第284話-古の森へ


 食いしん坊さんたちが古の森に馬車で帰り着いた時には、もう黒ドラちゃんとブランが森の入り口で待っていてくれました。

 食いしん坊さん、続いてドンちゃん、グートと、頭の上にモッチを止まらせたマシルが降りてきます。最後に、ゆっくりとルディが降りてきました。


「本当だ!真っ白ノラウサギさんだ!」

 黒ドラちゃんが大きな声を上げると、横でブランが優しく背中をトントンしてくれます。

「黒ちゃん、少し落ち着こうか。で、相変わらずそのノラウサギは何もしゃべらないのかい?」

 ブランの問いかけに、食いしん坊さんがうなずきました。

「カモミラ様にもご確認していただきましたが、間違いなくノラウサギなのです。ですから本来であれば流ちょうに言葉をしゃべることが出来るはずなのですが……」

 そこへモッチが割って入ってきます。

「ぶぶいん!」

「あ、お名前を決めたの?」

「ぶいん」

「ルディか、良いお名前だね」

 黒ドラちゃんが話しかけると、それに応えるようにルディが丁寧なお辞儀をしました。

「まるで、ゲルードみたいだね……」

 黒ドラちゃんのつぶやきを聞いて、慌てたようにルディが飛び跳ねます。そのまま、あっちへふらふらこっちへふらふら、いったいどうしちゃったんでしょう。


「あれ、何やってるの?」

「ぶぶいん?」

 モッチも不思議そうに見ています。


「ルールー!」

「ドラドラ~♪」

 マシルとグートがルディの後について変な動きをまねしはじめました。それを見ながら、黒ドラちゃんとモッチが首をかしげていると、しばらく眺めていた食いしん坊さんが、ハタッと前足を打ち合わせました。

「これは、ノラウサギのダンスでは?」

「えーっ!?」

 これが?という気持ちでルディを見ると、何だか得意そうな顔をしているような気がします。


「これ、ずいぶん違うよね?ドンちゃんたちのダンスと」

「ぶいん」

 黒ドラちゃんとモッチは、ますます首をかしげました。


「う~ん、よくわからないけど。ねえ、食いしん坊さん、こういうノラウサギダンスもあるの?」

 ドンちゃんがたずねると、食いしん坊さんがちょっと困ったように、とても小さな声で答えてくれました。

「いや、たぶん……ただ下手なだけだと思うよ、ハニー」

 ルデイのお耳がピクッとしました。どうやら長いお耳は小さな声もひろってしまうみたいです。途端にノラウサギダンスだったらしい動きをぴたりと止めました。


「ルールー?」

「ドラドラ~?」

 ダンスが突然終わってしまって、マシルとグートが物足りなさそうにルディの周りを飛び跳ねています。でも、ルディはコホンと咳払いをして、ピンと背中を伸ばして胸のあたりの毛並みを整えたりしながら澄ましていました。


「ますますゲルードっぽい」

「ぶぶいん」

 黒ドラちゃんとモッチがつぶやくと、ルディがクルッと背中を丸めて向こうを向きました。まるで都合の悪い話は聞きたくないというような雰囲気です。


「ルールー!」

「ドラドラ~!」

 でも、そんなルディの様子なんてお構いなしで、二匹の仔ノラウサギは丸くなったルディの周りをクルクル楽しそうに回りました。


「と、とにかくドンちゃんのお母様のところへ伺いましょう。巣穴の準備を進めてくださっているはずですからな」

「あ、そうだ、ドンちゃんのお母さんにも伝えてあったんだっけ」

 黒ドラちゃんとモッチ、ドンちゃんたち一家とルディは、そろってドンちゃんのお母さんの待つ巣穴へと向かうことにしました。ブランは、一緒には行きません。これからお城へ戻って、スズロ王子や魔術師の兵士さんたちと色々と話し合わなければいけないと言うことでした。

 黒ドラちゃんたちは、ブランに手を振ってから、森の奥へと進んでいきます。みんなの姿が見えなくなると、ブランは小さくため息をついてから、お城に向かって飛び立ちました。






「そう、この白ウサギさんが魔術師の代わりに現れたのね?」

 ルディを紹介すると、ドンちゃんのお母さんはちょっと不思議そうな顔をしました。ふんふんと匂いを嗅いだ後、じっとルディを見つめます。すると、ルディは落ち着かない様子で目を逸らしました。


「不思議なこともあるものね。初めてよ、そんなお話。今まで聞いたことないわ」

「うん、そうなんだよ!なんでもゲルードは新しい魔法薬を作ろうとしていたんだって。だから、何か新しい効き目が出ちゃったのかも」

 黒ドラちゃんの説明を、ドンちゃんのお母さんがうなずきながら聞いてくれます。

「なるほどねぇ。じゃあ、その薬の効き目が切れれば元に戻るのかしら?」

 ドンちゃんのお母さんがルディの瞳をじっと見つめます。ルディはあちらこちらに目を泳がせていましたが、ドンちゃんお母さんの視線に耐えきれなかったようでサッと背中を向けてしまいました。


「元?元に戻るってことは、やっぱりルディはゲルードなのかな!?」

 黒ドラちゃんが驚いて聞き返すと、ドンちゃんのお母さんが首をかしげながら答えてくれます。

「あら、違うのかしら。てっきりそうなのだとばかり……」

 するとルディがクルッと向き直り、ぶんぶん首を振っています。

「……違うって」

 黒ドラちゃんがそう言うと、その場にいたみんなが黙り込んでしまいました。


「ぶぶいん」

 突然、モッチがはちみつ玉を取り出して、ルディの前で見せつけるように飛びまわりました。けれどルディは見向きもしません。

「ぶいん」

 モッチはひとつうなずくと、はちみつ玉をしまいました。


「そっか、モッチが言うには『はちみつ玉に反応しないからゲルードじゃない』んだって」

 黒ドラちゃんがそう言うと、お母さんも納得したようです。


「それじゃあ、ルディのお家になる巣穴はこちらよ」

 そうして、巣穴を案内してくれます。


 ルディは巣穴の中におっかなびっくり潜り込んでいましたが、ドンちゃんのお母さんの説明が終わるころにはすっかりノラウサギらしい身のこなしになっていました。

「やっぱり、ルディはゲルードじゃないのかな?」

「う~ん」

 黒ドラちゃんはドンちゃんと小声で話します。その声が聞こえているのかいないのか、ルディは澄ました顔でドンちゃんのお母さんから分けてもらったクローバーを頬張っていました。



 ルディが巣穴に落ち着いたことを確認すると、ドンちゃんのお母さんにお礼を言ってから、みんなは湖のそばの切り株のところへとやってきました。食いしん坊さんは何やらずっとモッチとお話しています。そのうち、お話は終わったようで、モッチは食いしん坊さんの頭の上に止まりました。

「どうしたの?モッチ、なんで食いしん坊さんの頭に止まってるの?」

 黒ドラちゃんがたずねると、モッチの代わりに食いしん坊さんが答えてくれました。


「黒ドラちゃん、これから私とモッチ殿は、もう一度お城へ戻ろうと思います」

「え、またお城に?」

「ぶいん」

「ええ、先に戻った輝竜様やスズロ王子、それから北の塔の魔術師たちと色々と話をしてみようと思うのです」

「そっか、そうだよね。このままゲルードが戻らなかったら、みんな困っちゃうものね」

「ぶぶいん、ぶいん!」

 モッチが任せて!と羽音を立てました。ゲルードのことなら、モッチが古の森では一番詳しいのです。

「ぶっぶい~ん!」

 きっと何か元に戻るヒントを見つけてくるよ、と張り切っています。

「モッチの虹色のはちみつ玉が魔法薬の鍋に落ちたんだよね?」

「ぶいん」

「それなら、元に戻るにはまた虹色のはちみつ玉が必要なのかな」

「ぶぶい~ん?」

 それはモッチにもわからないようです。

「ぶっぶい~ん!」

 でも、何とかなるって言ってます。

「とにかく、初めてのことばかりですから、何がどうなるのかはわかりませんが、皆で知恵を出し合えば解決できる道筋も見えてくるかもしれません」

 食いしん坊さんの言葉に、モッチが頭の上でうなずいています。

「そうだね、じゃあ、ブランやお城のみんなのこと、ここで応援してる!」

 黒ドラちゃんがそう言うと、足元でグートとマシルも飛び跳ねました。ドンちゃんもうなずいてくれています。


「じゃあ、行ってくるよ、ハニー」

「ぶぶいん!」

「行ってらっしゃい」

「食いしん坊さん、モッチ、がんばって!」

「んぱぱ~!」

「んどらどら~!」


 みんなの声に送られて、食いしん坊さんとモッチはキリッとしたお顔でお城へと向かいました。






「これまでゲルードが作った魔法薬の効き目は半日くらい、長くても一日程度だった」

 食いしん坊さんたちがお城へ着くと、すでに会議室では、スズロ王子たちが話し合いを進めていました。

「そうです。何日間も効果を持続させるのは、さすがにゲルード様でも難しい」

 周りで聞いている魔術師の兵士さんたちも、そう言ってうなずいています。今回もすぐに『元』に戻るのでは?と、王子や魔術兵士さんたちは少しだけ期待していました。ところが、半日以上たっても元(ゲルード)に戻る気配はありません。スズロ王子は、ゲルードの守護竜であるブランに、何か魔法を解く手がかりは無いかとたずねました。話し合いが始まってから、ブランはずっと考え込んでいたのです。食いしん坊さん、魔術師の兵士さんたち、それからゲルードが消えた時その場にいたモッチ、それぞれの話は、すでにひと通り聞き終わりました。その間中、ブランは口は挟まず、黙って聞き入っていたのです。

 やがて、ブランは顔を上げみんなの顔をぐるっとながめてから、ゆっくりと話し始めました。


「あくまでも、推測なのだけれど。あのルディがゲルードだとして、本人に戻りたくない気持ちが強いんじゃないか、と思うんだ」

「……やはり、そうですか」

 ブランの意見に、スズロ王子がうなずきました。王子も、なんとなくそんな印象を抱いていたようです。食いしん坊さんも、横でうなずいています。


 ブランが続けます。

「モッチから聞いた話では、事故が起きた時やその前後の様子を総合すると、どうやらゲルードがノラウサギ夫婦という存在に、何らかの強い思い入れがあったことは間違いない。ゲルード自身が元に戻る気持ちになるまでは、元には戻らない……というか、戻れないのかもしれないな」

 それを聞いて、周りで聞いていた魔術師の兵士さんたちから一斉に「はあ~っ」という重いため息が聞こえてきました。エステン国との式典の日はどんどん迫ってきます。その準備を、ゲルード抜きで進めるのは、たいへんなことでした。

 結局、解決策らしいものは、何も出てきませんでした。とにかく、ゲルードのいない状態でも皆でフォローしながら式典の準備を進め、古の森のみんなでルディの様子を見守っていくしかない、そう締めくくるとスズロ王子は皆を持ち場に戻しました。食いしん坊さんは、気落ちしているモッチを連れて古の森へ一緒に帰っていきます。

 魔力に優れた竜のブランにも、どうすることも出来ません。


「本当に、無力な守護竜だ」


 誰もいなくなった会議室でブランがつぶやくと、辺りにダイヤモンドダストが舞いました。







 そして、翌日、古の森の新しいノラウサギさん、ルディは元気に巣穴から出てきました。ゲルードが煙を浴びてから、すでに丸1日近く経ちましたが、やはりルディはルディのままだったのです。








 



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