第261話-偉大なるお助け本
「よし!これで良い!」
ようやく書き終わった食いしん坊さんが、満足そうにクルクルと紙を小さく丸めました。それから、お耳をピンとさせると、ぴょんっ!と一回跳ねました。すると、先ほど丸めた紙がふわりと浮かび上がり、そのまま槍のような勢いで、一直線に飛んでいきます。
「わっ!すごいね、食いしん坊さん、あれって魔伝?」
「ええ、グィン・シーヴォの家に伝わる、特急魔伝です」
「へぇ~!そんなすごいのあるんだ。あ、でも何を書いたの?」
「ノーランドの王宮の森にある実家へ『子育てのお助け本を送って欲しい』とお手紙を書いたのです」
「子育てのお助け本?それってなあに?」
黒ドラちゃんがコテンっと首をかしげます。お手紙を出してようやく落ち着いた食いしん坊さんは、モフッとした胸を張って黒ドラちゃんに答えます。
「ノーランドに棲むノラウサギには、一族で代々受け継がれている手書きの本があるのです。様々な妊娠・出産・子育ての困ったを解決できるヒントがたくさん載った素晴らしい本、それが心強い『お助け本』なのです!」
「へ~!そんな本があるの?すごいね!それがあればドンちゃんも食いしん坊さんも安心だね!」
まるでもうその本が手に入ったかのような余裕たっぷりの食いしん坊さんの様子に、黒ドラちゃんは感心してうなずきました。
「ええ。はははっ、もう子ウサギの一匹や二匹ドンと来ーい!ですぞっ」
ちょっと傍から見ると不安になりそうなほど自信満々ですが、子育てに縁のない黒ドラちゃんにはそんなことはわかりません。すっかり感心して、食いしん坊さんに拍手を送っています。
そこへ、食いしん坊さんを探してドンちゃんがやってきました。
「食いしん坊さん、ここにいたの?」
「ハニー!こんなところまで探しに来るなんて!大丈夫なのかい?」
すかさず食いしん坊さんの心配性が発動します。
「……だって、いきなり飛び出しちゃったのは誰?」
ドンちゃんがため息交じりに答えると、食いしん坊さんもハッと我に返りました。
「そうだ、そう言えばハニーにきちんと話していなかったね」
「うん、そうだよ。食いしん坊さんは何か急用があったの?」
「いや、別にたいしたことは無いんだ、ハニー。巣に戻ったら話すよ。さあ戻ろうか?」
飛び出した時とは別ウサギのような落ち着き払った食いしん坊さんの様子に、ドンちゃんはちょっと戸惑いました。でも、食いしん坊さんが何だかわけのわからない自信に満ちているので、とりあえずうなずいて一緒に戻ることにしました。
「それじゃ、また後でね、黒ドラちゃん!」
「うん、ドンちゃんまたね!あ、食いしん坊さん、本が届いたら見せてね!」
「本?本てお母さんのところに行った時に言ってたもののこと?」
ドンちゃんが食いしん坊さんにたずねると、余裕たっぷりな返事が返ってきます。
「ああ、お母さまは……ちょっと事情がおありでお持ちでは無かったが。大丈夫、すでにノーランドの王宮の森の家に手配済みだよ、ハニー」
「ふうん、そうなんだ」
「ああ、さあ、帰ろう。ハニーは体を休めなければ」
「うん、黒ドラちゃんまたね!」
「うん、ドンちゃんまたね!」
なんだかよくわからないけれど、とにかく食いしん坊さんが落ち着いてくれて良かった。その時ドンちゃんはそう思いました。
でも、本当に大変だったのは、その本が届いてからだったのです。
食いしん坊さんが心待ちにしていた『お助け本』は、ノーランドから特急魔伝配達便を使って、その日の夜には届けられました。食いしん坊さんは、お礼の魔伝を送るのもそこそこに、さっそくお助け本を読み始めました。
「ねえ、食いしん坊さん、それ、分厚くてすごく時間がかかりそうだし、読むのは明日にすれば?」
「いや、ハニー、これはノラウサギの『子育ての叡智』が詰め込まれた書なんだ。一刻も早く目を通したくてね」
「そう……でも、あまり根を詰めすぎて寝不足にならないでね?」
「ああ、大丈夫だよ、ハニー、おやすみ」
そういって食いしん坊さんはにっこりと微笑むと、ドンちゃんにチュッとお休みのキスをしました。そしてすぐに読書に戻ります。ドンちゃんはそっと目を閉じて眠りにつきましたが、食いしん坊さんはずいぶん遅くまで本を読んでいたようです。
ドンちゃんが朝起きた時、いつもなら起きているはずの食いしん坊さんは、本に顔を伏せたまま眠っていました。そして、ドンちゃんが朝起きてご飯の準備をして、お外でオイッチニと飛び跳ねたところで、食いしん坊さんが巣穴から飛び出してきた、というわけです。
*****
「食いしん坊さん、そろそろお城に行かないとだよね?」
「はっ、そうだったね」
本をちらちら見ながら気もそぞろの朝ごはんを食べていた食いしん坊さんが、慌てて出かける準備をし始めました。
「ハニー、黒ドラちゃんたちにもよく頼んでおくけれど、くれぐれも無理は禁物だよ」
「うん、大丈夫!」
「木の上の高いところにある木の実は、黒ドラちゃんに採ってもらうんだよ?」
「うん」
「草がボーボーに生えているところを歩くときは、足元に気を付けて」
「うん、」
「それから、湖の水は冷たいから、うっかり入らないように気を付けて」
「うん、大丈夫。もともとお水は苦手だから」
「それから、えーと」
「食いしん坊さん、本当に大丈夫だから!もうお出かけしないと、ね?」
「そうだった!ハニーそれじゃあ行ってくるよ。出来るだけ早く帰ってくるから、くれぐれも、」
「『無理はしないこと!』」
「そ、それなら安心だ。ハニー、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい!」
ようやく食いしん坊さんを送り出すと、ドンちゃんは大きなため息をつきました。
「なんだか朝から疲れちゃったな。……ううん、ダメダメ、あたしお母さんになるんだもん!がんばらなくちゃ」
いったん座り込みそうになったドンちゃんは、再び立ち上げると朝ご飯の後片付けを始めました。
「昨日はお休みしちゃったから、今日は出来るだけたくさん木の実を集めようっと!」
まずは黒ドラちゃんのところに行って、一緒に森の中を探してもらおう。ドンちゃんは、茶色の目をキラキラさせながら今日の予定を次々に思い浮かべていきます。自分がいつも以上に張り切ってしまっていることに気づかないまま、ドンちゃんは忙しく動き出しました。
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