初☆FA記念小話『ドンちゃんの素敵な1日』

 このお話は『小説家になろう』というサイトにて、初めて頂いたファンアートを載せるために書いたものです。(カクヨムにはイラスト掲載機能が無いため、近況ノートにFA画像が貼ってあります)

私が描いたイラストも含んだ、完全な状態で楽しみたい方は『小説を読もう』にてキーワード『黒ドラちゃん』にて検索をかけていただければ拙作が現れます。そちらで該当話をお楽しみください。よろしくお願いいたします。



 *****



 お月さまが淡く辺りを照らす春の夜、賑やかだった古の森も今は静けさに包まれていました。


 ドンちゃんは、暖かな巣の中で丸くなり、今日の素敵な出来事を振り返っていました。





 *****





 その朝、黒ドラちゃんの棲む大きな大きな木の洞の前で、ドンちゃんと黒ドラちゃんとモッチは「オイッチニ!」と準備体操をしていました。ドンちゃんは、毎日の日課で食いしん坊さんのための美味しい木の実集めをしています。今日は特にたくさん集めようと、思いっきり動けるようにみんな揃って体をほぐしているんです。

 どうしてそんなに張り切っているのかって?今日から1週間ほど、食いしん坊さんはお城でのお仕事がとても忙しいのです。スズロ王子とカモミラ王女の結婚で、ノーランドや周辺の国から様々な贈り物がバルデーシュに届いてきています。すべての品物をちゃんと確認して、それぞれに相応しいお礼とお返しを準備しなければなりません。そのために、食いしん坊さんをはじめモーデさんたち王女付きの人たちも、とても忙しくなっているのです。そんな忙しい食いしん坊さんのために、いつも以上に美味しい木の実を探すんだ!とドンちゃんは張り切りました。そして、黒ドラちゃんとモッチも、がんばる若奥様なドンちゃんのために、協力しようと集まったのです。


「オイッチニ、オイッチニ、っと。ドンちゃん何だか体がぽかぽかしてきたね?」

「うん、後ろ足もいい感じだし、今日は思いっきりジャンプできそうだよ!」

「ぶっぶい~~~ん!」


 張り切って羽を動かす黒ドラちゃんに、ドンちゃんもモッチも元気よく跳ねて見せました。さあ、黒ドラちゃんの背中に乗って、いよいよ美味しい木の実採りにでかけよう!となったところで、ドンちゃんを呼ぶ声が聞こえてきました。


「マイハニ~!待ってくれー!」

 あれ、これって食いしん坊さんの声です。

「ドンちゃん、食いしん坊さんて今朝早くにお城に出かけたんだよね?」

「ぶぶいん?」

「うん。でも今の声はたしかに……」

 黒ドラちゃんたちが顔を見合わせてコテンと首を傾げた時、すぐ近くの茂みがガサガサと鳴り、食いしん坊さんがモフっとした灰色の姿を現しました。

「マイハニー!ふうう、間に合った」

 食いしん坊さんはとても急いできたようで、息を切らせています。

「食いしん坊さん、どうしたの?お城でお仕事だったよね?」

 黒ドラちゃんが不思議に思ってたずねると、食いしん坊さんは「ふうう~~~っ」と息を整えてから、にっこり微笑みました。

「もちろん、お城には行きましたぞ。今、城には様々な品物が届いておりましてな、その仕分けにとても忙しい」

「うん、そうでしょ?でも今日は早く帰ってきちゃったの?」

 黒ドラちゃんの言葉を聞いて食いしん坊さんは首を横に振りました。

「いえいえ、わたくしはすぐに城に戻ります。ただ、カモミラ王女からお許しをいただき、少しだけ戻る時間をいただきました」

「何かあったの?」

 ドンちゃんが心配そうに食いしん坊さんを見つめました。

「違うよ、ハニー。安心して欲しい。悪い話じゃないんだ。とても素敵なことだよ」

 食いしん坊さんが優しくドンちゃんを見つめます。

「素敵なこと?」

 再び黒ドラちゃんたちが顔を見合わせてコテンと首を傾げました。食いしん坊さんは黒ドラちゃんに向き直ると、モフっとした毛並みの中から何か丸めた紙のようなものを取り出します。

「今回、ノーランドの使者の中に趣味で絵を描いている者がおりましてな」

「ふんふん。それってデサンさんみたいな宮廷画家さん?」

「ぶぶいん!?」

「いや、そこまでの者ではございませんが、市中で姿絵などを描いており、なかなか人気だそうです」

「すがたえ?」

「ええ。人の顔や立ち姿などを写し取り描くのです」

「へ~!すごいね!あたし、絵って大好き!見てみたいなあ!」

 黒ドラちゃんが嬉しそうに声をあげると、ドンちゃんもうんうんとうなずきました。


「ぶぶいん、ぶぶいん!」

 モッチが、見せて見せてと食いしん坊さんの持っている紙の周りをぶんぶん飛び回ります。

「え、その紙に描いてあるの?」

 黒ドラちゃんが驚くと、食いしん坊さんがちょっとだけモッチを手で制しながら得意そうに咳ばらいをしました。

「コホンッ、今ノーランドで大人気の古竜様ブロマイドですぞ!」

 そう言いながら目の前で紙をゆっくりと広げて行きます。


 その紙には、竜の姿の黒ドラちゃんが可愛らしく描かれていました。

「わあ~!これって黒ドラちゃんだね!可愛い!すごくよく描けてるよ!」

 ドンちゃんは目を輝かせて飛び跳ねました。

「ぶぶいん!ぶぶいん!」

 モッチも嬉しそうに姿絵の周りをぐるぐると飛んでいます。でも、肝心の黒ドラちゃんが黙ったままなので、食いしん坊さんは不安になりました。

「あ、あの、お気に召しませんでしたかな?」

「ちがうの。あたし、あたし、うれしくて……」

 描かれた自分の姿を見ながら、黒ドラちゃんは涙ぐんでいました。

「こんなに可愛く描いてもらえて、うれしいよおっ」

 黒ドラちゃんの若葉色の瞳が涙できらきらと光ります。と、そこで何か気づいたのか、モッチが絵のそばに寄っていきました。


「ぶいん?」

「え?」

 ドンちゃんが驚いて目を見開きます。

「ぶぶいん?」

「え、なあに?モッチ、その絵がどうかしたの?」

 黒ドラちゃんが涙をぐしぐしと拭きながらモッチにたずねると、絵のある部分に軽くポンと体をぶつけて見せました。

「ぶぶいん」

「え、それがドンちゃん!?」

「ぶいん」

「そうかなあ?ドンちゃんかなあ?」


 よく見てみると、絵の中の黒ドラちゃんは何やら茶色っぽい生き物を抱っこしています。長いお耳があって、丸いしっぽがあって、う~ん、これって……

「……あたしって、そんな感じなの?」

 さっきまでの目を輝かせていたのが嘘のように、ドンちゃんがしょんぼりした様子で絵を眺めます。

「や、その、これは、あっそうだ、まだ絵はありますぞ!」

 あわてた様子で食いしん坊さんがもう一度モフっとした毛並みの中からもう一枚丸めた紙を取り出します。

「こちらは、同じ者が描いたのですが」

 そう言って広げた紙には、何やら気取った風にすらりとした姿かたちの虫が描かれていました。透き通った羽、手にした真っ白い布、周りには春の陽気を思わせるカラフルな着色がされています。

「これ、モッチじゃない!?」

「ぶぶいん!?」

 モッチはびっくりしたのとうれしいのとで絵の周りをすごいスピードで飛び回りました。


「モッチも……可愛いね」

 ドンちゃんの暗い声が響きます。

「や、そのマイハニー、これは、そのっ」

 食いしん坊さんの焦った声を、黒ドラちゃんがさえぎりました。

「ねえ、きっとさ、その描いてくれた人はドンちゃんのこと見たことなかったんだよ」

「そう!そのとおりです!」

 食いしん坊さんが、救いの神のように黒ドラちゃんの言葉にすがります。

「ほ、ほら以前わたしたちの結婚のために、黒ドラちゃんとモッチ殿でノーランドまでノラクローバーの花を集めに行ってくださったことがあったでしょう?」

「うん!」

「あの時にノーランドでは古竜様ブームが起きまして、一緒におられたモッチ殿も同じく、姿絵やら像やらぬいぐるみやらたくさん作られたのです!」

「へ~!そうだったんだ」

「ぶぶい~ん」

 黒ドラちゃんもモッチもうなずきましたが、ドンちゃんのしょんぼりした様子は変わりません。

 食いしん坊さんがあわあわしていると、かすかに声が聞こえてきました。



 黒ちゃ~



「あれ、今なんかラウザーっぽい声がしなかった?」

 黒ドラちゃんの言葉に、みんなで首をかしげながら耳を澄ませると、再び声がしてきました。


「黒ちゃ~~~ん!」

「古竜様~~~!」


「ラウザーとリュングの声だ!」

 黒ドラちゃんはあわててみんなを背中に乗せると、森の南のほうへと飛んでいきました。







 森の南のはずれのお空に出ると、ラウザーがリュングを背中に乗せて待っていました。

「ラウザー!どうしたの?」

 黒ドラちゃんが飛んでいくと、ラウザーが嬉しそうに空中で尻尾を振り回します。

「おっ、なんだ、みんな揃ってるんだ!?ちょうど良かったよ、なあリュング?」

「ええ、古竜様、突然押しかけて申し訳ございません」

 そう言いながらリュングもとても嬉しそうです。黒ドラちゃんの背中にドンちゃんと食いしん坊さんが一緒に乗っているのを見て「やりましたね、陽竜様」なんてラウザーに言っています。


 いったいどういうことなんでしょう?


「えっと、とりあえず湖のほうへ行こうか?それともラウザーたちも食いしん坊さんみたいにすぐにお仕事に戻らなきゃいけないの?」

「え、グィン・シーヴォ様はすぐに戻らなきゃいけないんですか?」

 リュングがあせってたずねると、食いしん坊さんがドンちゃんのほうを見ながら気まずそうに答えます。

「ええ、その、戻らなきゃいけないのですが……」

「大丈夫だよ、食いしん坊さん。忙しいのにごめんね、あたしのせいで引き止めちゃって」

 ドンちゃんが無理に明るく微笑んで言いましたが、黒ドラちゃんの背中の上では、何とも言えない気まずい雰囲気が漂っています。


「なんだ?ちょっとくらい良いじゃないか?食いしん坊さんも見て行けよ!俺たちとっても良いもの持ってきたんだからさ!」

 若ノラウサギ夫婦のどんよりした雰囲気をまったく読まないラウザーが明るい声で言うと、リュングも背中でうなずきました。

「そうなんです!ぜひグィン・シーヴォご夫妻に、特にドンちゃんに見ていただきたくて急いできたんです」

「ドンちゃんに?」

 黒ドラちゃんが首をかしげると、ラウザーが待ちきれないように尻尾を大きく振り回して催促しました。

「とにかく森の中へ行こう、黒ちゃんの家の前の切り株のところらへんでお披露目だ!」

「おひろめ?」

 ますますわからなくて黒ドラちゃんが首をかしげます。

「あ、陽竜様、ダメですよ!サプライズだって言ったでしょ!」

 なにやらラウザーがリュングに叱られています。とりあえず、ラウザーたちがものすごく急いできてくれたことだけは、確かなようです。黒ドラちゃんたちは、先ほどまで集まっていた洞の前に戻ることにしました。



「さて、と俺たち今日はすごく良いもの持ってきてるんだ!」

 洞の前の切り株の周りに集まったみんなを前に、ラウザーが得意そうに言いました。

「良いもの?」

 黒ドラちゃんたちが顔を見合わせます。

「ええ、とても素敵なものですよ」

 リュングも嬉しそうにラウザーの言葉にうなずいています。


「……素敵なもの」


 ドンちゃんが暗い声で繰り返しました。今朝から『素敵なもの』がちょっと苦手になってしまったようです。


「ジャジャーーン!これ!これ!」

 ドンちゃんの暗い声に気づかず、ラウザーがリュングの背中のリュックから何か板のようなものを取り出しました。


「板?それが素敵なものなの?」

 黒ドラちゃんが首をかしげながら聞き返すと、ラウザーが得意そうに大きく尻尾を振り回します。

「ただの板だと思ったら、大間違い!これはさ、例のナゴーンのホーク伯爵がお気に入りの画家に描かせたすっごい絵なんだ!」

 ラウザーの得意そうな表情と対照的に、絵と聞いて更にドンちゃんの表情が曇りました。食いしん坊さんもハラハラしながら見守っています。リュングがラウザーから板を受け取って、切り株の上に置きます。そして、ドンちゃんの方を見ながら、ゆっくりを板をひっくり返しました。


 そこには、可愛らしい茶色のウサギが、色とりどりの花やフルーツに囲まれて、微笑んでいる様子が描かれていました。柔らかな毛並みまでが感じられるような、とてもやさしい風合いです。



「うわあっ!」

 ドンちゃんはもちろん、黒ドラちゃんもモッチも、びっくりして動きが止まりました。食いしん坊さんも言葉を失って絵に見とれています。

「え、え、これ、え、あたし?」

 ドンちゃんが震える声でリュングにたずねると、その後ろからラウザーが大きな声で答えました。

「何言ってるんだよ、決まってるだろ~!こんなに可愛いノラプチウサギがそうそう居てたまるもんか!なあ、食いしん坊さん?」


 突然ふられた食いしん坊さんはハッと我に返ると、ドンちゃんの前足をギュッと握って見つめました。

「ああ、マイハニー、これだ、これだよ、これこそハニーの可愛らしさを真に表した傑作だ!!」

 ドンちゃんは嬉しそうにはにかむと、もう一度絵を眺めます。

「あたし、こんな感じなんだ」

「まあ、実物はもっと可愛いけどね」

 さっきまでのハラハラぶりが嘘のように食いしん坊さんが自信たっぷりに言うと、ラウザーが「リア獣だ、いやリアウザギだ」とかぶつぶつつぶやいています。

「ねえ、これって何が書いてあるの?」

 黒ドラちゃんが絵の中の赤い四角を指さしてリュングにたずねると、リュングはラウザーと顔を見合わせています。

「申し訳ありません、その画家はナゴーンの者ではないそうで、その者の国の文字のようですが私たちには読めなくて」

「へ~!」

「下の四角には画家の名前が書かれているようなのですが、上はおそらく絵の紹介ではないかと……」

「画家の名前?なんて読むの?」

 黒ドラちゃんはその変な模様が文字だと聞いて、興味津々でリュングにたずねました。

「サイハーンです。かの画家はサイ派と呼ばれる絵画の代表で、数々の傑作を生みだしているそうで」

「サイ派……へえ、すごいね」

「上の四角は絵の紹介というと、あれですかな、いわゆる銘板のような感じで?」

 食いしん坊さんがたずねると、リュングがうなずきながら答えてくれました。

「ええ、おそらくは『麗しのノラプチウサギ』とか『フジュの花を持つミセス・グィン・シーヴォ』とか、そんな感じじゃないかと」

「ミセス・グィン・シーヴォ……」

 ドンちゃんが嬉しそうに繰り返します。先ほどまでの暗い雰囲気がすっかりどこかに消えたようで、食いしん坊さんはホッと息を吐きだしました。


「ぶぶいん?」

 それまで黙って眺めていたモッチが、さっき食いしん坊さんが見せてくれた自分の絵をリュングの前に広げています。

「えっと、モッチさん何でしょう?」

「ぶぶ、ぶいん?」

「あのね、モッチが自分の絵には何か文字が書いて無いのか、見てくれって」

 黒ドラちゃんが教えてあげると、リュングの後ろから絵を覗き込んだラウザーが大きな声で笑いだしました。

「え~!これモッチかあ!?美化し過ぎだろう?」

「ぶぶいん!」

 モッチがキッとラウザーをにらみます。

「モッチはさあ、まあせいぜいこんなもんじゃないか?」

 そう言いながらラウザーがその場の地面に絵を描き始めました。


「で、魔法でちょっと色を付ければ……ほい、出来上がり!」

「ぶいん?」

 覗き込んだモッチがすごい勢いでラウザーに体当たりを始めました。

 どうやらお気に召さなかったようです。


 まあるい体にちっちゃい羽、すらりとしていた先ほどの絵とは雲泥の差です。


 リュングが絵を見てつぶやきました。

「肖像画って、真実を描けば良いってものでもないんですね」

 すっかりにぎやかになったみんなの様子を見て、食いしん坊さんは安心して城へと戻っていきました。黒ドラちゃんとモッチのブロマイドはそれぞれへのプレゼントとして置いて行ってくれました。ドンちゃんにはチュッと耳にキスをして「あらためて行ってくるよ、マイハニー」とささやいてからお出かけです。モッチに体当たりされてるラウザーと、それを困ったように眺めているリュング。黒ドラちゃんはもう一度自分のブロマイドを嬉しそうに眺めています。

 ドンちゃんも、切り株の上に置かれていた肖像画を大事に大事に抱きしめました。


 *****


 お月さまが淡く辺りを照らす春の夜。昼間は賑やかだった古の森も今は静けさに包まれていました。食いしん坊さんは絵の騒動のせいで余計な時間をとってしまったので、今日はお城にお泊りになり巣穴の中はドンちゃんだけです。でも、巣の中にはあの素敵な絵が飾ってあるので、ドンちゃんはちっとも寂しくありませんでした。明日はマグノラさんの森へ、みんなで絵を見せに行く予定です。そして食いしん坊さんのために美味しい木の実もたくさん集めるんです。


「今日はとても素敵な一日だったなあ」


 もう一度絵を眺めてから、ドンちゃんはうれしそうに微笑みました。まもなく、巣穴の中から聞こえるのは、可愛らしい寝息だけになりました。


 ――本当に、今日は素敵な一日だったね、おやすみドンちゃん。




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