くぐり抜けるってハラハラなんだ!-5

ゲルードやブランから話を聞いて、黒ドラちゃんは驚きました。


ほんの少しの時間だと思っていたのに、黒ドラちゃん達が消えてしまってから半日以上経っていたのです。


「あの砂の門は、リュングの魔術修行のために陽竜殿が作られたそうです。リュングの魔術で調整してあって、本来はあれをくぐっても南の砦内のどこかに通じるだけにしてあったようなのですが、古竜様達は南の砦内には現れず……」

「大騒ぎになって、ラウザーが僕のところに知らせを飛ばしてくれて、それでゲルードやドンちゃん達にも知らせをやったんだよ」

ブランが黒ドラちゃんのことを心配そうに見つめながら教えてくれました。無事に戻ってきたとはいえ、黒ドラちゃんに何か悪い影響が出ていないか、さっきから頭の先から尻尾の先まで調べていたのです。背中の魔石を確認してから、ようやくブランはホッと息を吐き出しました。


「大丈夫だね、特に変な魔力も感じないし、どこも問題ないみたいだ」

そう言うと、安心したらしく黒ドラちゃんの背中の魔石を優しくポンポンしてくれました。


「あのね、あたし、あたしとマシルとタマでね、ピンク色のお花畑にいたんだよ」

黒ドラちゃんはそう言って、そのお花畑で「ハムチャ」さんというピンク色のネズミさんと出会ったこと、そしてニャー・コ・ジャーラ師のお話を聞いたこと、東の果ての国へ連れて行かれそうになったけど、マシルとタマが止めてくれたこと、急にハムチャさんが絵になってしまっていた事を、一生懸命みんなに話しました。


ひと通り話を聞き終わってから、ゲルードが教えてくれました。

「ニャー・コ・ジャーラ師については有名な魔法使いなので、噂は聞いたことがあります。かなりのご高齢だと思いますが」

さすが国一番の魔術師です、ニャー・コ・ジャーラ師様のことを知っているようでした。


「この、絵に描かれている文字は読めませんが、おそらくニャー・コ・ジャーラ師の描いた絵で間違いないでしょう」

「これ、ニャー・コ・ジャーラ師さまの絵なんだ」

黒ドラちゃんは改めて絵を眺めました。


絵の中のハムチャさんは可憐な感じで微笑んでいます。


「ニャー・コ・ジャーラ師は画家としても優れていて、特に可愛らしい動物の絵は他国の王族からも望まれるほどの傑作揃いだとか。それから、時には師の強い魔力の影響を受けて、絵の中の動物達が動き出すこともあると言う噂も聞いたことがあります」

「なるほど」

ゲルードの説明に黒ドラちゃん達はうなずきました。

「確かに、ハムチャさんって、ちょっと不思議な感じがしてたもん」

マシルもタマもじっと絵を見つめています。


「さきほどのお話しから推察するに、この絵はおそらくニャー・コ・ジャーラ師が伝説の古竜である古竜様へ、復活のお祝いを述べているのでは無いのでしょうか」

「おめでとう、って?」

「そうですね、おそらく、ですが」

「じゃあ、ハムチャさんは何であたしの事ニャー・コ・ジャーラ師さまのところへ連れていこうとしてたのかな?」

「おそらく、古竜様が蘇ったことで、ニャー・コ・ジャーラ師が再び生きる喜びを取り戻したので、古竜様自身をお連れすれば尚のこと師に喜んで頂けると考えたのでは無いでしょうか?その、ハムチャとか言うネズミ妖精?というか、モデルになったネズミかもしれませんね」

ブランもうなずきます。

「そうだね、この絵の感じだと、悪い感じは受けないよ。多分ゲルードの推理で間違っていないんじゃないかな」


なんとなく絵画鑑賞のお時間になってしまっているみんなの足下へ、すっかり存在を忘れられていたリュングが、ズサッと滑り込んできました。


「申し訳ありません!」


「え、リュング、どうしちゃったの?」

黒ドラちゃんが驚いてたずねると、リュングは涙ぐんだ目を向けてきました。

「私のせいです、私の魔術のせいで、こんなことになるなんて!」

「え、そんなことないよ、あたしたち、ちゃんと戻れたし」

「いえ、私の魔術が未熟なせいで、みなさまに大変なご心配をおかけしてしまって、たまたま今回は古竜様達がご無事だったから良かったものの……私には……私には魔術師になる資格など無いのかも」


「未熟者!」


突然、ゲルードがリュングを叱りつけました。

「全くもって、お前は未熟者だ!」

「え、え、ゲルードどうしちゃったの!?、もっと優しく……」

黒ドラちゃんがあわててゲルードにお願いしようとすると、ブランからそっと止められました。

「ブラン?」

ブランが静かに首を振ります。そして、見ていてごらんというように、ゲルード達へ視線を向けました。


「お前が未熟なことなど百も承知だ」

「は、はい」

消え入りそうな声でリュングが答えます。

「だからこそ、この砂の門で魔術調整の練習をしていたのでは無かったのか!?」

「そ、そうです、けど」

「ならば、なぜ魔術師としての道を諦めるような言葉を口にするのだ」

「それは、でも……」

「失敗を失敗で終わらせてしまっては、どんな努力も実を結びはしないぞ」

「ゲルード様……」


ゲルードはリュングのそばで膝をつくと、その目を見つめて話し出しました。


「今回は、おそらく砂の門にかけられていたお前の魔力よりも、古竜様の魔力の方が強かったので、思わぬ効果を生んだのだろう。ハムチャと名乗った不思議な絵のネズミのせいもあるかもしれない。そして、今回はたまたま大騒ぎになってしまったが、それはお前だけのせいでは無い」

「そ、それは……」

「お前は見習い魔術師だ。だから、強いて今回の責を問うなら、導くべき立場である私にこそある」

「いえ、そんなっ」

「が、私は今後もどんどんお前に失敗をさせるだろう」

「え?」

「修行に失敗はつきものだ。失敗することが問題なのでは無いんだ、リュング。それで魔術の練習に励むことに消極的になる事の方が問題なのだ」


リュングが顔を上げてゲルードのことを見つめました。


「す、砂の門は、もっと強化して調整も上手く上げられるようにします」

「ああ、私も見てみよう」

「ニャオーン」

しっかりとうなずきながら見つめ合う二人の間に、子猫のタマが入り込んできました。

リュングの膝に前足をのせて、お腹にホッペをすりすりとしています。

「ゲルード様、ありがとうございます。タマもありがとう。私はもっともっと修行して、次は砂の門を古竜様がくぐっても大丈夫なくらいにして見せます!」

「そうだよ、その息だぜ、リュング」

心配そうに見つめていたラウザーが、空中に飛び上がると嬉しそうにクルクルと回って見せました。ラキ様も、オアシスの上に浮かび上がりながら、満足そうに小さな稲光を辺りにとばしています。



「良かったね、リュング」

「ぶぶいん♪」

「本当に、何事も無くて良かったわ」

リュングが明るい表情で再びやる気を見せるのを、少し離れたところから、古の森のメンバーが見守っていました。ドンちゃんのお母さんもグートを連れて来てくれています。今日は、結局古の森のみんなでのお出かけになっちゃいました。


そんなみんながニコニコとリュング達を見守る中で、ドンちゃんだけがちょっとうつむいています。黒ドラちゃんはドンちゃんのお耳がしょんぼりしている事に気が付きました。


「どうしたの?ドンちゃん」


ドンちゃんがちょっとうつむき加減で答えました。

「……やっぱり、マシルを一人でお出かけさせるのは早かったよね?」

「ドンちゃん?」

「みんなに迷惑をかけちゃって……。まだまだマシルをお外に出すのは早かったんだよね」

「そ、そうかな、そんなことないような」

「ぶ、ぶいん?」

一緒にお出かけしたメンバーとしては、何だかオロオロしちゃいます。


お耳を下げてうつむくドンちゃんの背中を、お母さんがそっと撫でました。


「ねえ、ドンちゃん、マシルの顔を見てご覧なさい」


その言葉にドンちゃんが顔を上げます。見れば、タマを抱くリュングの周りを飛び跳ねながら、マシルの顔はうれしさでキラキラと輝いていました。毛並みもつやつやとして、ノラプチウサギとしての魔力が満ちあふれて、いつもよりふさふさして見えます。


「あれ……マシル、何だかちょっと大きくなった?」

「どうかしら、少なくとも、お出かけはとても楽しかったみたいね」

お母さんが微笑みます。ドンちゃんがそのままマシルを見つめていると、後ろから頭に何かがそっと乗せられました。振り返ると、グートがニコッとしながらゆっくりとドンちゃんの頭の上から手を戻すところでした。頭にお手製の花冠を乗せてくれたようです。


「グート、ありがとう」

ドンちゃんがグートにお礼を言っている横で、黒ドラちゃんはその花冠が特別な形をしていることに気がつきました。

「それ、花嫁の冠だよ!ドンちゃん」

「えっ!?」

ドンちゃんが驚いて冠を外して見ます。


するとお母さんがグートの頭をなでながら教えてくれました。

「グートはいつも古の森のクローバーで花冠を作っているでしょう?とても上手に作るから、ひょっとしてグートならもう作れるんじゃ無いかと思って」

グートは黙ってニコニコしています。

「それで、ノラウサギ伝統の花嫁の冠の作り方を教えたら、一度で覚えてしまったのよ」

「すごいね~!」

黒ドラちゃんはすっかり感心してしまいました。黒ドラちゃんもノーランドの食いしん坊さんのおばあさまから花嫁の冠の作り方を教わりましたが、とても難しかったんです。


「あたしったら、グートがそんなことが出来るようになっていたなんて、全然気づかなかった」

ドンちゃんはグートを見つめました。

「なんだか、あたし、気付かないことばかりだね。ママなのに」

あれ、ドンちゃんのお耳がヘニャリと下がっちゃいました。


それを見ながら、再びお母さんがドンちゃんへ優しく話しかけました。

「そうね、子どもって親が気付かないうちにどんどん成長していくのよね。マシルはこれからもどんどん大冒険しちゃうでしょうし、グートは色々なことを覚えて驚かせてくれるでしょう。その度に、ドンちゃんも一緒に成長していけるの、お母さんとして」


ポワンとした目でドンちゃんの事を見ているグートのことを撫でながら、お母さんが微笑みます。


「そしてドンちゃんのおかげで私はおばあちゃんとして成長するし、黒ドラちゃんたちは子育て応援団として成長してくれるわ」


「うん!」

「ぶぶいん!」


「みんなと、一緒に……」


ちょっぴりお耳がピンとしてきたドンちゃんをみて、マシルが勢いよく跳ねてきて嬉しそうに声をあげました。


「いっしょに、だいぼうけん!」


それを聞いて、ドンちゃんは思わず笑ってしまいました。

「ふふっ、マシルったら、都合の良いところだけくっつけちゃって」

「マシルの大冒険?」

「ぶぶい~ん!」

「うん、だいぼうけん!」

マシルの元気の良い声に、ドンちゃんもすっかり笑顔になりました。


古の森のみんなで明るく笑いながら話していると、子猫のタマがみんなの足下へするっと入り込んできました。

「ニャ~ン」

マシルに仲良く体をすり寄せます。

「すっかり仲良くなったね」

うんうんとうなずきながら眺める黒ドラちゃんに、モッチがツンツンと何かを伝えてきます。

「ぶぶいん?」

「あ、そうだよね!あたし達、ラキ様のところへハスの花の種を持ってきたんだった!」

「タネ、どぞ!」

マシルが黒ドラちゃんからハスの花の種を受け取ると、オアシスの方へかけていきます。子猫のタマとグートも後を追いかけて、三匹でオアシスの周りをクルクルを回りながらハスの花の種をまき出しました。


「ふわふわがいっぱいじゃ」

今日はラキ様もすっかりご機嫌です。それを眺めるラウザーも、同じくらいご機嫌でした。

「陽竜様、尻尾をかむのはそれくらいにして、しゃんとしてください!」

「何だよ~、さっきまで落ち込んでたくせに!」

「私が落ち込んでいたら誰が陽竜様の面倒を見るんですか!?私しかいないでしょ!」

「なんだよ。……もう一度落ち込んでくれても良いよ?」

「ダメです!」

リュングがいつものようにシャキシャキとラウザーに注意しています。もうすっかりいつものような南の砦の光景が戻ってきていました。



「あ、いちばんぼし!」

マシルの元気な声にお空を見上げると、一番星が輝き出すところでした。もうすぐマシルとグートはお休みの時間です。

黒ドラちゃん達は急いで古の森へ帰ることにしました。ゲルードとブランはひと足早くお城の会議へと戻っていて、黒ドラちゃん達だけで魔馬車で森へ帰るのです。



「ねえ、リュング、ラウザー、また遊びに来るね!」

「ありがとうございます、古竜様」

「あったり前だよ、また遊びに来てくれよ!」

リュングの後ろでラウザーが嬉しそうに尻尾をぶんぶん振り回しています。ラキ様が光らせる稲光が、南の砦の周りをピカピカと光らせて、黒ドラちゃん達を見送ってくれました。


馬車に乗り込むと、黒ドラちゃんはお膝の上でウトウトしだしたマシルとグートを優しくなでました。小さくて暖かくて柔らかくて、以前のお出かけでドンちゃんをお膝に乗せた時のことを思い出します。


「ねえ、ドンちゃん、今日のお出かけマシルとグートも楽しかったと思うけど、あたしもとっても楽しかったよ」

「黒ドラちゃん」

「だって、こんなに可愛い絵ももらえたし、東の果ての国があって、ニクマーンの楽園があったんだって事もわかったし」

ニクマーンの楽園という部分に、モッチも羽音で大きくうなずいています。


「まだまだ知らない国や、知らない生き物がいっぱいいるんだね、きっと」

黒ドラちゃんがマシルのように目をキラキラさせながら言いました。


ドンちゃんがしみじみとつぶやきます。

「一緒に大冒険して、一緒に成長するんだね、あたしたち、みんな」

「うん!」

「ぶぶいん!」


三匹で顔を合わせて笑い合っていると、魔馬車がガタンと揺れました。気付けば古の森のすぐそばです。



マシルの初めてのお出かけで、みんなは見えないお土産をその手にいっぱい持ち帰りました。


また明日、と言いながら、それぞれのお家へと戻っていきます。





「どっこいしょ」


黒ドラちゃんも洞の中で丸くなりました。今日は色々なことがありました。ちょっとドキドキしたりしたけど、楽しい一日でした。ハムチャさんの絵も、洞の中に飾ってあります。



お出かけしたり

迷い込んだり

ドキドキしたり

ワクワクしたり

しょんぼりしたり

ウキウキしたり

見えないことも見えてきて

色んなことを

みんなでくぐり抜けて

楽しい時間が

これからもずっとずっと続くと良いなぁ








――そうして、黒ドラちゃんが静かに寝息を立てる頃

遠い東の果ての国では、ニャー・コ・ジャーラ師様が優しく手の中のピンク色のネズミさんを撫でていました。


「ありがとう。お疲れさま、ハムチャ」


黒ドラちゃんの洞の中で、絵がホワンと一回輝きます。

それきっり、森の中は夜のしじまに包まれました。







おやすみなさい、良い夢を――







*****







『古の森の黒ドラちゃん、なろうコン一次通過記念小話』にお付き合いいただきありがとうございました。

今回は自分自身のご褒美回みたいな意味もあって、楽しく書き上げることが出来ました。

この小話執筆に至るまでに、感想やレビュー、評価をくださったすべての方に感謝を込めて☆


2022.06.12 古森のおばちゃんより






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