第281話-ぼんやりゲルード


 ブランが北の塔でゲルードと話をしてから数日が経ちました。まだドーテさんはゲルードとお話が出来ていません。

 少し先になりますが、エステン国との技術協力の成果を祝う式典がバルデーシュのお城で行われる予定なのです。王太子妃の侍女であるドーテさんはもちろんのこと、お城中の人々が式典の開催準備のため忙しく動き回っていました。ゲルードの率いる鎧の兵士さんたちこと魔術兵士団も警護の準備に余念がありません。それに加えて、ゲルード本人には式典で大きな絵を空に浮かべる魔術を披露する予定がありました。大きな空間で術を使うための強力な拡散剤を作る作業にも時間が必要で、夜になると遅くまで北の塔での作業に追われていたのです。




「んまま~」

「どらどら~?」

「マーシー、グーちゃん、もうすぐパパに会えるからね」

 このところ毎日のように、ドンちゃんは双子を連れてお城へお弁当を届けに来ていました。式典のため忙しいのは食いしん坊さんも同じでした。家を出るのはマシルとグートが起きる前、家に戻るのは二匹がすっかり眠ってしまってから。そんな日が続いて食いしん坊さんがしおれているのを見かねて、カモミラ王太子妃がお弁当作戦を提案してくれたのです。


「食いしん坊さん!」

「おおっ!マイハニー&エンジェルたち!今日も来てくれたのだね、ありがとう」

「んぱぱ~!」

「どらどら~!」

「ははっ、グーちゃんはなんでもどらどらだねぇ。早くマーシーと一緒にパパって呼んでくれると嬉しいな」

 ノラウサギ家族がモフモフと幸せそうに寄り添って微笑む姿に、お城の中を忙しく行きかう人たちが思わず足を止めます。


 その中に、薬草籠を抱えたゲルードの白いマント姿がありました。ものすごく忙しいはずなのに、籠を抱えたままぼんやりと食いしん坊さん一家を眺めています。


「ぶいん♪」

「わっ!」

 突然目の前に飛び出したモッチに、ゲルードは大きくのけぞって籠をひっくり返してしまいました。


「ぶぶいん」

「い、いや、これは私がぼんやりしていたせいです。モッチ殿のせいではありません」

 そう言って落とした薬草を拾い集めながらも、ゲルードはまだ食いしん坊さんたちの方をちらちらと見ています。家族は庭園に大きな布を広げて、その上でくつろいでいました。食いしん坊さんがドンちゃんに大きなサンドイッチを手渡されて頬張りました。

 おそらく美味しいと褒めたのでしょう、ドンちゃんが嬉しそうに微笑んで、その周りを二匹の仔ノラウサギが跳ね回っています。


「ぶぶいん?」

「あ、いや、何でもありませんぞ。そういえばモッチ殿は今日はどうして城に?」

「ぶぶ、ぶいん」

「ああ、グィン・シーヴォ殿のご家族と一緒に来られたのですな。それにしても毎日大変なのではないだろうか」

「ぶん、ぶぶぶい~ん!」

「一緒に居られて幸せ、ですか。そうですな、あの様子ならばそうなのでしょう」

 薬草は拾い集めたのに、まだゲルードは立ち去ろうとはしませんでした。

「ぶぶいん?」

「え、うらやましいのかって?い、いや、わたくしはっ……」


 ちょっと言葉を切ってから、ゲルードがぽつりと言いました。


「そう、そうなのかもしれません」

 そういうと食いしん坊さんたちから目を背けるように、籠をギュッと抱きしめて足早に立ち去りました。


「ぶいん?」

 モッチはちょっと首をかしげていましたが、ゲルードに声をかけた理由を思い出して、後を追いかけることにしました。今日はゲルードに見せてあげようと思って、虹色のはちみつ玉を持ってきていたのです。普段は澄ました顔のゲルードも、これを見ればきっとびっくりするに違いないと思うと、わくわくしました。内緒でこっそりついて行って、さらにびっくりさせよう!とモッチはご機嫌で飛び始めました。



 後ろから見ていると、途中で何度かゲルードは魔術兵士団の人から話かけられていました。みな、何か指示を仰いでいるようで、ゲルードが答えるとうなずいて戻っていきます。

 そのうちの一人がモッチに気づきました。

「モッチさん、お城にいらしていたのですか?」

「ぶいん!」

「ああ、グィン・シーヴォのご一家と。で、今は何をされているので?」

「ぶぶ、ぶいん!」

 モッチがゲルードを示すと、その兵士さんがうなずきました。

「ははあ、確かにちょっと観察する必要があるかもですよね」

「ぶいん?」

「ここ数日変なんですよ。ぼーっとしたかと思うと、キリっとしたり、情緒不安定というか」

「ぶぶいん?」

「ええ、もちろんみんなで心配して聞いてみたんですが『何でもない』と。なんでもなくないですよね~?」

 どうやら、様子が変なのは今日だけではないみたいです。

「魔法薬の精製にも影響が出ているみたいで、なかなか進まないらしいのです」

「ぶいん」

「あ、もう行かなくいちゃ、では!」

「ぶいん!」


 色々話してくれた兵士さんと別れて、ゲルードの姿を探すと、ちょうど北にある塔に入っていくのが見えました。後に続こうとしましたが、モッチの目の前で扉がふっと消えてしまいます。

「ぶぶ!?」

 驚いて塔の周りをグルグル飛びましたが、入り口が見つかりません。

「ぶい~ん!」

 しばらく飛んでいるうちに、上の方に窓があることに気づきました。


「ぶい~~~~ん!」

 モッチは思い切り高く飛ぶと、窓の桟に止まりました。中をのぞきこむとゲルードがさっき運んできた薬草の下準備を終えて鍋の中に入れるところでした。

「ぶぶいん」

 モッチが窓の外から呼びましたが、ゲルードは気づきません。鍋の中をを軽くかきまぜた後、中身を見つめたままぼんやりしています。

「ぶっぶい~~~ん!」

 モッチが窓に体当たりすると、ゲルードが驚いて顔をあげました。

「モッチ殿?」

「ぶいん!」

「こんなところまでどうされたのです!?」

「ぶいん」

 モッチはゲルードに虹色のはちみつ玉を見せてあげようと思いました。けれど、焦ったゲルードが慌てて勢いよく窓を開けたせいで、モッチは虹色のはちみつ玉を放り出してしまったのです。

「ぶっ!」

 驚いたモッチが虹色はちみつ玉に飛びつこうとしましたが、ゲルードのかき混ぜていた鍋の中に吸い込まれるように落ちていきます。


「あっ!」

 驚いたゲルードがあわててはちみつ玉を取り出そうとしましたが、かき混ぜ用の棒では取り出せません。むしろ中身を混ぜることになってしまい、はちみつ玉はすっかり見えなくなってしまいました。

 すると鍋から虹色のモクモクとした煙があがり、あっという間に目の前も見えなくなります。モッチはあわてて窓の外へ飛び出しました。

「え?わ?おおっ!?」

 部屋の中からゲルードの驚いた声が聞こえましたが、すぐに静かになりました。


 しばらくすると窓から煙が出て行って、部屋の中が見えるようになってきました。


「ぶぶいん?」

 ゲルードを呼びましたが返事がありません。

 というか、姿も見えません。さっきの虹色の煙を吸って、ゲルードはどうなってしまったのでしょう。

 窓から部屋に入ると、モッチは部屋の中を飛びました。床にはゲルードが身に付けていた白いマントが落ちています。けれどゲルードの姿はどこにもありません


「ぶぶい~ん!」

 泣きたい気持ちでゲルードを呼ぶと、床に広がった白いマントがモコモコと動きました。


「ぶいん!」

 モッチは大喜びでマントに飛びつきました。



 けれど、白いマントの下から現れたのは、見覚えの無い真っ白なウサギさんだったのです。







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