第262話-優しい友だち


 湖の前の大きな大きな木の洞の前に行くと、黒ドラちゃんとモッチが何やら話し合っていました。


「おはよ~!黒ドラちゃん、モッチ!」

「あ、ドンちゃんおはよう!大丈夫なの?」

「ぶぶいん?」

 黒ドラちゃんとモッチが心配そうに聞いてきます。

「うん!もうすっかり大丈夫。ふらふらもしないし、気持ち悪くもないよ」

「そっかあ、良かった」

「ぶいん」

「ねえ、今日も木の実集め手伝ってくれる?」

 ドンちゃんはいつものように黒ドラちゃんたちに言いました。黒ドラちゃんがすぐに答えてくれます。

「うん!もちろん、あ、でもドンちゃんはここで待ってて」

「え?」

 いつものお返事とは違うので、ドンちゃんはびっくりしてお目目を丸くしました。

「あのね、あたしとモッチで木の実を探してくるから、ドンちゃんはここで待っててくれれば良いよ!」

「ぶっぶい~~ん!」

 黒ドラちゃんとモッチは「任せて!」というようにドンと胸をたたいて立ち上がりました。

「え、でも、あたし大丈夫だよ?一緒に行けるよ?」

 ドンちゃんがそういうと、黒ドラちゃんとモッチは真面目な顔をして首を横に振りました。

「今朝ね、食いしん坊さんが来て『ドンちゃんのことくれぐれもよろしく』って頼まれたんだよね」

「ぶん、ぶぶいん」

「くれぐれも……」

「うん。だから、しばらくの間は木の実はあたしとモッチで探すよ。ドンちゃんはここで、」

「ここで待ってるだけ?」

 ドンちゃんが寂しそうに言うと、黒ドラちゃんが困ったように辺りを見回しました。

「えっとぉ、ここで……ここで……」

「ぶ、ふぃ~ん……」

「ここで?」

 ドンちゃんが重ねてたずねると、黒ドラちゃんとモッチは「う~ん(ぶ~ん)」とうなりだしました。

「あたし、みんなと一緒のほうが良いな。高い所の実は無理に取ろうとしないし、草のぼーぼー生えてるところにも気を付けるよ?」

 ドンちゃんが目を潤ませながら言うと、黒ドラちゃんが我慢しきれないように「わかった!」と言いました。

「いつものようにみんなで行こう!」

「ぶいん!」

「ありがとう!」

「やっぱりみんなで一緒が良いよね!でも、疲れたり気持ち悪くなったりしたら、すぐに言ってね」

「うん!」

「食いしん坊さんが取り寄せたお助け本にね『母になるウサギの体は赤ちゃんウサギのベッドである。くれぐれも大切にせよ!』って書いてあったんだって」

「ふぅ~ん」

 ドンちゃんは、そおっとお腹を撫でます。食いしん坊さんや森のみんなには言えないけど、ここに赤ちゃんがいるなんて、本当は今でも信じられないのです。お母さんはああ言ったけれど、ひょっとしたら勘違いじゃないのかな?なんて思ったり。もう少ししたら、調子が悪くなることもなくなって、ぴょんぴょん飛んだり跳ねたりしても良くなって、やはり赤ちゃんじゃなくて食べすぎでした!なんてことにならないかな?お母さんになることは嬉しいけれど、何だか自分の体が自分のものじゃないみたい。食いしん坊さんも急に色々と口うるさくなっちゃうし、あの『お助け本』ばかり読んでるし、今朝なんて、朝ご飯に食いしん坊さんの好きなクローバーの赤いお花をトッピングしておいたのにも気づきませんでした。黒ドラちゃんやモッチも、心配して大事にしてくれるのはありがたいけれど、なんだか今までと違うんだって何度も言い聞かせられているようで、不安になってしまうのです。


「ドンちゃん?やっぱり気持ち悪くなっちゃったの?ドンちゃん、大丈夫?」

 黒ドラちゃんが心配そうに顔をのぞきこんできます。気づかないうちに、ドンちゃんは難しい顔をして黙りこんでいたようでした。

「大丈夫だよ!ごめんね、ちょっと色々考えちゃって」

「そっかあ、良かった。じゃあさ、今日は甘々の実がよく見つかる場所に行こうよ!」

「うん!」

「ぶいん!」

 いつものように黒ドラちゃんはドンちゃんを背中に、モッチを頭に乗せると飛び立ちました。

 森の中をゆっくりと進んでいきます。黒ドラちゃんは羽もゆっくり動かして、ドンちゃんに響かないように気を使ってくれているようです。

「黒ドラちゃん」

「なあに?ドンちゃん」

「ううん、何でもないの。……ありがとう」

「え、どうしたの!ドンちゃん、泣いてるの?」

「ぶいん!?」

 ドンちゃんの涙声に、黒ドラちゃんは慌てました。モッチもびっくりして黒ドラちゃんの頭からドンちゃんの方へ飛んでいき、心配そうに周りをぶんぶん飛び回っています。黒ドラちゃんは、急いで下に降りました。


「どうしたの!?、ドンちゃん、やっぱり木の実探しは無理だった?気持ち悪くなっちゃった?もっとゆっくり飛べば良かったかな?」

 ドンちゃんを背中から降ろすと、抱き上げて辺りをおろおろと見回します。昨日みたいにぐるぐる歩き回っちゃうと、またドンちゃんが余計に気持ち悪くなっちゃうかもしれません。

「ちがうの。黒ドラちゃんがゆっくり飛んでくれてるな、優しいな、って思ったら嬉しくて急に涙が出てきたの」

「え、そ、そうなの?なあんだ、あたしびっくりしちゃったぁ」

「驚かせてごめんね」

「ううん、大丈夫だよ。昨日ドンちゃんのお母さんも言ってたもんね。今のドンちゃんは普段なら何でもない事でも気になっちゃったりするって。調子が悪くなったんじゃないなら、安心だね!良かったよ」

「ぶいん、ぶぶい~~ん!」

 モッチも良かった良かったと羽音で伝えてくれます。黒ドラちゃんとモッチの優しい言葉に、ドンちゃんはまた涙があふれてきました。

「ど、ど、どうしたの?ドンちゃん」

「ごめんね、黒ドラちゃん。あたし嬉しいのにこんなに涙が出ちゃうなんて、おかしいね」

 ドンちゃんが泣きながら笑顔を見せると、黒ドラちゃんとモッチもホッとしたように笑顔を見せてくれます。


「ねえ、ドンちゃん、ちょっとここで休んでから木の実探ししようか?」

「……うん」

「それにしてもお母さんになる準備ってたいへんだね~」

「え?」

 黒ドラちゃんの言葉にドンちゃんが首をかしげます。

「だって、きっとドンちゃんが嬉しいのに涙が出ちゃったりするのも、お母さんになる準備のためなんでしょ?」

「そう、なのかな?」

 ドンちゃんにもよくわかりません。

「違うのかな?あとで食いしん坊さんが帰ってきたら、あの『お助け本』を見てみれば良いんじゃない?」

「あの本を?」

「うん!だってすごい本なんでしょ?きっと『嬉しくて泣いちゃうときの治し方』も載ってるかもよ?」

「載ってるかなあ?」

「載ってないかな~?」

「ぶぶい~~ん?」

 黒ドラちゃんたちが揃って首をかしげた時です。


 ――ニー……


「今、なんか声がしなかった?」


 ――ハニー


「あれ!あの声は……」

 それは、お城にいるはずの食いしん坊さんの声でした。






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