第283話-ゲルゲル?
ゲルードが消えたことで、お城の中は一時騒然となりました。式典の準備も一時中断です。
兵士さんが王様に報告すると、すぐにスズロ王子とカモミラ王太子妃が北の塔へとやってきました。カモミラ王太子妃は、白ウサギさんのことを確認するための同行です。そして、カモミラ王太子妃の見立てでも、やはりこの白ウサギさんはノラウサギで間違いないだろうということになりました。
冷静に観察したカモミラ王太子妃とは対称的に、スズロ王子は白ウサギさんをひと目見て「う~ん……」とうなってしまいました。状況から考えれば、ゲルードが何らかの事故でこのウサギさんになってしまったと考えるのが一番自然です。けれど、あのゲルードがモフモフほわほわのウサギになってしまったなんて、信じられないというか、信じたくない気持ちが、王子にはありました。
もう一度、兵士さんや魔術師さんたち、連れてきた騎士さんたちとひと通り塔を探した後で、スズロ王子は再び白ウサギさんのいる部屋に戻ってきました。
スズロ王子が、意を決して話しかけます。
「君は……君が、ゲルードなのか?」
けれど、白ウサギさんはじっと動かず眠っている様子です。
「グースー、グースー」
「……」
しばらくの間、スズロ王子は黙ってその姿を見つめていましたが、やがてあきらめたように食いしん坊さんに話しかけてきました。
「グィン・シーヴォ殿、大変申し訳ないが、古の森でしばらくの間このノラウサギの面倒を見てやってはもらえないだろうか」
「ええ。皆様がそれでよろしければ。何も喋らぬとは言え同胞です。こちらからお願いしようかと思っていたところです」
食いしん坊さんの返事を聞いて、スズロ王子がほっと安堵のため息をつきました。
「ありがとう、助かったよ。ゲルードの家には、とりあえず今回のことは報告するとして、さすがにノラウサギが快適に過ごせる環境をすぐに準備できる場所は作れないからね」
「古の森であれば、お義母様の巣穴のそばに、古い巣穴がいくつかありますので、とりあえずはそこを使ってもらいましょう」
「こちらからも人を出そう。何か必要なものがあれば何でも言って欲しい」
「ありがとうございます。ですが、巣穴には人は入れませんし、巣穴を快適にするための草や枯葉はすべて古の森で手に入りますので」
「そうか……そうだね。じゃあ、とりあえず、こちらは先に輝竜殿を通して古竜様にこのことを伝えてもらうことにするよ。誰か、特急魔伝の準備をしてくれ」
スズロ王子の言葉で、周りにいた魔術師さんたちがあわただしく動き出します。
王子はもう一度白ウサギさんを見つめました。白ウサギさんは相変わらずいびきをかいて眠っているようです。いつの間に抱え込んだのか、その前足の間には鍋から引き揚げられた白い魔石がありました。
「……」
白い魔石に手を伸ばしたスズロ王子を、食いしん坊さんがそっと引き止めました。王子は手を引っ込めると、再び白ウサギさんを黙って見つめました。それから食いしん坊さんに軽くうなずくと、何も言わずにカモミラ王太子妃を促し、騎士さんたちを連れて部屋を後にしました。
王子たちの足音が遠ざかると、白ウサギさんがうっすら目を開けチラチラとあたりを見回します。
「ウサギなのにタヌキ寝入りとはいかがなものですかな?」
後ろから食いしん坊さんが声をかけると、白ウサギさんのお耳がピクンとしました。何でもないような様子でグ~ンと体を伸ばすと、しっかりと前足で白い魔石を抱え込んでいます。
「それはゲルード殿の杖の魔石。扱いにはご注意願いたい」
白ウサギさんはそれを聞くと、当然だとばかりにうなずき、魔石をモフッとした毛の中にしまい込みました。
「ぶぶいん!?」
モッチが驚くと食いしん坊さんが教えてくれました。
「ご心配なく。ノラウサギは身にまとう魔力の力で、ある程度のものでしたら毛の中にしまい込むことが出来るのです」
「ぶぶいん?」
「ええ、心配はいりません。ちゃんと後から出すことも出来ますぞ」
そう言われてみると、食いしん坊さんも普段からそんなことしていた気もします。
「それにしても、もし、この白ノラウサギがゲルード様だったとして、さすがに王子に対して反応が無いというのは考えられませんよね」
「やっぱりこのウサギはゲルード様とは無関係なんでしょうか?」
「ゲルード様は新薬を開発中でした。いったいどんな作用でこんなことになったんだろう……」
兵士さんたちが一斉に話し出します。これまで、ゲルードが魔術薬の精製で事故を起こすことなんてありませんでした。どの兵士さんの顔も不安そうです。
「で、この後のことですが……」
食いしん坊さんがさきほどスズロ王子と話したことをもう一度確認するように話し出しました。兵士さんたちもうんうんとうなずいて聞いています。
ゲルードが居なくなってしまったことは、王様の判断でごく一部の人たちだけで秘密にすることにしました。何しろ、あれでもゲルードは国一番の魔術師です。そんな存在が行方不明になったと知れたら、どんなことが起こるかわかりません。人々は不安になるでしょうし、そういう状況に付け込んで悪だくみをする人が現れても困ります。本当に、今回のことはまだまだわからないことだらけなのでです。
「とりあえず、私はこのノラウサギの紳士を連れて古の森に向かおうと思います」
「ぶぶいん?」
「ええ、黒ドラちゃんには輝竜殿を通して先に知らせが行くでしょうし、ハニーと子どもたちと一緒にモッチ殿も戻りましょう」
「ぶいん!」
モッチはきりっとした感じでうなずきましたが、ふと白いノラウサギさんを見て首をかしげました。
「ぶぶ、ぶいん?」
「ふむ、呼び方、名前ですか?」
「ぶいん」
「うーむ、確かにいちいち『ノラウサギの紳士』と呼ぶのも面倒ですな」
「ぶいん?」
「ノラシロ、ですか?」
モッチの命名に白いノラウサギさんがくるっと背中を向けました。どうやらお気に召さないようです。
「ぶ、ぶいん」
「ゲルゲル、ですか?」
モッチが新しく考え出した名前はもっと嫌だったようで、白いノラウサギさんの背中の毛がちょっぴり逆立っています。それを見ていた兵士さんたちが自分たちも名前を考え始めました。
「白ゲル、とかどうでしょう?」
「いや、ザンネンノラ、とかは?」
「ぷっ、そりゃないよ、えーと、ゲルピョンが良いんじゃないか?」
「おいおい、みんな真剣に考えろよ、ふざけてる場合かよ!?……ピョンルードとかどうかな?」
「おいおいお前こそそのセンス何とかしろよ!」
「いや、ピョンは絶対に外せないって!」
もはや大喜利状態の兵士さんの盛り上がりをよそに、白いノラウサギさんの背中の毛は限界まで逆立っています。
再びモッチが何か思いついたようで、大きく羽音を鳴らしました。
「ぶぶいん!」
「なるほど、ルディ、ですか」
「ぶぶ、ぶいん、ぶん、ぶぶいん!」
「ふむふむ、ゲルードの代わりに現れたから、ルードにしようかと思ったけれど、それでは面白くないので、ルディにした、と」
「ぶん!」
「この名前はどうですかな?」
食いしん坊さんが白いノラウサギさんにたずねました。さっきまでの様子と違い、こちらに向き直っていたからです。白いノラウサギさんは、モッチの方へ向くと、しっかりとうなずきました。
こうして、白いノラウサギの紳士改めノラウサギのルディを連れて、食いしん坊さんたちは古の森へ向かったのです。
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