第273話-実はね……

「あの、古竜様?わたくしは嫌だとは言っておりませんが……」

 ドーテさんがおずおずと口にします。


「えっ!?」

「ぶぶ!?」

 今度は黒ドラちゃんとモッチがびっくりして顔を見合わせました。


「だって、相手はあのゲルードでしょ?」

「ぶぶ、ぶぶい~~ん」

 黒ドラちゃんもモッチもドーテさんに向かって無理しないでとか、大丈夫任せてとか、一生懸命話しかけました。でも、二匹で言えば言うほどドーテさんの眉が八の字に下がっていきました。


「あ、あの、お願いだから黒ドラちゃんもモッチも、そのへんにしてあげて」

 カモミラ王太子妃が後から遠慮がちに声をかけてきました。そして、二匹をちょいちょいと手招きして、顔を寄せると小声で何かをささやきました。


「実はね……」



「ええ~~~~っ!ゲルードがドーテさんの初恋の相手!?」

「ぶ、ぶぶぶぶぶい~~~んっ!?」

 あらあら、黒ドラちゃんもモッチも今日一番の大きな声で叫んじゃいましたね。どうやら黒ドラちゃんたちを相手に、内緒話をするのはむずかしかったようです。カモミラ王太子妃はドーテさんに目線で謝ったあと、ふうっとため息をつきました。


「ねえ、黒ドラちゃん、もし良かったら奥でお話をできないかしら。ここではドーテもなかなか気持ちを話しづらいでしょうし」

 そう言いながらちらっと後ろを振り返ります。少し離れたところで、鎧の兵士さんたちが一生懸命聞こえないふりをしているのが見えました。


「あ、そっか、そうだね。じゃあ、あたしのお家のところの切り株のそばでお話しする?」

 黒ドラちゃんがたずねると、ドーテさんは遠慮がちにうなずきました。それを見てカモミラ王太子妃が鎧の兵士さんたちに軽く手を振ります。どうやら、その場で待つように、という合図のようです。


 黒ドラちゃんが先導して森を奥へと飛びました。モッチはカモミラ王太子妃とドーテさんに付き添いながら、後から飛んできてくれます。




 森の奥、黒ドラちゃんのお家の前は、小さくひらけています。そこには切り株と、人間が座れるような椅子とテーブルも置かれていました。


「さあ、どうぞどうぞ!これね、ノーランドの食いしん坊さんのおばあさまが贈ってくれた古竜様マーク入りの家具なの」

「まあ、ステキね」

 カモミラ王太子妃とドーテさんが嬉しそうに椅子に腰かけました。

 テーブルも椅子も、ノーランドでよく使われる優しい手触りの木で作られています。


「ぶいん!」

 モッチがテーブルの上に置かれた茶器をぐいぐいと二人の前に押し出します。


「そっちはクマン魔蜂さんマークの茶器なんだよ。それも食いしん坊さんのおばあさまが贈ってくれたの!」

「まあ、モッチが描かれているのね、可愛いらしいわ」

「ぶいん♪」

 モッチが、はちみつ入れに描かれたマークと同じポーズを取って見せます。


「それじゃあ、せっかくだからお茶を頂きましょうよ、ドーテ」

「はい……」

「そんな顔しないで。ドーテの花嫁姿、きっと綺麗よ、楽しみだわ。ねえ、そう思うでしょ、黒ドラちゃん?」

 急に話を振られた黒ドラちゃんがあわててうなずきます。

「うんうん、すっごく楽しみ!きっとすごく素敵だよ、ドーテさん。ゲルードもああ見えて見た目だけは素敵だから、きっとお似合いの…」

「ぶいん!」

 モッチがさっと飛び上がって黒ドラちゃんの言葉をさえぎります。

「あ、」

 黒ドラちゃんがお口を押えてドーテさんの表情を伺うと、「大丈夫ですよ」と言いながら笑ってくれました。モッチがドーテさんの顔の前に飛んでいくと、その場でクルクルしながら羽音を立てます。

「ぶぶいん。ぶいん?」

「えっと、何かしら?」

 ドーテさんが首をかしげているので、黒ドラちゃんが通訳してあげることにしました。


「あのね『ドーテさんは初恋のゲルードと結婚できるのに、どうしてあまり嬉しそうじゃないの?』って」

 ドーテさんがハッとしたように目を見開きます。

 それから、ちょっとうつむきかけて、思い直したように顔を上げて何かを言いかけて、またうつむきかけて、顔を上げてと何度か繰り返しました。


 そばで見守っていたカモミラ王太子妃が優しくそっと話しかけます。

「ねえ、ドーテ、誰かと一生を共にしよう、生きていこうって決めることはとても勇気がいるわよね。真剣に考えるからこそ、悩むの」


 ドーテさんが顔を上げてカモミラ王太子妃を見つめました。


「一度自分の気持ちを素直に話してみると良いわ。言葉にすると気持ちが整理されることもあるでしょ?ここなら黒ドラちゃんとモッチしかいないもの。内緒の恋のお話をするにはうってつけの場所よ、ね?」

 カモミラ王太子妃にそういわれて、黒ドラちゃんとモッチは大きくうなずきました。

 さっき鎧の兵士さんの前で叫んじゃったことは、大急ぎで頭の隅の方へお片付けしておきます。


 カモミラ王太子妃の話をじっと聞いていたドーテさんが、ふっと息を吐き出しました。

「ありがとうございます、カモミラ様」

 カモミラ王太子妃にそう言葉を返してから、黒ドラちゃんたちに向き直りました。


「あの、ご心配をおかけしてしまったかもしれませんが、わたし決してゲルード様との結婚が嫌だとは思っていないんですよ?」

「う、うん」

「ぶ、ぶいん」

 黒ドラちゃんもモッチもうなずきます。


「私とゲルード様の婚約は、生まれて間もなく決まったそうです」

「え、そんなに早く?じゃあ、ドーテさんは生まれた時にゲルードのこと好きになったの?」

 黒ドラちゃんの問いかけにドーテさんが笑いながら首を横に振りました。

「いいえ。婚約自体は両家の間で結ばれたのです。私は、少し大きくなってからそういう相手がいる、と知らされただけでした」

「じゃあ、ゲルードのことはいつ好きになったの?」

「ぶぶいん?」

 黒ドラちゃんとモッチが不思議そうにドーテさんを見つめます。


 ドーテさんがちょっと赤くなりながらも「話すと決めた以上は……話します」とつぶやくと、ゆっくりと話し始めました。


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