第274話-可愛い侍女見習い

「今は私とモーデはそっくりでしょう?見分けがつくのは家族と、カモミラ様とごく親しい数名、それに古竜様や古の森の皆様もですね」

 ドーテさんの言葉に、黒ドラちゃんたちがうなずきます。それを見たドーテさんは、微笑みながら付け加えました。

「でも、昔は違ったのです」

「昔からそっくりじゃなかったの?」

 黒ドラちゃんが不思議そうにたずねると、ドーテさんがうなずきました。


「ええ、モーデは小さいころ体が弱くて、私よりずっと小柄でした。二人で並ぶと姉妹のようだとよく言われました。なので、双子だけど二人が間違われることは、まずありませんでした」


 黒ドラちゃんもモッチもびっくりしました。だって、今は鏡に映したみたいにそっくりな二人なのに、不思議です。


「モーデは度々熱を出しては寝込みました。母も父も心配だったと思います」

 ドーテさんが昔を思い出すように話し続けます。

「正直なところ、皆の目がモーデにばかり向いているようで、寂しいなあと思うこともありました」

「ドーテさん……」

「でも、私が自由に外で走り回っている時に、ベッドで横になっていたモーデは、きっと辛かったと思います。私の寂しい気持なんかより、ずっとずっとモーデの方が……」


 黒ドラちゃんもモッチも、しんみりとしてしまいました。いつもニコニコしていて優しい笑みを浮かべているドーテさんとモーデさんの双子の姉妹に、そんな辛い時期があったんなんて、思いもしなかったのです。


「それで、カモミラ様がバルデーシュを訪問するとなった時に侍女として、まあ当時はまだ見習いでしたが、私がお供することになったんです」

「その頃はまだ、モーデさんは寝込んでたの?」

「いえ、少しは体力が付き始めていましたが、まだカモミラ様の御供として国の外へ行くほどには」

「そうなんだ」

「ええ。それで、その、カモミラ様の御供で出かけて、ゲルード様にお会いすることになったのです」

「そっか、初恋の話だったっけ!それでそれで?」

 しんみりした雰囲気から一転、目を輝かせて黒ドラちゃんとモッチがドーテさんにグイグイと迫ってきました。ドーテさんはちょっと苦笑いをしながら、でも嬉しそうに話を続けます。

「もともと、カモミラ様とスズロ王子の顔合わせのようなものだったと思うのです。でも、皆まだ子どもだったので、ただ遊び相手が増えたようで楽しくてうれしい訪問でした」

 カモミラ王太子妃も、ドーテさんの話を聞きながらうなずいています。

「そう言えば、初めて会った時ドーテったらゲルードのこと女の子だと思っていたのよね」

「やだ、カモミラ様、それはっ」

 ドーテさんが慌てたように止めましたが、黒ドラちゃんとモッチは聞き逃しませんでした。

「え、ゲルードって女の子みたいだったの?」

「ぶぶいん?」

「いえ、違います!その、あれはわたしの単なる勘違いで」

「ドーテったらなんて言ったんだったかしら?そうだわ『ねえ、あなた、どうしておズボン穿いてるの?』だったかしら」

 カモミラ王太子妃はその時のことを思い出したのか、クスクス楽しそうに笑い出しました。

「カモミラ様!」

 ドーテさんが真っ赤になってカモミラ王太子妃の口をふさぐ……わけにはいかなくて、手をわきわきさせています。


「……その通りです。わたしすっかり勘違いしてしまって」

 ドーテさんは赤い顔をして恥ずかしそうにうなずきました。


 それから、ちょとだけ懐かしそうに目を細めると、初めてゲルードに会った時のことを話してくれました。









 大きなお屋敷の日当たりのよい広い庭で、カモミラ王女がお茶をいただいていました。

 雪の多いノーランドと違って、バルデーシュは気候が温暖です。

 特に、春から夏にかけての今の時期は、とても過ごしやすい爽やかな空が広がっていました。


 このお屋敷はバルデーシュの宰相のものでした。

 亡くなられた奥方がカモミラ王女の母と姉妹だったため、王女がバルデーシュを訪れるときは、いつもこのお屋敷に滞在していたのです。


 ドーテさんは王女の遊び友達も兼ねた侍女見習いとして今回が初めての同行、見るもの聞くものすべて目新しくて、わくわくしていました。



「風に緑の香りがする。気持ちいいわね」

 カモミラ王女が目を閉じてつぶやきました。

「ええ、カモミラ様。あれ、あそこの花壇、丸くなってますね、何でしょう?」

 ドーテさんが不思議に思ってたずねると、カモミラ王女が目を開けました。


「あ、あれね、噴水があるのよ。もう少し暖かくなると、あそこに水が入るのだと思うわ」

「へ~!すごいですね、まるでノーランドの王宮前の広場のようです!」

「そうそう、そうなの。たしか、宰相様が叔母様のためにノーランドの王宮前の広場の噴水を模して造らせたってお母様からお聞きしたことがあるわ」

「へ~、そうだったのですね」

「ええ。でも、今はもう……」

 カモミラ王女の顔がちょっとだけ陰ります。

 けれど、すぐに何かを思い出したように顔をあげました。


「あのね、ドーテ、ゲルードのことなんだけど」


 カモミラ王女がドーテさんに話しかけようとした時でした。

 庭園を真っすぐに、少年がこちらに歩いてくるのが見えました。


 金色のクルクルっ毛、澄んだ青い瞳、ピンと伸ばされた背筋とすらりとした手足は子どもながらに堂々とした風格があります。

 スズロ王子に違いありません。


 周りで見守っていた大人たちが一斉にお辞儀をして迎えます。

 カモミラ王女も立ち上がり、王族に対する礼をとりました。


「ノーランドの第三王女、カモミラです」

「スズロです。ようこそ、カモミラ王女。どうぞ楽になさってください」


 スズロ王子の落ち着いた振る舞いに、カモミラ王女がほほを染めてうなずきました。

 二人でテーブルにつくと、二つの国の王子と王女の顔合わせが、和やかな雰囲気の中で始まりました。



 そばに控えていたドーテさんは、スズロ王子のことをじっくりと観察しました。

 金色のクルクルした髪は、どうやら妖精の加護があるようです。

 ただの金髪とは思えない、不思議な輝き方をしていました。

 テーブルに座りお茶をしながらも、どことなく品があり強さも感じさせます。

 ザ・王子様☆という感じだなあと子ども心に感心しました。


 ふと、その後ろに立つ子が目に入りました。

 腰まである絹のようにサラサラとした金の髪を、白いリボンで一つに束ねています。

 こちらもどうやら妖精の加護が感じられます。

 そして、美しく澄んだ青い瞳。

 ふっくらと柔らかな頬と花びらのような唇はピンク色で、雪のように白い肌のアクセントになっています。

 なんて綺麗な子だろう、とドーテさんは思いました。

 でも、そこでドーテさんは不思議なことに気づきました。

 仕立ての良いチュニックの下、まるで男の子のように、その子はズボンをはいていたのです。


 カモミラ王女とスズロ王子は楽し気に話を弾ませています。

 大人たちはテーブルから少し離れた場所で二人を見守っていました。

 なので、今はテーブルのそばにいるのは見習い侍女のドーテさんとその子だけです。


 ドーテさんはちょこちょことテーブルの周りをちょっとだけ移動すると、その子のそばまで行きました。

 近くで見るとさらに綺麗な子です。


「あ、あの」


 ドーテさんが小声で話しかけると、スズロ王子に向けられていた視線が、スッとドーテさんに向けられました。

 近寄ってきた見習い侍女を警戒しているわけではないでしょうが、ちょっと不思議そうに小首をかしげています。

 金色の長い髪が、サラッと揺れながら光りました。

 ドーテさんよりは少し年上、カモミラ王女と同じくらいに見えましたが、可愛い!とドーテさんは思ってしまいました。

 きっとこの子も侍女なんだ、ひょっとしたら自分と同じ見習い侍女かも……

 ドーテさんはその子とお友達になるべく、きっかけ代わりに疑問に思っていたことをたずねてみました。


「ねえ、あなた、どうしておズボン穿いてるの?」

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