第287話-うらやましい二人



「ねえ、やっぱりルディはゲルードなんだよね?」

 黒ドラちゃんの問いかけに、ルディが再び口を押えておろおろしています。

「いや、その、わたくしは、」

 違うと言いたいようですが、もうしゃべればしゃべるほどすっかりゲルードです。ルディの前に、すっとドーテさんがしゃがみこみました。

「ゲルード様?」

 そう言いながら、ルディなゲルードを優しく抱き上げます。ルディは少しの間もぞもぞと下を向いたり目を逸らしたりしていましたが、ドーテさんの腕の中で観念したようでした。

「すまない、ドーテ。君をだましたりして」

 うなだれて、お耳もすっかり垂れています。

「ううん、誰もだまされてなかったと思」

 黒ドラちゃんが言いかけると、ドーテさんが首を振って止めました。

「ゲルード様、ご無事で何よりです」

「いや、こんな姿なので無事かどうかは」

「でも、その姿はゲルード様の願望の現れなのではないか、とお城でお聞きしましたよ?」

「それは……北の塔でかな?」

「はい、ええと、でも、魔術兵士さんたちからではなく、スズロ王子と……輝竜様から」

「輝竜殿から?!」

 ルディが驚いて聞き返すと、ドーテさんがうなずきました。

「はい。スズロ王子はルディがゲルード様だということに半信半疑だったようですが、輝竜様は全く疑っておられないようでした」

「そ、そうか。君は、その、輝竜殿と何度も話したのか?」

「いえ、ゲルード様がルディになってしまった日に、一度だけです」

「そうか」

「輝竜様はこうおっしゃったのです『不安だろうが、ゲルード自身の気持ちが済むまで待ってやってほしい。必ずゲルードは戻ってくるから』と」

「本当に?輝竜殿が?」

「ええ。その言葉を聞いて、私は焦らず待とうと思いました」

「……」

「ゲルード様?」


 ルディなゲルードが黙り込んだところで、モッチが黒ドラちゃんのことをクイクイッとひっぱりました。ここは若い二人だけ、今は一人と一匹ですけど、にしてあげようってことみたいです。

「あ、そうだ、あたしマシルとグートに甘々の実を取っておいてあげるって約束したんだっけー」

「ぶぶいー」

「あ、モッチも虹色のはちみつ玉を探してみるってー?」

「ぶんー」

「それじゃあ、あっちへ行こうかー」

 棒読みのセリフを口にしながら黒ドラちゃんとモッチが離れていくと、ドーテさんはルディを抱きかかえたまま、湖のほとりへと戻っていきました。




 ドーテさんは湖に向かって腰を下ろすと、膝からゆっくりとルディを降ろします。

「ゲルード様、さっきはモッチさんに虹色のはちみつ玉を出してもらおうとされてましたよね?」

「あ、ああ」

「ひょっとして、それでもう一度魔法薬を作って戻ろうと考えたのですか?」

「うむ」

「そうですか。でも、お城では、ゲルード様は自然と元に戻るはずだとお聞きしました」

「そう、そうなのか?だが、この通りだが」

「そうですね。戻らないのはまだゲルード様の『気が済んで』いないからでしょうか」

「私の気が?」

 ルディが首をかしげて考え込みます。どうしても元に戻らないのか、自分でもわからないみたいです。


「そもそも、なぜノラウサギなのでしょう?」

「えっ」

「だって、不思議です。ゲルード様がノラウサギになりたかったなんて、私ちっとも知りませんでした」

「いや、その、う~む」

「なりたかったのでしょう?」

 ドーテさんに問いかけられて、ルディがのお耳がへにゃりと下がりました。ちょっともじもじしながら話し始めます。

「……おそらく、グィン・シーヴォ夫妻の様子を見たからだと思う」

「グィン・シーヴォご夫妻ですか?ああ、ドンちゃんと子どもたちが毎日お弁当を届けにお城へいらしてましたね」

「ああ。もちろん昼食のことだけではなくて、以前からの様子もなんとなく気になっていた」

「ご夫妻の様子を?」

「ああ、じ、自分も、叶うのならば、あんな風に、ドーテと、仲睦まじく、過ごしたい、と……」

 つっかえつっかえのルディの告白に、ドーテさんが真っ赤になりました。

「ゲルード様……」

 ドーテさんの薄紫の瞳がきらきらと輝き、ルディの青い瞳が優しく細められます。


「夢みたいです」

 ドーテさんが赤くなった頬を押さえながら、湖へ視線を向けました。

「私ね、ゲルード様、ずっとゲルード様とこんな風に話せたらって思っていたんです」

「そうなのか!?」

「ええ」

「知らなかった」

 ルディは呆然としていました。お耳がへたっと垂れて、何だか可愛くなっちゃってます。

「そうですよね、こんな風にゲルード様の気持ちを聞いたり、自分の気持を伝えることをしてきませんでしたら」

 ドーテさんの髪を、湖から吹いてくる風が優しく揺らしました。


「この間、マグノラ様にゲルード様とのことをご相談したのです」

「え、華竜殿にか!?」

「ええ。『何もしない』と言われました」

「そ。そうなのか、それはなんとも」

「いえ、突き放されたとか言うのとはちょっと違って」

「ほ、ほお」

「私が自分の気持ちを伝えれば、ゲルード様の気持も変わる、と」

「ふ、ふむ」

「あの時も、わかったつもりでしたが、今はもっとよくわかる気がします」


 うなずくばかりだったルディが、意を決したようにドーテさんに向き直りました。

「ド、ドーテは私との結婚に不安があると聞いた、輝竜殿から」

「え、まあ!……ひょっとして、ゲルード様は私がゲルード様に不満があると思われたのですか?」

「普通はそう思うのではないか?」

 ルディがちょっと気まずそうに視線をそらしました。ドーテさんが小さく息を吐きだします。

「ゲルード様に不満はありませんでした。そうじゃなくて、何というか、二人の間の……」

「間の?」

 ドーテさんは湖を見つめています。


「ドーテ?」


「私、モーデとセドリック様との関係を見ていたら、うらやましくなってしまったのです。同じですね、ゲルード様と。二人の仲睦まじい様子を見ていたら、私はゲルード様とあんな風に笑いあったり、寄り添って花を眺めたり、優しく見つめあったり、したことがなかったなって」


「ドーテ……」


「でも、マグノラ様にご相談した後で、これではいけない、きちんとゲルード様とお話ししよう!と思ったのです。でも、式典の準備で忙しくて」

「そうだな。私も北の塔にこもりきりになってしまったしな」

「ええ。そうこうするうちに、ゲルード様が消えたと聞いて……」

 ドーテさんが涙ぐみました。

「ド、ドーテ心配かけてすまなかった!」

「いえ、大丈夫です、ちょっとあの時のことを思い出してしまっただけで」

 ルディは前足で一生懸命にドーテさんの涙をぬぐいました。


「私にはわからなかったのだ」

「ゲルード様?」

「私は父しかいなかった。物心ついた時には母は亡くなっていたし、両親というものがどんなふうにお互いに接するのかわからなかった」

 ドーテさんは黙ってルディの話に耳を傾けています。


「ドーテのことは、いずれ自分の妻になる人間だと思っていた。大切にしようとずっと思っていた。たぶん、出会った時にはもう好きになっていたのだと思う」


 ドーデさんの目が丸くなりました。


 それは、思いもよらないゲルードからの初恋の告白でした。




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