第285話-ルディ係
古の森の湖のほとりから、楽しそうにおしゃべりする声が聞こえてきます。
「――それで、私も古竜様にお願いしてニクマーンをナゴーンへ連れて行っていただいたんです
帰ってきたニクマーンたちは、それはそれは幸せそうな顔をしていました
お土産話もたくさんしてくれたんですよ
もう、わたしが寝不足になってしまうくらいで――」
ノラウサギのルディを膝に乗せて、笑顔で話しているのはドーテさんです。突然ゲルードが消えて、初日こそ青い顔をしてルディの様子を見にきたドーテさんでしたが、今ではだいぶ落ち着いてきました。
ルディが古の森に来た翌日から、ドーテさんは毎日森を訪れています。謎のノラウサギ、ルディの様子を確認するというとても重要な任務を負っているのです。もちろん、お城では忙しく式典の準備が進められている真っ最中。でも、スズロ王子とカモミラ王太子妃の計らいで、ドーテさんは『ルディ係』に任命され、毎日いそいそと森に通っていました。
森へやってくると、まずは湖のそばにシートを広げて座ります。すると、どこで見ているのか、ルディがすぐに姿を現すのです。ドーテさんに抱き上げられてお膝の上に乗ると、ルディはすっかりご機嫌になってしまいます。そうすると、ドーテさんも幸せそうに微笑んで、あれこれとりとめのないお話をルディ相手に始めるのでした。
黒ドラちゃんやモッチたち古の森メンバーはどうしているのかって?黒ドラちゃんたちも初めのうちはドーテさんと一緒にルディを囲んでお話していました。けれど、どうやらルディはドーテさんだけの方が機嫌が良いのです。そんなわけで、いつの間にかドーテさんが来ると黒ドラちゃんたちはそおっと木の陰から一人と一匹を見守るような感じになっていました。
「――それで、モーデはセドリック様と、あ、セドリック様というのは婚約者です、モーデの。それで、二人で王宮の森のグィン・シーヴォ様のおばあさまにご挨拶に行ったそうなんです。なかなか起きていらっしゃる時に合わなくて、三回目でようやくお話が出来たと言っていました。でも、二人で出かけられてモーデは楽しかったみたいです。グィン・シーヴォ様のおばあさまはノラクローバーで編んだポットカバーを用意してくださっていたんですって、それで、私にも……」
ぷつん、とドーテさんのおしゃべりが止まりました。湖を眺めているようで、その瞳は遠くを映しているようです。膝の上のルディがドーテさんを見上げて首をかしげます。ドーテさんは、はっとしたようにルディに目をやりました。
「ごめんなさい、ええと、モーデがポットカバーを頂いて、それで、私にもおばあさまのところへゲルード様と顔を出したらどうか、と勧めてきました」
ドーテさんの言葉を聞いて、ルディが落ち着きなく膝の上でもぞもぞとしました。
「モーデには話していないのです、ゲルード様が消えたこと。結婚前ですし心配かけてはいけないと思って」
ルディがあからさまに目をそらしました。でも、お耳はしっかりとドーテさんの方を向いています。
「でも……もしゲルード様が消えていなかったとしても、王宮の森には行けなかったでしょうね。ゲルード様はとても忙しい方ですし、それに、こんな風にモーデとのやり取りをお話しする機会も、きっと無かったでしょうから」
ルディのお耳がへにゃりと伏せられました。ドーテさんの手が優しく背中を撫でます。
「あ、そうだわ、今日はプレゼントがあるのです!」
ドーテさんが急にそばに置いた手提げ袋の中をガサゴソと探し始めました。
「ええと、たしか小さな袋に入れて……あったわ!」
ドーテさんが手提げの中から小さな袋を取り出しました。プレゼントと聞いて、ルディのお耳が期待でピンッと伸びています。
「北の塔の魔術師の方が、ルディにって」
そう言って、ドーテさんが袋から取り出したのは、良い感じにスティック状にカットされた人参でした。
「はい♪」
口元に生の人参を押し当てられて、ルディのお耳が情けなく垂れ下がりました。
けれど、ドーテさんはニコニコしながらルディが食べるのを待っています。
「……」
しぶしぶという感じでルディが人参をかじりました。美味しかったようで、前足で握って食べています。ドーテさんは嬉しそうに微笑んで、ルディの背中を優しく撫でました。
木の陰から様子を見守っていた黒ドラちゃんとモッチはため息をつきました。
「あれさ、絶対に何か他のものを期待してたよね?」
「ぶいん」
「きっとドーテさんの手作りクッキーとか思ってたんじゃないかな?」
「ぶぶいん!」
そう言いながら黒ドラちゃんがモグモグしているのは、昨日ドーテさんからもらった手作りクッキーです。モッチには素敵なお花を持ってきてくれました。ちなみに、ルディには可愛いリボンでした。受け取ったものの付けるのには抵抗があったらしく、今は巣のそばの木の枝に結び付けてあります。
「ドーテさん、ルディのことゲルードだとは思っていないのかな?」
「ぶ、ぶい~ん」
「そうだよね、思っていないはずないよね」
「ぶん」
「ドーテさんはゲルードが元に戻らなくても良いのかな?」
「ぶいん!」
「そうだよね、そんなはずないよね」
「……ぶぶ、ぶいん」
「でも楽しそうだ?……そうだね、確かにドーテさんとっても楽しそう」
「ぶ……ぶいん」
「そうだね、見守るしかないよね。今はあたしたち『ドーテさんを見守り隊』だもんね」
「ぶん!」
美味しいクッキーを飲み込んでから、黒ドラちゃんは大きくうなずきました。
ゲルードが消える前は、ドーテさんを応援し隊として張り切っていましたが、現れたのはノラウサギのルディです。どう応援したらいいのかわからなくて、モッチと一緒にドーテさん+ルディ観察をして毎日を過ごすことになりました。
ドンちゃんは相変わらずマシルとグートを連れて食いしん坊さんのところへお昼を届けています。帰ってくるとお城での様子を話してくれるのですが、どうやら『消えたゲルードを探せ!』事件は、解決には向かっていないようです。魔術師さんたちは式典の準備に追われていて、ゲルードの作っていた魔法薬の解析までは手が回らない状態だということでした。
「忙しいのに、人参を用意する時間はあるんだね」
「ぶいん!」
「やっぱり?そうだよね、嫌がらせだよね。名前を付けた時の様子を聞いてもわかるけど、兵士さんたちは絶対にルディのことゲルードだと思ってるよね」
「ぶん。ぶぶいん?」
「うん、あたしもルディはゲルードだと思うなぁ。だって、匂いが同じだもん」
「ぶいん?」
「うん。風と森のにおい。古の森じゃなくて、もっと寒いところの。ブランの北の山にちょっと似てるかも」
「ぶん」
「モッチはわからない?そっか、前にドンちゃんもあたしが言う匂いがわからないって言ってたなぁ。竜にしかわからないのかも」
「ぶいん?」
「うん、きっとブランにもわかってるんじゃないかな」
「ぶっ、ぶいん」
「うん、ルディは、っていうかゲルード本人はあたしやブランに匂いで見分けられてるってわかってないと思う」
湖のそばでは、相変わらず楽しそうなおしゃべりが続いています。ドーテさんが3本目の人参スティックを取り出してルディにあげました。
「ゲルードはウサギのままで良いのかな?人参スティックもらってうれしそうだけど」
黒ドラちゃんのつぶやきを聞いて、モッチがはちみつ玉を取り出しました。ゲルードにとって、はちみつ玉を無視するくらいにたいせつなもの……
モッチは人参スティックをキッとにらみつけました。
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