第282話-真っ白ノラウサギさん

「ぶ!?、ぶぶぶぶぶ、ぶいーーーーーんっ!」

 モッチはびっくりして部屋中をグルグルと飛び回りました。


「ぶぶい~~~ん!」

 もう一度ゲルードを呼んでみましたが、やはり返事はありません。マントの上に出てきた白いウサギさんは、後ろ足で耳の辺りをかいています。

 モッチは白いウサギさんの近くに飛んでいきました。ひょっとしたら、このウサギさんがゲルードなのかも……モッチは呼びかけてみました。


「ぶいん?」

「……」


 返事はありません。ちらっとモッチの方を見ましたが、今度は前足で毛づくろいなんてしてます。


「ぶいん?」

 もう一度呼んでみたけど、やはり返事はありませんでした。


「ぶぶぶいん?」

 これならどうだろう?と、モッチははちみつ玉を出して見せました。一瞬、白うさぎさんのお耳がぴくっとしましたが、すぐに毛づくろいに戻ってしまいました。はちみつ玉に飛びつかないなんて、これはもう絶対にゲルードじゃありません!モッチはもうどうしたら良いのかわからなくてパニックになりました。


「ぶっぶい~~~ん!」

 入ってきた窓から飛び出すと、一目散に庭園を目指します。とにかく『ウサギのことはウサギに!』モッチの頭の中は、よくわからないウサギ論でいっぱいになっていました。

 モッチが庭園に着くと、ドンちゃんが食いしん坊さんと一緒にお昼のお片づけをしているところでした。

「あ、モッチ、どこに行ってたの?ゲルードには会えた?」

「んもちゃ~♪」

「んどらどら~」

 モッチのことを大好きなマシルがぴょんぴょん呼び跳ねると、グートもあくびをしながらモッチを目で追います。

「ぶっぶぶい~~ん!」

 いつもなら二匹をあやして飛び回るところですが、モッチは今それどころではありませんでした。


「ぶぶぶっぶ、ぶぶい~~ん!」

「え?モッチどうしたの?」

「ぶぶっぶぶぶぶーっ!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて、早くてよくわからないの。ゲルードが?なに?」

「ぶぶぶぶっぶいん!」

「ゲルードが煙い?白いもふもふ?どういうこと?」


「ちょっと待ちたまえハニー、モッチ殿の焦りようからすると、ゲルード殿に何か起こったのでは?」

 そう言って、食いしん坊さんがモッチの訴えに耳を傾けてくれました。


「ぶぶ、ぶぶいん、ぶいん、ぶっぶい~~ん!」

「なんと、ゲルード殿が鍋の煙の中に消えた、と?」

「ぶいん!」

「ひょっとして、その『鍋』というのは魔法薬の精製道具の鍋のことですかな?」

「ぶんぶん!」

「それはたいへんだ!何か精製中に事故があったのかもしれませんぞ、すぐに魔術塔に向かいましょう!」


 食いしん坊さんがお耳をピンとさせると、何か魔法が働きました。すると、あちこちに散らばって作業していた魔術団の兵士さんが集まってきます。

「すぐに魔術塔に向かった方が良いですぞ!魔法薬の精製中に、ゲルード殿の身に何かあったらしい」

 食いしん坊さんの言葉を聞いて、兵士さんたちの顔色が変わりました。普段であれば、国一番の魔術師であるゲルードが事故を起こすなんて考えられません。けれど、ここ数日のゲルードは心ここにあらずといった感じで、いかにも危なっかしかったのです。

 兵士さんたちは食いしん坊さんとモッチを連れて、魔術塔に向かいました。さっきは見つけらなかった扉へ入るのも、兵士さんたちと一緒ならスムーズです。塔に入ると、モッチはらせん状の階段を上ってくるみんなを置いて、一気に五階まで飛び上がりました。部屋の前まで来たものの、扉が閉まっています。

「ぶっぶい~~~ん!」

 モッチが体当たりをしていると、兵士さんたちが追いつきました。

「モッチ殿、危険ですから下がっていてください」

 兵士さんの一人が杖を出して扉に何か書きつけます。扉は淡く輝くと、静かに開きました。


「ぶいん!」

「ゲルード様!」

「ゲルード殿!無事ですか!?」


 みんなが一斉に足を踏みいれると、そこには誰もいませんでした。いえ、『人間は誰も』と言うべきでしょうか。そこには、窓際に置かれた精製鍋の中に、頭からすっぽりはまってしまって後ろ足だけ出してバタバタと暴れている白いウサギさんしかいなかったのです。

 兵士さんたちと食いしん坊さんがあっけにとられてポカンとしていると、モッチが部屋中を高速で飛び回りました。

「ぶぶいん、ぶいん!」

「モッチ殿、煙が出たというのはあの『ウサギ鍋』でしょうか?」

「ぶぶ、ぶいん!」

「なるほど、ゲルード殿が消え、代わりにあの白ウサギが現れた、と」

「じゃあ、あのウサギのことを調べればゲルード様の行方がわかるのでは?」

「とにかく鍋から出してみましょうか?」

「触れても大丈夫でしょうか?足は普通のウサギに見えますが、顔の方は凶暴な牙が生えていたりなんて……」

「ぶぶいん」

「なるほど、ただのウサギですか。では、皆で引っ張り出してみましょう」


 食いしん坊さんが鍋を抑え、兵士さんがウサギの足を持ちます。けれど、持ち方が気に食わなかったのでしょうか、思いっきりキックされて兵士さんは思わず手を離してしまいました。

「モッチ殿、本当にただのウサギでしたか?すごい力なのですが」

 蹴られた兵士さんが腕をさすっています。

「ひょっとして、ノラウサギかもしれませんな」

 鍋を押さえていた食いしん坊さんが兵士さんに代わってもらいました。

「あー、そこの誇り高きノラウサギの紳士よ、暴れるのはやめてくれないか」

 げしげししていた足が止まりました。

「君をそこから出して差し上げたいのだが、少しの間じっとしていてもらえんかな?」

 食いしん坊さんが語り掛けると、鍋の中のウサギさんはすっかりおとなしくなりました。なかなか物わかりの良いウサギさんです。


「さて、今度はゆっくりと胴体を持ち上げてみてください」

 食いしん坊さんのアドバイスで、兵士さんがゆっくり優しくウサギさんの胴体をつかみます。あまり締め付けないようにしながらゆっくり持ち上げると、鍋の中からウサギさんが姿を現しました。


「おや、モッチさんの話では白いウサギと聞いておりましたが?」

 鍋にもぐっていたせいでしょうか、白ウサギさんのお腹から上が茶色く染まっています。

「ぶいん、ぶぶいん」

 モッチが床に落ちていたマントの上に止まりました。

「それは、ゲルード殿のマントですな。杖はどこでしょう?」

 床の上には白いマントだけで、白い魔石のついたゲルードの杖は見当たりません。白ウサギさんを抱っこしていた兵士さんが、ふと鍋の中に何か塊があるのに気づきました。

「あの、この中に白っぽいものが入っています!」

 見れば、鍋の中には、茶色の液体と白い塊がありました。

「ひょっとして……」

 別な兵士さんがつかみ棒を手にすると、白い塊を取り出します。

「これはっ!ゲルード様の杖の魔石です!」

「杖の魔石がなぜ鍋の中に?モッチ殿、ゲルード殿はこれを入れておりましたか?」

「ぶぶいん」

「入れていなかったのですな。では、この魔石はいったい誰が……」

 食いしん坊さんのつぶやきに、みんなの視線が一斉に白うさぎさんに集まります。けれど、半分茶色くなった白うさぎさんは、素知らぬ顔で濡れた顔を前足でこすっています。

「あ~ノラウサギの君、杖の魔石がこの鍋の中に入ったいきさつをご存知ないだろうか?」

 食いしん坊さんがたずねると、白いウサギさんはちらりと視線を寄こしましたが、またすぐに毛づくろいに戻ってしまいました。

「ぶぶいん、ぶん」

「なるほど、モッチ殿の問いかけにも全く答えなかったのですな?」

「ぶん、ぶぶいん!」

「なるほど、はちみつ玉にも興味を示さず、と」

 食いしん坊さんが首をかしげています。


「と、とにかく、ゲルード様が消えたということを報告しなければ!」

 そう言って兵士さんが一人、部屋を飛び出していきました。残った兵士さんたちはまだあきらめきれないようで、部屋の中をあちこち探しています。食いしん坊さんは白いウサギさんをじっと見つめました。

「う~む。この強い魔力……おそらくノラウサギだと思うのですが、なぜしゃべらないのでしょうな。ノラウサギであれば話が出来ない等ということはないはずですが」

 食いしん坊さんが『ノラウサギ』と口にするたびに、白いウサギさんが嬉しそうにおひげを揺らしぴくッと耳を動かします。けれど、あわただしく辺りを探し回る兵士さんたちも、顔を突き合わせて首をひねる食いしん坊さんとモッチも、誰もそのことには気づいていませんでした。


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