸くしました。
「はいっ!かつてはJ・リッチマンが訪れて、ニクマーンの楽園を築いたとも噂される、神秘の国でございます!白菊の丘や、ここのようなハム色の花の咲き乱れる花園など、美しい景色もたっくさん!」
「あ、あの、でも、そこって遠いよね?すごく……」
「ご心配なく!わたくしの手を取って頂ければ、偉大なるニャー・コ・ジャーラ師さまのお側までひとっ飛び!あっという間に到着です!」
ハムチャさんが小さな手をいっぱいに広げて黒ドラちゃんの方へ伸ばします。
「で、でも、あたし、なんか大事なことを忘れちゃってる気がするんだよね」
甘いお花の匂いでぼんやりしちゃっていますが、誰かの大切なものをどこかに届けるはずだった……ような気がします。
それに、もっと大切なことを誰かに頼まれていたような……
けれど、ハムチャさんはきっぱりと言い切りました。
「いえいえ、偉大なるニャー・コ・ジャーラ師様の元へと伺うことよりも大事なことなどございません!」
「え、え、でも、」
「ささ、早く手をお取りください!ささ、ささ、さささささーっ!」
可愛らしく頬を染めながらも、ぐいぐいとハムチャさんが迫ってきます。何だかもう、黒ドラちゃんは断るのは無理な気がして、その小さな手を取りそうになりました。
その時です!
黒ドラちゃんの後ろから小さな影が二つ飛び出してきました。
「黒ドラちゃ!」
「ニャ~ン!」
黒ドラちゃんを飛び越えて、ハムチャさんの前に立ちふさがったのは、小さなマシルと南の砦の子猫のタマでした。
「げげっ!にゃんこ妖精!?どうしてこんなところにいるでちゅか!?」
ハムチャさんはよろめくと、大きく後ろに飛び退きました。しゃべり方も何だかおかしな感じになっています。
「マシル、タマちゃん、後ろにいたんだね」
黒ドラちゃんはホッとして言いました。
そうです、ようやく思い出しました。今日はモッチとマシルと一緒に、南の砦のオアシスに住むラキ様のところへハスの花の種を持ってきたんでした。何より、マシルの初めてのドンちゃん抜きのお出かけなので、しっかり面倒みなきゃ!って思っていたんです。
黒ドラちゃんはハムチャさんに向き直りました。
「ハムチャさん、ごめんなさい。あたし、ニャー・コ・ジャーラ師のところへは行けません」
「そ、そこをなんとか!ニャー・コ・ジャーラ師様は古竜様へぜひお祝いを述べたいと……」
ハムチャさんが黒ドラちゃんにすがりつこうとしました。
「フ~ッ、ニャン!」
とたんにタマが背中の毛を逆立ててハムチャさんを威嚇します。
「おわっ、あぶないでちゅ!まさかこんなところで宿敵にゃんこ妖精の邪魔が入るとは!?」
「にゃんこ妖精?」
黒ドラちゃんが首をコテンと傾けると、ハムチャさんが残念そうにつぶやきます。
「はぁ、もう少しで古竜様をお連れできるところだったのに……」
それを聞いて、マシルがお耳をピンと立てて後ろ足で立ち上がりました。
「ダメ!黒ドラちゃんバイバイダメ!」
「ニャオン!」
マシルと一緒にタマもいっそう背中の毛を逆立てます。
二匹の勢いに押されて、ハムチャさんがじりじり後ろに下がり始めました。
「もはやこれまででちゅ。ニャー・コ・ジャーラ師様、もうしわけありません、ハムチャの力不足でちゅ」
そう言い残してハムチャさんはいきなり振り向くと、ピンク色のお花畑の中へピョーンと飛び込みました。
「あ、ハムチャさん!?」
黒ドラちゃんがハムチャさんが消えた辺りに声をかけましたが、もうお花畑はカサリともしません。
黒ドラちゃんは何だかよくわからないうちに東の果ての国へ誘われて、なんだかよくわからないうちにあきらめてもらえたみたいです。
そういえば、ハムチャさんはタマのことを『にゃんこ妖精』って呼んでいました。そして、怖がっていたみたいです。
考えてみると、クスマーケーキの時も、何だかタマは色々わかっているみたいな感じもしました。妖精と言えば、蜘蛛妖精のアラクネさんやダンゴロムシ妖精のダンゴローさんのことを思い出します。と言うことは、タマは普通の子猫じゃ無くて、子猫妖精なのでしょうか?
「ねえ、タマちゃん、ハムチャさんのこと知ってるの?」
でも、黒ドラちゃんがそうたずねても、タマは前足でおひげをなでなでしてきれいにしているだけです。まるでわざと知らんふりしてるみたいでした。マシルがタマを撫でてあげます。
「ニャオ~ン♪」
「タマちゃん、良い子良い子」
あんなに追いかけっこしていたのに、いつの間にかタマはマシルと仲良くなっていたみたいです。
黒ドラちゃんは、タマの不思議についてはとりあえず置いておいて、もう一度ハムチャさんを探してみようと思いました。
「ハムチャさ~ん?どこですか~?」
そう言いながらハムチャさんが飛び込んだ辺りのお花をかき分けてみます。すると、お花の中に何か四角いものが落ちているのに気づきました。
「なんだろう?これ」
そう言いながら黒ドラちゃんが四角いものを持ち上げてみると、それは一枚の絵でした。
ふんわりした色合いの可愛らしいピンク色のネズミさんが、何か看板のようなものと一緒に描かれています。
「うそっ!ハムチャさんが絵になっちゃってる!」
それを聞いて、マシルとタマが黒ドラちゃんの尻尾から肩の上まで登ってきます。
「ニャオン」
「ハムチャ、バイバーイ!」
「うそうそっ、どういうこと!?どういうこと!?」
黒ドラちゃんはびっくりして、絵を持ったままその場でわたわたしてしまいました。絵の中の可愛らしいネズミさんは、どう見てもさっきまでお話をしていたハムチャさんです。
「どういうこと!?ハムチャさん絵の中に入っちゃったの!?」
あわあわしながら絵をのぞき込んでいると、突然サラッと乾いた風が吹き抜けました。
「古竜様!」
呼ばれて絵から顔を上げると、そこはお花畑ではなくて南の砦のオアシスのそばでした。どうやら黒ドラちゃん達は元の場所に戻ってこられたみたいです。あわてて絵を降ろせば、すぐそばには泣きそうな顔でリュングがへなへなと座り込んでいました。
「リュング、ハムチャさんが絵の中に入っちゃったんだよ!」
そういいながら黒ドラちゃんが絵を見せましたが、リュングは「はぁーっ」と言いながら涙ぐんでいて、絵の事なんて全く目に入っていないみたいです。
いったいどうしちゃったんでしょう?
「黒ちゃん!」
「マシル!」
「モッチ殿!」
大きな声にビックリして振り向くと、砦の中からブラン、ゲルードとラウザー、ドンちゃんまでもが飛び出してきています。
「ぶぶいーーーーんっ」
モッチもすごい勢いで飛んできました。
「良かった、黒ちゃん無事だったんだね!」
「マシル!」
「タマ、帰ってこれたんだな!」
「皆様、ご無事で何よりです」
みんなに囲まれて、ぎゅうぎゅう抱き締められたり肩を叩かれたり、黒ドラちゃんは訳がわかりませんでした。
「えっと、どうしたの?みんな揃っちゃって。ゲルードとブランは会議があるんじゃないの?ドンちゃんはグートと古の森でお留守番なんじゃ……」
黒ドラちゃんがたずねると、みんなが顔を見合わせました。
「会議中に古竜様達が消えてしまったという知らせが入ったのです。それであわててこちらに駆けつけました」
「え、すごい早いね」
「いえいえ、ちっとも早くなど……古竜様、今は何時だと?」
「え、まだお昼前だよね?今日は早く出発したんだもん」
黒ドラちゃんがそう答えると、ゲルードとブランが顔を見合わせました。
「黒ちゃん、もう夕方だよ」
ブランの言葉に改めて辺りを見回して、黒ドラちゃんは驚きました。お空が少しだけ紫色になり始めています。
砂の門のところで倒れてしまってから、まだほんのちょっとしか時間が経っていないと思ったのに、お昼も食べないで夕方になっちゃいました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます