第265話-虹が見える

 巣穴から出てみると、お空では、まだまだお日様は高いところにあります。

「きっと大丈夫、行ける行ける」

 ドンちゃんは元気に森を進んでいきます。でも、森のはずれまで来た時、ドンちゃんは自分がずいぶん疲れていることに気づきました。

「どうしよう、また今度にした方が良いのかな」

 でも、今のままでは、今夜巣穴に食いしん坊さんが帰ってきたら、またつまらないことでツンツンしてしまうかも……マグノラさんに話を聞いてもらえたら、きっと気持ちが軽くなって優しい気持ちで食いしん坊さんを迎えられるような気がします。

「もう少しだけ進んでみよう。それで無理そうだなってなったら、戻るんだ」

 ドンちゃんはポシェットのヒモをギュッと握りしめると、森のはずれから踏み出しました。

 けれど、マグノラさんの白いお花の森を目指して、ほんの少しだけ進んだところで、ドンちゃんは何だか急にクラクラしてきました。背の高い草の影に座って休んでみましたが、あまり良くなった気がしません。まだ古の森からほんの少し出ただけ、ちょっと歩けば森の中に戻れます。でも、その『ちょっと』が動けないのです。


「どうしよう……あたし、誰にも言わないで出てきちゃった」

 このまま誰にも気づかれずに、ここで倒れてしまったら、おなかの赤ちゃんだって無事では済まないでしょう。体はどんどん重くなっていきます。何だか目の前が暗くなってきました。


「ごめんなさい、食いしん坊さん。あたしもっと素直に気持ちを話せばよかった。もっと……」

 どうしてあんな意地なんて張ってしまったんだろう?不安な気持ちや不満な気持ちを、もっと直接食いしん坊さんに話していたら……マグノラさんが以前に言っていたのに。食いしん坊さんのこと『お前さんの一番の理解者なんだよ』って。


「ああ、きれい。これって天国へのおしるしなのかな?」

 何か虹色のキラキラしたものが広がるのを見たような気がした後、ドンちゃんは真っ暗な中に吸い込まれていきました。




 ――うう~ん

 なんだか天国ってずいぶんうるさいなあ。ドンちゃんは顔をしかめました。さっきから周りでガヤガヤと、すごくにぎやかなのです。


「ハニー!ハニー!」

「食いしん坊さん、落ち着いて、大丈夫だってマグノラさんが」

「しかし、あんなところで倒れていたのですぞ」

「でも、ドンちゃんは運が良かったわ、ありがとう、アラクネさん」

「いえいえ、たまたま近くを通りかかっただけです。ネタじゃなかった、ノラウサギの赤ちゃん誕生が気になりまして」

「本当に運が良かったよ、あたしも肝を冷やしたね。今度ばかりは」

「マグノラさん、ドンちゃんと赤ちゃんは大丈夫なんだよね?!」

「ぶぶいん?」

「ああ、大丈夫さ。きっと間もなく目が覚めるよ、ほら」


 ドンちゃんがゆっくりと目を開けると、そこは天国ではなく古の森でした。周りをぐるっと声の主達が取り囲んでいます。

「ハニー!!!」

 涙を浮かべた食いしん坊さんが、ギュッと抱きしめてきます。

「食いしん坊さん、く、苦しい」

「はっ、すまない、すまないハニー!」

 あわてて食いしん坊さんがパッと手を離します。

「ううん、大丈夫。あたし、どうしてここにいるの?」


 何だか倒れる前のことが良く思い出せません。みんなが揃っているのも不思議です。

「あのね、あなたは森のすぐ近くで倒れていたのよ」

 お母さんが教えてくれました。

「そこを偶然アラクネさんが通りかかったんだって。それで森の外からファン通信でモッチに教えてくれたんだよ」

「ぶぶいん!」

 黒ドラちゃんの説明に、モッチが首から下げたアズール王子の会員バッチを光らせます。

「まあ、実際はそのヒモのほうにわたくしの魔力で通信機能がつけてあるのですが」

 アラクネさんが、自分の首から下げてある会員バッチのヒモを、クイッっとひぱって見せました。


「あ、」

 ドンちゃんは思い出しました。真っ暗な中に吸い込まれる直前、虹色にきらきら光るものを見たと思ったのは、アラクネさんの糸だったようです。

「アラクネさん、ありがとう。あたしあんなところで倒れちゃうなんて思わなかった。本当に怖かった」

 ドンちゃんが震えながらお礼を言うと、食いしん坊さんもアラクネさんに深々と頭を下げました。

「ハニーを助けていただいて本当にありがとうございます」

 その姿を見て、ドンちゃんは倒れる前の気持ちを思い出しました。

「食いしん坊さん、あたし、あたし」

「いや、ハニー良いんだ。今はとにかくゆっくり休んで。後でゆっくり話そう」

「……うん。ありがとう、食いしん坊さん」

 ドンちゃんの言葉を聞いて、食いしん坊さんがハッと目を見開きました。ラブラブだった頃の、優しい響きを声に感じたからです。


 一瞬、食いしん坊さんと見つめあった後、ドンちゃんは気になることを聞いてみました。

「でも、どうしてマグノラさんまで来てくれてるの?」

 すると、黒ドラちゃんが嬉しそうに教えてくれます。

「あのね、ドンちゃん白いお花の森のほうへ向かってたんでしょ?だから、きっとマグノラさんに会いに行こうとしてたんじゃないかな?って」

「それで呼んでくれたの?」

「うん!」

 やはり黒ドラちゃんはドンちゃんの一番のお友達です。ドンちゃんの気持ちをわかってくれていたんですね。


「ありがとう、黒ドラちゃん。あたしね、あたし不安だったの。自分の気持ちがくるくる変わること、食いしん坊さんにツンツンしちゃうこと」

「ハニー……」

「それに赤ちゃんが生まれてくるのに、自分ではちっともピンとこないことも……マグノラさんに聞いて欲しかったの」

 ドンちゃんの言葉に、マグノラさんが優しく答えます。

「その話を聞くのはあたしじゃないだろう?本当はもっと聞いて欲しかった相手がいるんじゃないかい?」

「マグノラさん……」

 マグノラさんがそっとドンちゃんのお母さんのほうを見ます。さっき、巣穴の前では楽しそうに輝いていたお母さんの顔が、今は心配そうにドンちゃんを見つめています。

「お母さん、あのね。あたしね、本当はさっき」

 お母さんにこれまでの気持ちの揺れを話そうと思ったとたん、ドンちゃんの瞳から大粒の涙があふれだしました。

「あたし、みんなに迷惑かけてばかりで、まだまだ半人前で。こんな風で本当にお母さんになれるのかな?」

 いっぱいお話したいことはがあった気がするけど、ドンちゃんの口から真っ先に出てきたのは、一番の本音で弱音でした。


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