第263話-火花の散るお耳対決!?

「ハニー!大丈夫かい!!」


 あっけにとられて声も出ないドンちゃんを抱き上げて、息せき切って現れた食いしん坊さんが、ぐるっと体中を確認しています。

「く、食いしん坊さん、お城のお仕事は?」

 ようやく我に返ったドンちゃんがたずねましたが、まだ心配症な食いしん坊さんのチェックは続いています。

「両耳は何もないね、茶色の瞳も相変わらず可愛い、お鼻のしっとり具合も問題なし。両前足にぎにぎ、両後ろ足なでなで。ふうっ問題なし!」

 ずべてのチェックを終えると、食いしん坊さんはふうっと息を吐きだし、ドンちゃんをそっと下ろしてくれました。

「ねえ、食いしん坊さん、今日ってお城に行ったんだよね?」

 黒ドラちゃんがたずねると、食いしん坊さんは「ふむ。もちろんです」と言いながらうなずきました。

「じゃあ、どうして今ここにいるの?」

「ぶいん?」

 黒ドラちゃんとモッチがたずねると、食いしん坊さんがドンちゃんに向き直って聞いてきました。

「ハニー、何か悲しいことがあったんじゃないかい?」

「悲しいこと?」

 ドンちゃんは茶色のお目々を丸くしました。

「ああ。そうでなければ涙なんて流さないだろう?」


「えっ!食いしん坊さん、ドンちゃんが泣いたこと知ってるの?」

 黒ドラちゃんが驚いて聞き返すと、食いしん坊さんが呆れたようにふうーっと息を吐きだしました。

「やはり、そうなのですな。黒ドラちゃん、今朝お願いしたばかりではありませんか。くれぐれもハニーをよろしく、と」

 何だか食いしん坊さんに叱られている感じです。黒ドラちゃんはちょっとうなだれました。

「う、うん」

「ぶ、ぶいん」

 モッチも一緒にうなだれています。

「あれほどお願いしたのに、ハニーが涙を流すような事態に、なぜなったのです?」

「えっと、その、あれは」

「違うの!」

 黒ドラちゃんがおずおずと話し始めたのを、ドンちゃんの怒った声がさえぎりました。

「ハニー?」

「食いしん坊さんたら、全然わかってない!違うのに!黒ドラちゃんたちは悪くないのに!」

 さっきまでうれし涙を流していたドンちゃんは、今やすっかり怒っていました。

「でも、ハニーは泣いていたんだろう?」

 今度は食いしん坊さんがおずおずとたずねました。

「あれは嬉しくて泣いてたの!黒ドラちゃんとモッチがあたしのことを心配して優しくしてくれるから、嬉しくて、それで」

 そこまで話したところで、ドンちゃんはまた涙ぐみました。

「ハ、ハニー、ごめんよ。てっきり君に何かあったとばかり」

「あたしは大丈夫」

 ドンちゃんが涙をふきふき答えると、食いしん坊さんは黒ドラちゃんとモッチにお詫びをしてくれました。

「いや、たいへん申し訳ない。私としたことがとんだ早とちりの勘違い。まったくもって申し訳ない」


「ううん、良いよ。気にしないで……それよりさ、どうして食いしん坊さんはドンちゃんが泣いたことがわかったの?」

 黒ドラちゃんは、叱られそうだったことなんてすっかり忘れて、不思議に思ったことをたずねました。

「ぶぶい~ん?」

 モッチも同じく不思議そうに食いしん坊さんのまわりをぐるぐる回っています。

「実はハニーが心配だったもので、煙水晶のペンダントに魔法をかけておきました」

「これに!?」

 ドンちゃんがびっくりしてクローバーの形のペンダントを前足で持ち上げました。

「普段から守りの魔法はかけてあるのだけれど、今朝からはさらに強化しておいたのです」

「へえ~!」

 黒ドラちゃんが不思議そうにペンダントをのぞきこみます。けれど、灰色の煙水晶はいつもと同じで、何も変わったようには見えませんでした。でも、食いしん坊さんのかけた魔法は、きちんとドンちゃんの涙に反応して、食いしん坊さんに知らせてくれたらしいです。

「すごいねぇ、さすが食いしん坊さん!」

「ぶいんぶいん!」

「ありがとう、食いしん坊さん」

 黒ドラちゃんもモッチも感心しています。ペンダントを握りしめたドンちゃんは、嬉しそうに食いしん坊さんを見つめていました。


「あ、そう言えばさ、食いしん坊さんのお助け本に『嬉しくて泣いちゃうときの治し方』って載ってない?」

 黒ドラちゃんはさっきのお話の続きを思い出しました。

「嬉しくて泣いちゃうときの治し方……ですか?」

 食いしん坊さんが首をひねっています。

「ふ~む、そのような項目がありましたかな?」

 そう言いながら、モフっとした毛並みの中から分厚い本を取り出しました。

「え、やっぱりその本持ち歩いてるの?」

 ドンちゃんがちょっと呆れたような、驚いたような声をあげると、食いしん坊さんはモフっとした胸をはって答えました。

「もちろんだよ、ハニー。いついかなる時でもハニーの『困った』を解決できるように、この“歴代ノラウサギの叡智”は肌身離さず持ち歩き、時間の許す限り目を通しているんだよ」

 大切な宝物のように本の表紙を撫でる食いしん坊さんは気づいていませんが、ドンちゃんはなにやら不満そうにお助け本を見つめています。そんな、すれ違うノラウサギ夫婦の空気感など全く気付かず、黒ドラちゃんが明るい声でたずねました。


「じゃあさ、『嬉しくて泣いちゃうときの治し方』は?どうすれば良いの?」

「え?う、そうでしたな、『嬉しくて泣いちゃうときの治し方』でしたな。しかしそんな項目あったかな……」

 再び食いしん坊さんはお助け本を開きました。ペラペラとページをめくりますが、お目当ての解決法の記述は見つからないようです。

「その本、あんまりあてにならないのかも」

 ドンちゃんがボソッとつぶやきました。食いしん坊さんのお耳がピクリとします。

「いやいや、歴代ノラウサギの子育てに関する叡智が詰め込まれているのですから、きっと必ずどこかに答えが!」

 ちょっとムキになった声で食いしん坊さんが答えると、再びドンちゃんがつぶやきました。

「分厚くて、目を通すだけでも時間がかかるし、読んでるうちに日が暮れちゃうよ……」

 食いしん坊さんのお耳が、再びピクリッとしました。

「ハ、ハニー、これは我が家の家宝といっても言ってもいいくらいの価値ある一冊で、」

 かなりムキになって答える食いしん坊さんに、すかさずドンちゃんが言い返します。

「でも、答えられないじゃない!?食いしん坊さんたら答えが見つけられないじゃない!?」


「え、え、え、ドンちゃんどうしたの?あれ、食いしん坊さん、お耳の周りがバチバチ言ってるよ?」

「ぶぶ、ぶぶいん?ぶいん?」

 いつもはラブラブ仲良しなドンちゃん夫婦のケンカ(?)に、黒ドラちゃんもモッチもおろおろしています。どうすれば良いのかわからずに、二匹の視線はドンちゃんと食いしん坊さんの顔を行ったり来たりしていました。



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