第288話-向き合う二人


「私が、ゲルード様の、初恋だった、ということですか?」

 ドーテさんの問いかけに、ルディがお耳を垂らしたままうなずきます。くるっと湖に向き直ったドーテさんの横顔は、お耳のはじまで真っ赤でした。


「でも、いつの間にかドーテは輝竜殿のことを『素敵!』だとか『格好いい!』とか言い始めたろう」

 ドーテさんがルディの方へ向き直りました。

「は、はい。確かにそういう時期(ブーム)がありました……けど……?」

 いきなりの話の転換に、ちょっと小首をかしげています。


「あの頃、私の心に疑いの芽を植え込む輩がいてな」

「疑いの芽、ですか?」

「私が魔術に優れているのは輝竜殿の力だと。本当に皆が慕っているのは輝竜殿で、私の存在など邪魔なのだと」

「そんな!そんなことどうしてゲルード様に!?」

「今思えば、カモミラ様を傷つけた、あの者たちと同類だったのかもしれんが。子どもの身にはわからなかったのだ。私は一方的に輝竜殿をうとましく思うようになっていった。そして、ドーテも私より輝竜殿に魅かれているのだ、と思い込んでしまった」

「まさかそんな風に思われているとは思いませんでした。そういえば、ちょうど、例のカモミラ様の事件の頃でしょうか、その後数年間交流がなくなってしまいましたものね。そういう思い込みを修正する機会が無かったんですね」

「そうだ。輝竜殿にも素直になれなくて、いつしか憎まれ口ばかりきく、嫌な小僧になっていた」

「やだ、小僧だなんて、ゲルード様」

「いや、本当に。輝竜殿から見ればそうだったろう」

 ルディが申し訳なさそうにお耳を垂らしてうずくまります。

 ドーテさんは思わず背中を撫でてしまいそうになりましたが、もう、ルディはペットのように扱うわけにはいかないのだと思い直して、手を引っ込めました。


「大きくなってから、久しぶりに会っただろう」

「あの、ノーランドに来てくださった時ですね?」

「ああ、あの時、ドーテがとても綺麗になっていて、とても大人びて見えて、気軽に話しかけられなくなってしまった。どんなふうに接すれば良いのかわからないままなんとなく過ごしていたのだが、今回、急に結婚の話が動き始めたろう?」

「はい」

「ちょっと驚いたが、それでも、まあなんとかなるのではないか?と考えていたのだ。ずっと前からの婚約者同士だし、ドーテとならうまくやれるのではないかと」

「はい!」

「だが、輝竜殿からドーテが結婚を悩んでいると言われて、すっかり気持ちが乱れてしまったのだ。私には身近にモデルとする夫婦がいなかった。そんな時にグィン・シーヴォ夫妻の姿が目に入ったのだ。その仲睦まじい様子が。ああ、これだ、こういう夫婦だ!と思った」

 ドーテさんには、その気持ちがよくわかりました。モーデさんと婚約者を見ながらモヤモヤしていた自分と、悩むゲルードの姿が重なります。


「自分がああいう夫婦になりたいのだと気づいてしまったのだ。でも、ドーテはどうなのだろうと思った。輝竜殿への気持には変化はあったのか?今もあこがれているのか?もしそうだったらどうしたら良いのか?と」

「そんな、ゲルード様、」

「なんだか、式典の準備での忙しさと結婚へのグルグルした気持ちで、ごちゃごちゃになってしまっていたのだ。いっそのこと自分もノラウサギだったらもっと素直に愛を語れたのか?もっと簡単だったのか?そんな風に出口のないまま悩んでいるうちに……魔術の失敗で、この通りノラウサギになってしまった」


 はあ、とルディがため息をつきました。


「国一番の魔術師が笑わせるだろう?情けない姿だ」

「そんなことありません!ゲルード様は情けなくなんかないです!」

 ドーテさんがぎゅっと手を握りしめています。

「ゲルード様はそのままで良いんです。ゲルード様自身が気づいていないだけで、素敵で格好いいところがたくさんあります!」

 ドーテさんがいうと、ルディがちょっと照れるように湖の方へ顔を向けました。

「いや……私は、ダメだよ」


 すると、ドーテさんが暗い表情でつぶやきました。

「ダメなのは私の方です」

「ドーテ?」

「私なんて、魔術に優れているわけでもないし、何か特別な技術を身に付けているわけでもありません。おまけに全く同じ姿形の存在がもう一人いるし、私こそ価値なんて……ありません」

 それを聞いたルディが飛び上がりました。

「いや、君は君だけだ!唯一無二だ、特別なんだ!」

 すると、ドーテさんが伏せていた顔をパッとを上げて答えました。

「はい、そうです。私もそう思います」

「え、ドーテ?」

「私は私だけ。たった一人だけです」

「あ、ああ!もちろん、もちろん!」

「そして、ゲルード様も、たった一人だけ」

 ドーテさんの言葉に、ルディが目を見開きました。


「唯一無二で、特別なんです」


 ドーテさんは、ゆっくり力強く言いました。

「唯一無二のゲルード様と、唯一無二の私とで、これから、唯一無二の……二人になりませんか?」


「ゆいつ、むにの……」


 優しいアメジスト色の瞳が、まっすぐに向けられています。



 しばらく見つめあっていましたが、ドーテさんがふと思い出したように話し出しました。

「あの、そういえば輝竜様のことなんですが」

「な、なんだろう?」

「あの、私が輝竜様のこと大好きになったのは、ゲルード様の守護竜だからですよ?」

「……は?」

「だから、ゲルード様の守護竜だとお聞きしたので、輝竜様のファンになりました」

「え、な、そ、それは」

「私がゲルード様から離れてノーランドにいるときも、輝竜様がゲルード様のことを見守っていてくださる。それがとてもありがたくて嬉しかったのです」

「ドーテ……」

「まさか、それでゲルード様の誤解を招くなんて思いもしていませんでしたけど」

「……輝竜殿には本当に申し訳ないことをした。私は子どもで、あの方の想いの深さも広さもわかっていなかったのだ」


 ルディが湖を見つめます。


 ブランの瞳の色と同じ、澄んだエメラルドグリーンの水面が、キラキラと静かに輝いていました。




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