第286話-やっぱり……


 ゲルードが消えてルディが現れてから、もう2週間近くが経とうとしていました。


 ドーテさんは毎日古の森へ来ています。お菓子やお花や、時には可愛いリボンを持って。笑顔でノラウサギのルディに会いに来ていました。


「まあ、とても可愛いわ!それじゃあ、今度はこちらの首輪も付けてみましょうか?」

 ドーテさんの弾んだ声とは対照的に、膝の上のルディは半眼になっていました。首には花柄のリボンが巻かれています。ドーテさんはそれを外すと、今度は赤い色のキラキラした首輪を取り出して、ルディの首へ付けました。

「これもとても似合ってる!魔術師さんたちからのプレゼント、本当にルディのことよくわかってるなあって感心しちゃうわ」

 ご機嫌でドーテさんがルディの頭から背中まで撫でています。

 初めのうちこそなんとなくノラウサギの『紳士』として扱われていたルディですが、もう今ではすっかりペットのようです。ドーテさんは、自分が差し出す人参スティックをルディが喜んで食べてくれると信じて疑っていません。今も、首輪を眺めながら2本目のスティックをルディの鼻先へ差し出しています。

「今度は水色や青も良いかも。リボンもお揃いの色で揃えてみようかしら?」

 膝の上でじっと耐えていたルディですが、突然膝から降りると湖の周りを走り出しました。

「あ、ルディ!?」

 ドーテさんが驚いて追いかけようとしましたが、ルディはすぐに戻ってきました。見れば、前足いっぱいにクローバーを持っています。走りながら摘みまくったようでした。それをドーテさんに差し出します。よく見ると緊張でお耳がピンッと伸び、前足はわずかに震えていました。


「まあ!リボンと首輪のお礼かしら?可愛いわ、ありがとう」

 ドーテさんが微笑みながら受け取ると、ルディのお耳がふにゃりと下がり、全身から力が抜けました。



 黒ドラちゃんとモッチは、木の陰でため息をつきました。

「ねえ、モッチ、あれってさあ『伝統的なノラウサギのプロポーズ』じゃなかったっけ?」

「ぶいん」

「だよね?ドーテさん、ぜんぜん気づいてないね」

「ぶぶ、ぶぶいんぶいん」

「うん、ノラウサギになっても残念なんだね、ゲルードって」


『ドーテさんを見守り隊』の活動は相変わらずでした。

 いえ、変わらずというよりもどんどん恋の応援からは遠くなっているような気がします。


「お城の方も大変だってドンちゃんが言っていたよね?」

「ぶいん」

「少しでも魔術師さんたちを助けるために、食いしん坊さんのお帰りも遅いんだって」

「ぶんぶん」

「ドーテさんも、お城では周りの人やノーランドのモーデさんに気づかれないようにすごく気を使ってるって」


 見ればルディは力なくドーテさんの膝の上で撫でられています。渾身のプロポーズがリボンや首輪のお礼になってしまって、がっくりきてしまったようです。

 ふと、ルディが黒ドラちゃんたちの方へ顔を向けました。スッと首を上げて何か決意したようなキリッとした表情を見せています。お耳をピンッと伸ばすと、ドーテさんの膝から飛び降りました。そのまま一直線に黒ドラちゃんとモッチのところまで走ってきます。


「あら、ルディ?」

 ドーテさんは振り向いて、木の陰にいる黒ドラちゃんたちに気づきました。

「古竜様、いらしたのですね」

 ちょっと恥ずかしそうに頬を染めましたが、すぐに立ち上がって歩いてきました。


 その間にもルディは黒ドラちゃんたちの前に来て何か変な動きをしています。

「何だろう?モッチに向かって何かしてるよ?」

「ぶいん?」

 モッチもわからないようで首をかしげています。ルディは一生懸命モッチに何かを伝えようとしているようでした。前足でぐるっと丸を作っていたかと思うと、今度はジャンプして逆立ちです。

「輪をくぐりたいのかな?」

 どうやら違ったようで、ルディがイライラしたように前足を振りました。何度も何度も前足でぐるっと丸を作ります。

「ねえ、ひょっとして、はちみつ玉?」

 黒ドラちゃんが口にすると、途端にルディが飛び上がりました。大きくうなずいています。

「ぶいん!」

 モッチが嬉しそうに大きなはちみつ玉を取り出しました。

 アズール王子の瞳と同じ、優しい紫色。モッチの一番のお気に入り、自慢のはちみつ玉です。

 ところが、ルディは地団太を踏んでいます。何度も何度もぐるっと丸を作ってはジャンプして逆立ちです。

「はちみつ玉じゃなかったのかな?」

 黒ドラちゃんがつぶやくと、ルディがさらにイライラして飛び跳ねました。

「はちみつ玉で良かったの?」

 また大きくうなずいて、飛び跳ねます。


「ぶいん?」

 モッチは今度は白いはちみつ玉を出しました。マグノラさんの白いお花の森のお花のはちみつ玉。これもモッチのお気に入り、逸品です。

 なのにルディはまたまた地団太を踏みました。


「ぶ、ぶいん?」

 今度は薄い水色のはちみつ玉を出しました。でも、それは丸ではなくて、なんだかいびつな形です。

「あれ、それってホペニからもらったやつじゃない?」

 黒ドラちゃんが驚いてモッチに言いました。

「ぶいん」

 モッチがうなずきました。そうです、これもモッチのお気にいり。しかも滅多に人には見せない、スペシャルなスノーブルーはちみつ玉です。なのにルディは、いびつなはちみつ玉を見て「え、なにそれ?」みたいな顔になりました。

 モッチが急激に不機嫌になります。立て続けに自慢のとっておきのはちみつ玉を出したのに、ルディはちっとも喜びません。おまけにスペシャルなスノーブルーはちみつ玉に対するその態度、モッチは許せませんでした。

「ぶいん!」

 とうとうモッチはルディに全力で体当たりすると、フンっという感じで背中を向けました。とたんにルディが叫びます。


「モッチ殿!私は虹色のはちみつ玉を出して欲しいとお願いしているのです!」


 モッチが驚いて振り向くのと、ルディが慌てて口を押えるのが重なりました。

「その声、そのしゃべり方、やっぱり」

 黒ドラちゃんがつぶやきに、ドーテさんの声が続きます。

「ゲルード様?」

 ルディが恐る恐る、という感じでドーテさんを振り返ります。


 誰もしゃべらない中で、モッチの羽音が聞こえてきました。


「え、虹色のはちみつ玉は無い、ですと!?」


 久しぶりに聞いたルディ、いえゲルードの声は小さく震えていました。



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