第259話-変わってゆくの?

「例えばね、食べても食べてもお腹が減ったり」

 お母さんがドンちゃんにたずねると、思い当たることがあるのか、ドンちゃんがうなずいています。

「そうかと思うと、それほど食べてないのに急に食べ過ぎた時みたいに気持ちが悪くなったり」

「う、うん!」

 またドンちゃんがうなずきます。

「それに、ちょっとしたことが気になって仕方なかったり。たとえば今まで大好きだったお花のにおいや草のにおいが、ね」

「うんうん!」

 これも思い当たるみたいです。

「それに、なんだか太ってきたみたいだなー?なんて、お腹の辺りが気になったり」

「……うん」

 ドンちゃんが黒ドラちゃんの腕の中で恥ずかしそうに体を丸めます。


「ドンちゃんは太ってないよ!全然変わってない、前と同じで可愛いもん!」

 あわてて黒ドラちゃんが言うと、お母さんが笑い出しました。

「ありがとう、黒ドラちゃん。でもね、ドンちゃんはこれからもっとふっくらしてくるはずよ?」

「ええー!そうなの?」

 黒ドラちゃんがびっくりすると、ドンちゃんも腕の中で自分のお顔やお腹を触っています。

「あたし……あたしどんどん太っちゃうの?」

 ドンちゃんが不安そうにたずねると、お母さんは微笑みながら答えてくれました。

「お腹の中の赤ちゃんにきちんと栄養をあげるために、たくさん食べるようになるからふっくらするのよ」

「お腹の中の赤ちゃん~~~~!?」

 驚いてみんなが一斉に声を上げました。

「ええ、ドンちゃんのお腹には赤ちゃんがいるの。だから普段は何でもない事でも調子が悪くなってしまったりするのね」

 おかあさんはアラクネさんの方に向いて話を続けます。

「決してアラクネさんのお話のせいじゃありません。今、この子の体調はすぐに変わりやすいんです」

「は、はあ、そうなのですね」

 アラクネさんがちょっとほっとしたようにうなずきました。

「今のドンちゃんは、とても敏感なの。普段なら何でもない事でも、体調を崩してしまうことがあるのよ」

 おかあさんの言葉に、ドンちゃんが考え込んでいました。

「じゃあ、あたし、色々なことに気を付けなきゃいけないのかな」

「そうねえ、確かにいつものように飛んだり跳ねたりには気を付けなきゃいけないかも」

「そっかあ」

 ドンちゃんがちょっとしょんぼりしました。毎日、食いしん坊さんのために張り切って木の実を集めていましたが、それもやめないといけないのでしょうか。


「でも、気にしすぎも良くないから、いつもより少しだけゆっくり動くとか、疲れないように休みを多くとるとか、その程度で良いのよ?」

「それで大丈夫なの?」

 ドンちゃんが嬉しそうにたずねると、お母さんがうなずいてくれました。

「お母さんになる準備はね、特別なことは何もないのよ。大事なことは、きちんと食べて良く寝て、そしてみんなと楽しい気持ちで過ごすこと」

「うん!」

 ドンちゃんの茶色の瞳がキラキラと輝きました。

「あたし、お母さんになるんだね」

 嬉しそうにつぶやきます。ドンちゃんはすっかり元気になって黒ドラちゃんの腕の中から出ると、お耳をピンとさせました。


「ドンちゃんがお母さんに……」

 黒ドラちゃんがぼんやりとつぶやきます。

「ぶぶいん、ぶいん」

 モッチも虹色リボンをいじりながら、遠~くを見て羽音を立てています。

「これは大変なネタ……じゃなかった、えっと素敵な出来事ですわね」

 糸玉をどこかにしまったアラクネさんも、何やら夢中な様子でつぶやいています。


 調子を取り戻してすっかり落ち着いたドンちゃんの様子とは逆に、黒ドラちゃんもモッチもアラクネさんも揃ってそわそわしだしました。ぼんやりしていた黒ドラちゃんが、ハッと思いついたように声を上げました。

「そうだ!食いしん坊さんにも伝えないとだよね?」

「そうね、でもそれは夜になってお城から帰って来たら、ドンちゃんから伝えれ「ふんぬ~!」

 お母さんの言葉が終わらないうちに、黒ドラちゃんが背中の鱗の魔石に力を籠め始めました。

「ブランに知らせて、それからお城の食いしん坊さんに伝えてもらおう!」

 若葉色の瞳が嬉しさにキラキラ輝いています。

「ぶぶい~~~ん!」

 モッチも虹色リボンを頭の上でクルクルと振り回して大喜びです。

「なるほど、感動の告知場面に立ち会えるのですね!」

 アラクネさんは首から下げた取材メモのようなものに、何か一生懸命書きこんでいます。

 黒ドラちゃんもモッチもアラクネさんも、ドンちゃんの赤ちゃんのことですっかり舞い上がってしまったようです。お母さんはそんなみんなの様子を見て「ふうっ」とため息をつきました。

「ええと、ドンちゃん、これからのこと色々とお話ししようと思っていたけれど、また後にしましょうか」

「……うん」

 戸惑いがちなドンちゃんのお返事は、夢中になっている黒ドラちゃんたちのお耳には入っていません。

 お母さんがドンちゃんの背中を優しく撫でます。

「みんなに喜んでもらえるのって幸せなこと。大丈夫、赤ちゃんが生まれるまでにはみんなもだんだんと落ちつくでしょう」

「うん!」


 当のドンちゃんを置き去りに、黒ドラちゃんたちの赤ちゃんフィーバーは続いています。本当にこれって落ち着くのかな……ドンちゃんはちょっぴり不安な気持ちで、そんなみんなの様子を眺めました。

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