13章 了-ふわふわな想い
「今思えば、認めてもらいたかったのだと思う、結局は。 あの頃、私の世界はとても狭かった。 ブランは魔術の師であり、親代わりであり、兄のような存在だった。 大好きだった」
「ゲルード様……」
「なのに、一度心の中にとげが刺さったようになったら、ダメだったのだ。 素直になる機会を失ってしまった」
ルディがゆっくりとドーテさんへ向き直りました。
「やり直せるだろうか、ドーテとこうして話せたように、輝……ブランとも話せるようになるだろうか」
「なります、きっと」
ドーテさんがルディをしっかり見つめ返します。
「私に、毎日ここへ来るように率先して勧めてくださったのは輝竜様なのです」
「えっ」
「今は、そうするべき時だ、と」
「ブランが……」
「それから、輝竜様がおっしゃってましたよ『馬鹿な子ほど可愛い』って」
「なっ!」
ルディがムッとしてお耳をピンとさせるとドーテさんがおかしそうに笑いました。
「ふふふ、今のゲルード様は確かに可愛いです!」
その言葉に、ルディのお耳がへにゃりとなります。
「ふふふっ」
ドーテさんの笑いが止まりません。
本当は、今までとても不安だったのです。ホッとした途端にドーテさんは何だかとてもおかしくなってしまって、どうにも笑いが止められなくなってしまいました。
「……はは、あはははっ」
ドーテさんの笑い声につられて、ルディも笑いだしました。
「ふふふふふっ」
「はははははっ」
いつしか子どものように笑いあっていました。あとからあと笑いがこみあげてきて、止まりません。ひとしきり笑いあった後で、ドーテさんがルディの瞳をのぞき込みながら言いました。
「さっき、ゲルード様、魔術が失敗したっておっしゃってましたが、私は失敗じゃなかったと思うんです」
「ドーテ?」
「こんな風に、モフモフのノラウサギになったゲルード様だから、色々なことを自然と話せたのかも」
「そう……なのか」
「もし、ゲルード様がノラウサギにならなかったら、こんな風に笑いあうことも無かったかもしれません」
「……そうかもしれんな」
「これ、成功です、ゲルード様」
「そ、そうだろうか」
「そうですよ、大成功ですよ!ゲルード様」
ドーテさんが微笑むと、ルディが嬉しそうにお耳をピンとさせました。
「ふむ、何だか体がぽわぽわする!踊るぞ!ドーテ、見ていてくれ、私のノラウサギダンスを!」
「え、でも、ゲルード様、ノラウサギダンスなんて」
「大丈夫、大丈夫、見ていてくれたまえ、ハ、ハニー!」
ルディの口から飛び出した、食いしん坊さん直伝の『ハニー』発言にドーテさんがまた真っ赤になります。
「さ、さあ、踊るぞ!」
モフモフでわからなかったけれど、ルディもかなり舞い上がっていました。きっと人間の姿だったら真っ赤だったでしょう。
「さあ、華麗なるノラノラ、ジャーンプ!」
そう言って大きく飛び上がったルディは、勢い余ってそのまま湖にどっぼーんと落ちました。
「ゲルード様!」
モーデさんが慌てて湖の中をのぞきこみますが、たくさんの泡が見えるだけでルディがどこにいるのかわかりません。
木の陰で見守っていた黒ドラちゃんたちも、あわてて飛び出してきました。
「ドーテさん、ゲルードは!?」
「わ、わからないのです、泡がすごくて」
「確かノラウサギは泳げないよ!いつもドンちゃんはお水には入らないって言ってたもん!」
「ぶぶいん!」
「わかった、あたし、潜ってくる!」
黒ドラちゃんがまさに湖に飛び込もうとした、その時です。
「ぶっ、ぷっはーーーーーっ!」
湖の中から、ゲルードが現れました。自力で草の上に這い上がると、激しく咳き込んでいます。
「ゲ、ゲルード様」
ドーテさんがあわてて濡れた背中をさすってあげると、何度か咳き込み水を吐き出した後、ようやくゲルードは落ち着きました。その場に仰向けにひっくり返ります。
「はあ、はあ、はあっ心配かけてしまって、済まない、ハニー」
青ざめていたドーテさんが、再び耳まで真っ赤になります。
「ゲルード様、魔法が解けても、そうおっしゃってくださるのですね」
「?」
ドーテさんの言葉に、ゲルードが不思議そうに自分の体に目をやりました。長い手足、濡れて広がる金色の長い髪、手にはしっかり白い魔石のついた杖を握っています。
「おっ、わっ、これは!戻った!戻った!ドーテ、戻ったぞ!戻った!」
ゲルードは体を起こすと、自分を心配そうに見つめているドーテさんをギュッと抱きしめました。
「!」
「すまなかった、心配をかけた、ドーテ」
「ゲルード様」
ドーテさんの両手が、おずおずとゲルードの背中に回されます。二人はそのまましばらくぎゅっと抱き合っていました。
「ぶっぶいーん!」
モッチが虹色のはちみつ玉をゲルードの目の前に出してきました。
「ぶぶいん♪」
「大切にしまっておいた一個だって」
黒ドラちゃんがそう言うと、夢中で抱き合っていた二人がパッと離れました。
「あ、ありがとう、モッチ殿。先ほどはもうしわけありませんでした」
「ぶいん!」
まあ、許してあげるよ、とモッチが答えます。
「元に戻った私には必要がなくなりましたが、虹色のはちみつ玉は城へ持ち帰ってもよろしいでしょうか?」
ゲルードが遠慮がちに聞いてきました。
「ぶいん?」
「おそらく、私の部下たちが大変な思いをしながら式典の準備をしていると思うのです」
「そういえば、食いしん坊さんが言ってた、北の塔の人たち、目の下にクマがいるって。すごいよね?ねえ、兵士さんたちが準備しているのって、顔にクマさんが出ちゃう魔法薬なの?」
「い、いや、本当に彼らにも申し訳ないことをした。すぐに戻って助けてやらなければ!」
「ぶいん?」
「ええ、この虹色のはちみつ玉があれば、きっと魔法薬の準備が格段に進むはずですぞ」
「ぶいん!」
モッチが得意そうに羽を鳴らしました。
「王子や……ブランにも謝らなければ」
「えっ!?」
「ぶぶ?」
黒どらちゃんとモッチが顔を見合わせます。
「今、ブランて呼んだ?」
「ぶいん!」
黒ドラちゃんたちはゲルードの顔をのぞきこもうとしましたが、さっと金色の髪のカーテンに隠されてしまいました。
「急いで城へ戻ります!」
「ゲルード様、私も」
ドーテさんがゲルードと一緒に立ち上がりました。
「……うん。行こう、ドーテ」
ゲルードが優しく手を差し出すと、ドーテさんがちょっとはにかんでから、きゅっと握りしめました。二人で森の外へと歩き出します。
すこし歩いてから、ドーテさんが振り返りました。
「古竜様、モッチさん、ありがとう」
ドーテさんがみんなへお礼を言うと、ゲルードも振り返りました。
「そうだった、私としたことが、すっかり城のことで頭がいっぱいになってしまっていた。申し訳ございません、古の森の皆様には、改めてお詫びとお礼に伺います。城の方が落ち付いたら、必ず伺います」
そう言って向き直ると、ゲルードは深々とお辞儀をしました。そして、再びドーテさんの手を取ると、森の出口へと歩いていきました。
*****
バルデーシュの王都の一角、大きなお屋敷の日当たりのよい広い庭で、子どもたちが楽しそうに走り回っていました。
「んもちゃ~!、ゲルゲルー!」
「ドラドラ~♪」
いえ、この声は子どもではなくて、仔ノラウサギですね。芝生の上を、グートとマシルが走りまわっています。ドンちゃんと食いしん坊さんは、大きな布を広げた上で寄り添いながら、二匹を優しく見守っています。
すぐそばにはテーブルがセッティングされ、スズロ王子夫妻、ゲルード、ドーテさん、黒ドラちゃんとブランが顔をそろえていました。もちろんモッチも一緒です。
「まあ、じゃあ、ゲルードがウサギ鍋になってしまったのは、自分で放り込んだ魔石を拾おうとしたからなの?」
カモミラ王太子妃が驚いたように問いかけると、ゲルードがちょっと気まずそうにうなずきました。
「放り込んだというか、あの時は混乱していて、あの魔石を魔術薬に入れれば何とかなるのでは?とか変な思い付きに従ってしまったのです」
「でも、どうにもならなかったわけだ」
スズロ王子の言葉に、ゲルードがうなずきました。
「魔石を入れても何の反応もなかったものですから、あわてて取り出そうとしたところ、頭からすっぽりと鍋にはまってしまいまして」
「ぷぷぷっ、見たかったゲルード鍋!」
「ぶぶいん!」
黒ドラちゃんとモッチが笑うと、ゲルードが顔をしかめました。
「いや、笑い事ではありませんでしたぞ。薬の中に顔は突っ込むは、苦いし、においはきついし、散々でした」
ゲルードがうんざりした感じで話すと、カモミラ王太子妃がくすっと笑いました。
「でも、それこそ『良い薬』だったのではなくて?」
「カモミラ様?」
ドーテさんが不思議そうにカモミラ王太子妃のことを見つめます。
「頑固で、へそまがりで、そのくせ奥手で愛もささやけない魔術師を素直にさせるための、ね」
カモミラ王太子妃がいたずらっぽく言うと、スズロ王子がぷっと吹き出しました。途端にゲルードとドーテさんが顔を見合わせて真っ赤になります。
「良かったよ。本当に」
それまで黙っていたブランがつぶやくと、その場が静かになりました。ゲルードがブランを見つめます。黒ドラちゃんはまたケンカが始まるんじゃないかとドキドキしましたが、ゲルードは静かにブランに頭を下げました。
「ご心配をおかけしました。それと、……ありがとうございます」
「えっ!?」
「ぶぶいん!?」
ゲルードがブランにお詫びとお礼を『普通』に言っています。黒ドラちゃんとモッチはびっくりしてしまいました。モッチがゲルードの周りを飛び回ります。
「ぶぶい、ぶぶいん?ぶぶいん?」
魔法薬のおかしな影響が残っているんじゃないかと心配しています。
「いや、モッチ殿、落ち着いてください」
ゲルードが苦笑いを浮かべました。
「はあ……長い反抗期だったな」
ブランのしみじみとしたつぶやきに、スズロ王子がまたぷっと吹き出しました。
「ご、ご迷惑をおかけしました、ブ、ブラン」
つっかえつっかえのゲルードの謝罪でしたが、ブランはとても嬉しそうに目を細めて聞いていました。
そんな二人の様子を見て、黒ドラちゃんも何だか嬉しくなってきます。
「良かったね、ゲルード!ブラン!」
「ありがとう、黒ちゃん」
黒ドラちゃんはとっても嬉しくなってきました。
「良かったね、ドーテさん!」
「ありがとうございます」
ドーテさんが頬を染めながら答えてくれます。
「そうだ!ねえドーテさん、ふわふわになった?」
「え?」
黒ドラちゃんの突然の質問に、ドーテさんの目が丸くなりました。
「ふわふわしてるでしょ?だってドーテさんとってもうれしそうだもん!」
「ぶぶいん!」
モッチもそうだねって言ってます。
「え、その、そうでした……そんなお話したんでしたっけ」
ドーテさんがうつむいて、赤くなった頬を押さえました。カモミラ王太子妃は、そんなドーテさんの様子を微笑みながら見守っています。
「ドーテ?」
ゲルードが不思議そうにドーテさんを見つめました。アメジストの瞳が優しく輝いて、青い瞳を迎えます。
「ええ。わたし、とても……とてもふわふわです! ゲルード様」
そう言って、ふんわりと花がほころぶように、ドーテさんが微笑みました。
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