第260話-お父さんは心配症?
翌朝、朝ごはんの準備を終えたドンちゃんは、巣穴の前で大きく伸びをしていました。今日もお天気です。オイッチニ!と軽くジャンプします。
とたんにものすごい勢いで巣穴から食いしん坊さんが飛び出してきました。
「ハニーッ!大丈夫かい!?跳んだりしてお腹の子に響かないかい!?」
ドンちゃんはため息をつきました。もう昨日から何回こういう会話を繰り返したでしょう……
「大丈夫、軽くジャンプしただけだもん」
ドンちゃんの答えを聞いても、食いしん坊さんはまだ心配なのか、周りをおろおろと歩き回っています。本当ならドンちゃんを抱き上げて巣穴に入ってしまいたいのでしょうが、なんとか我慢しているようです。ドンちゃんは小さくため息をつくと、食いしん坊さんを安心させるために巣穴の中へと戻っていきました。
巣穴の中、テーブルの白いお皿の上には青々としたクローバー、ガラスのコップの中では汲みたての湖の水がひんやり冷たそうです。
ドンちゃんは食いしん坊さんと向き合って座りました。向かい側では、爽やかな朝の食卓にはちょっと不似合いな感じの古くて分厚い本を、食いしん坊さんが熱心に読んでいます。
「ねえ、食いしん坊さん、それはまた後で読めば?」
「あ、ああ、そうだね、ハニー、いただきます!」
「はい、いただきます♪」
いったん本はテーブルの上に置いたものの、まだ食いしん坊んさんはちらちらと視線を送っています。せっかく用意した新鮮な朝ごはんの味も、これではわからないでしょう。ドンちゃんもちらっとその本を見ると、再び小さくため息をつきました。
*****
昨日はあれから、黒ドラちゃんがブランを呼び出して、話を聞いたブランがゲルードや食いしん坊さんにドンちゃんのことを伝えてくれました。食いしん坊さんはたいへんな喜びようで、それを見たカモミラ王女の勧めもあって、お城から早引きして帰ってきました。古の森に帰ってきたとたん、食いしん坊さんはそれはもういつも以上にドンちゃんのことを気遣って心配して落ち着かなくて、むしろドンちゃんの方が心配してしまうほどでした。
とうとう、食いしん坊さんにお願いされて、ドンちゃんは昼間だというのに巣穴に戻ってじっとしていることになってしまったのです。お母さんも「そんなに神経質にならなくて大丈夫よ?」と何度も声をかけてくれたのですが、食いしん坊さんの心配性を止めることは出来ませんでした。
それに、食いしん坊さんが心配性になってしまうのには、ちゃんと理由があるんです。一時、極端に数が減ってしまったこともあり、ノラウサギは赤ちゃんをそれはそれは大切にします。おまけに、ノラウサギとプチノラウサギの赤ちゃんというのは、ここしばらく生まれていません。お腹の赤ちゃんのことや、ドンちゃんの体調、赤ちゃんが産まれてからのこと、初めてのことばかりで食いしん坊さんの頭の中は喜びと同じくらい不安でいっぱいになってしまったようでした。
巣穴に入った食いしん坊さんは、中をグルグルと歩き回っていましたが、突然立ち止まるとポンッ!と前足を打ち付けました。
「そうだ!子育ての書だ!あれさえ読めばもう安心!お母さま!お母さまー!!」
何やら思い出したようで、ドンちゃんのお母さんのことを呼びながら巣穴を飛び出していきます。後に残されたドンちゃんは、強引に寝かしつけられたベッドの上に起き上がり、ふぅ~っとため息をつきました。
一方、巣穴を飛び出した食いしん坊さんは、今度は夢中でお母さんの巣穴に飛び込みました。
食いしん坊さんが思い出した「子育ての書」というのは、ノーランドに棲むノラウサギに、一族で代々受け継がれている手書きの本です。赤ちゃんが出来ると、お母さんお父さんになるノラウサギは、その書を読んで子育てに備えます。代々受け継ぎ、書き足すことによって『様々な妊娠・出産・子育ての困った』を解決できるヒントがたくさん載った、心強いお助け本になっているのです。食いしん坊さんは、ドンちゃんのお母さんに、そのお助け本を借りようと思いついたのでした。
「お母さま、あのっ、ドンちゃんの家に伝わる子育てのお助け本をお借りしたいのですが!」
けれど、勢い込んでやってきた食いしん坊さんのお願いを聞いて、ドンちゃんのお母さんはへにゃりと耳を垂れさせました。
「ごめんなさいね、貸して上げられればどんなに良いか……」
実は、ドンちゃんの家に伝わっていたお助け本は、ノーランドから逃げ出した時のドタバタで、いつの間にかなくなってしまっていたのです。
「本当なら、我が家に伝わるお助け本をあの子に渡してあげたかったのだけれど、今はもうどこにあるのかわからないのよ」
ドンちゃんのお母さんがしょんぼりと食いしん坊さんに伝えます。そう言えば、花嫁の冠の時にも、こんな風にドンちゃんのお母さんをしょんぼりさせてしまう場面があったような……。あわてて食いしん坊さんは無理やり微笑みました。
「あ、いやご心配なく!王宮の森の家にも子育ての書はあるのです。ただ、せっかくなので先にドンちゃんのお家の書を読ませていただいた方が良いかと思いまして」
「そう。ごめんなさいね……」
「いえっ、お気になさらず!全く問題ありませんぞ!大丈夫です!これっぽっちも気になさらず!はははっ」
そう言いながら、お母さんににっこりと微笑むと、来た時とは別な意味で慌てながら、食いしん坊さんはお母さんの巣穴を後にしました。
巣穴を出るとすぐに、食いしん坊さんは大急ぎで黒ドラちゃんの棲む洞の前の切り株のところまでやってきました。
「あれ、食いしん坊さん、どうしたの?ドンちゃんは一緒じゃないの?」
黒ドラちゃんが食いしん坊さんに気づいて話しかけました。でも、食いしん坊さんは切り株の上に紙を広げ、何やら夢中で書き込んでいてお返事する余裕もないようです。
「どうしちゃったんだろう?
黒ドラちゃんはまだあまり字が読めないので、食いしん坊さんが書き終わるまで、切り株のまわりをうろうろしながら待っていました。
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