くぐり抜けるってハラハラなんだ!-2
「ふんぬ~!」
翌日、さっそく黒ドラちゃんは背中の魔石に魔力を込めてブランを呼びました。
の砦にお出かけするなら、ブランからゲルードに頼んでもらって、馬車を出してもらった方が早いからです。それに、もたもたしていたら、また今日もマシルとの追いかけっこが始まってしまいます。
いつものようにブランはすぐに飛んできてくれました。
「どうしたんだい?黒ちゃん」
ブランは湖と同じ碧い目で心配そうに見つめながらたずねてきます。
「あのね、ハスの花の種が取れたんだよ。だからラキ様にも分けてあげたいの」
「ぶぶいん、ぶいん、ぶいん!」
「そうそう!オアシスにハスの花が咲いたらきっとラキ様喜ぶよね?ってモッチと話してたんだ」
黒ドラちゃんがそう言うとブランはホッとしたようでした。
そうして、今はずいぶんハスの花の増えたエメラルドグリーンの湖を眺めます。
「確かにきれいだね。そうだな、今からならば夕方までには十分帰ってこられるだろうし、ラウザーに連絡してあげるよ」
そう言って、ブランがフッと雪玉を二つ飛ばすと、それは光りながらお城の方角と南の方へそれぞれ飛んでいきました。お城へ飛んだものは、きっとゲルードに向けてくれたのでしょう。
「ありがとう、ブラン。やっぱりブランに来てもらって良かったね!」
「ぶぶいん!」
「そう?黒ちゃん達の役に立てて嬉しいよ」
黒ドラちゃんとモッチに褒められて、ブランはちょっぴり頬を染めました。
そこへドンちゃんに連れられてマシルがやってきました。
「おはよーござーますっ!」
大きな声でみんなに向かって元気にご挨拶してくれます。今日はマシルにとって、ドンちゃんや食いしん坊さんと離れての初めてのお出かけになります。古の森一番のいたずらっ子も、少し緊張しているようでした。
「おはよう、ドンちゃん、マシル!」
「ぶぶ、ぶぶいん!」
「おはよう黒ドラちゃん、モッチ、ブラン」
ドンちゃんは挨拶を返すとマシルに向き直って、肩からかけているポシェットのひもを直してあげました。
「これで良し!いい、マシル、黒ドラちゃん達にわがままを言っちゃダメよ?」
「はいっ!」
「南の砦に行ったら、さっき黒ドラちゃん達にしたみたいにラウザーやリュングにもきちんとご挨拶するのよ?」
「おはよーござーますっ!」
「そうそう。あ、ラキ様にはこのポシェットの中の雷玉をお渡ししてね」
「ピカピカ、どぞっ!」
マシルがふんすと鼻を大きくならしてお耳をピンッとさせます。
ドンちゃんはそれでもまだ心配そうでした。
「マシル、それと……」
「ドンちゃん、あたしたちが付いているし、砦にはラウザー達がいるから大丈夫だよ」
黒ドラちゃんがそう声をかけると、ドンちゃんはふうっと息を吐いて肩の力を抜きました。
「そうだよね、心配ばかりしてもきりが無いよね。……黒ドラちゃん、モッチ、今日はよろしくお願いします」
ドンちゃんから深々と頭下げられて、黒ドラちゃん達はドギマギしてしまいました。
「は、は、はいっ!」
「ぶ、ぶ、ぶいん!」
それを見て、マシルがいつものいたずらっ子な目をして笑い出しました。
「キャッハハハ、黒ドラちゃん、モッチ、おもしろ~!」
その横でドンちゃんがため息をつきます。
「はぁ、あなたのためにみんなが気を配ってくれているのよ?……マシルったら、本当に大丈夫かしら」
ドンちゃんが心配そうな目つきに戻ってしまったところで、森の外れの方からガチャガチャという鎧の兵士さんたちの動く音が聞こえてきました。
「ゲルード達が来てくれたんだ!」
モッチとドンちゃん親子を背中に乗せて、黒ドラちゃんはブランと一緒に森の外れまで飛んでいきました。
いつものように、そこには魔馬車が止まっていて、ゲルード達がそばにいました。
「ゲルード、鎧の兵士さんたち、ありがとう!」
「ぶぶいん、ぶいん!」
「ゲルゲル、ありあとーっ」
黒ドラちゃん、モッチ、マシルがお礼を言うと、ゲルードがさらりと金髪を揺らしながら微笑んでくれました。
ドーテさんと結婚してから、ゲルードはずいぶんと優しい雰囲気になりました。マシルが勢いをつけてピョ~ンッと飛びついても、穏やかに受け止めて笑顔です。
「マシル殿、今日もお元気で何よりですな」
そう言いながら、さりげなく白いマントからマシルの前足を遠ざけてます。あわててドンちゃんがマシルを迎えに行きましたが、ゲルードは大丈夫だからとうなずいてくれました。
「それで、輝竜殿からの雪玉通信では『古竜様たちが南の砦までお出かけしたい』とのことでしたが……」
ゲルードがそう言いながらみんなのことを見回すと、ブランがハスの花の種のことから順序よく説明してくれました。
「ふむ、なるほど。それで南の砦にお出かけされるのですな。私も同行したいところですが、本日は午後一で大事な会議が入っておりまして……」
「そうだね。僕も出ることになっている。それで、さっきラウザーあてにも雪玉を飛ばしておいた」
「なるほど。では、私も砦の師団長とリュングに連絡を入れておきます」
そう言うと、ゲルードは懐からいつか見た紙の鳥さんみたいなものを取り出して飛ばしました。
「おでかけ、だいじょぶ?だいじょぶ?」
マシルが心配そうにゲルードにたずねています。
「ええ、大丈夫ですよ。南の砦で楽しい時間をお過ごしください」
ゲルードがそう言ってくれると、マシルはホッとしてホワンと体を膨らませました。ゲルードは腕の中のホワホワ感を満喫すると、表情をキリッとさせて黒ドラちゃん達に向き直ります。
「では、古竜様、モッチ殿、お出かけの準備はよろしいですか?」
「オッケー!」
「ぶぶいん!」
ゲルードはマシルをブランに一度手渡すと、魔馬車の扉を開けてくれました。
「ふんぬ~!」
黒ドラちゃんはかけ声とともに可愛らしい女の子に変身します。そして、ブランからマシルを受け取ると、抱っこして魔馬車に乗り込みました。頭の上には当たり前のようにモッチが乗っています。
「この魔馬車は御者がいなくても南の砦まで走るようにしてあります。ご存じのようにそれほど時間はかかりませんからご心配なく」
「大丈夫だよ!もう何度か行ったことあるもん。ね、モッチ?」
「ぶいん!ぶぶいん!」
「げるげるー、ばいばーい!」
マシルは目をキラキラさせて外のゲルードに前足を振っています。ドンちゃんから離れるけれど、不安そうな様子は全くありません。
黒ドラちゃんとモッチ、マシルだけを乗せて、魔馬車が走り出します。
すると、それまで黙って見ていたドンちゃんが魔馬車を追いかけ始めました。
「マシル、気をつけて行くのよ~!黒ドラちゃんやモッチに黙ってあちこち行かないことー!それから知らない人について行かないでー!それとそれと、初めて食べるものはよく匂いを嗅ぐのよー!それからそれからっ」
ドンちゃんがお出かけの心得を全部言い終わらないうちに、魔馬車はガタンッと軽く音を立てると消えてしまいました。
もう、影も形もありません。
「マシル……」
わずか数時間のお出かけだとわかっているのに、ドンちゃんは泣きたくなってきました。
「ドンちゃん、戻ろうか」
後ろからブランが優しく声をかけてくれます。振り向くと、ブラン、少し離れたところにゲルード、そして鎧の兵士さん達が心配そうにドンちゃんのことを見ていました。
「ありがとう。大丈夫、ただ、ちょっと……」
不安と言うよりも、寂しいような気持ちでした。
マシルが不安そうにしていなかったのは嬉しいことなのだけど。
こうやってお出かけをさせてあげられるのはありがたいことなのだけれど。
自分のそばに、あの白くて小さくてふわふわな体が無いことで、こんな気持ちになるなんて……
初めて味わう気持ちに戸惑いながら、ドンちゃんはお母さんとグートの待つ古の森の中へ戻っていきました。
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