おまけの「ありがとう」
反抗期真っ盛りを経て、例の彼はただいま青春を謳歌中。
さて、この時期を彼はどんな風に過ごしているのやら……
*****
はあ、今日はクリスマスだ。
ええ、そうですよ、見ての通り一人ですが、何か?
本当なら、今頃彼女と二人で『メゾン・ジレジレー』のお洒落なクリスマスケーキを食べているはずだった。彼女っていうのは、大学に入ってから出来た初彼女のことだ。可愛いかって?もちろんだ。大きな目と大きな口で、笑うとひまわりみたいに周りがパッと明るくなる。素敵な子なのさ、菜花ちゃん。あ、なのかって言うんだけど、普段はなっちゃんて呼んでる、四月生まれだよ。え、聞いてないって?まあ、とにかく四月生まれのなっちゃんは、可愛いんだ。それに勉強もできる。俺が単位を落としそうになった科目も、彼女のフォローで何とか取れた。
春に出会って、なんとなく可愛いな、この子良いな、って思っていたら、向こうから告白された。大事なことなので二回言うけど、向こうから告白されたんだ。舞い上がりましたよ、そりゃ。
俺はアパート暮らしで、彼女は地元生活者。情けないけど、デートの車出しだって彼女がしてくれた。だけど、ちっとも恩着せがましくなくて「気にしないで良いんだよ。一緒にいられれば楽しいし」なんて言ってくれる。くぅ~!言ってくれるんだぜ!?
はあ…… じゃあ、なんでクリスマスに一人なんだ?ってか。信じてもらえるかはわからないけど、聞いてくれるか?まあ、たいして時間はかからないからさ、ちょっとつきあってよ。
クリスマスはどうするか?
これはカップルにおける永遠のテーマだよな。でさ、俺としては(電車で)横浜まで出かけて、夜景でも見ながらちょこっとプレゼントなんて渡して、話題のお店で食事して、と淡い計画を立てていた。でも、彼女があまり無理しなくていいよ、プレゼントとかお店の予約とか、大変でしょ?って。俺がアルバイトでぎりぎりやりくりしているのを知ってるからさ「部屋で二人でのんびり過ごそう」って言うんだ。だけど、何も無しじゃあまりにも彼女に甘えっぱなしな気がして、何か欲しいものない?ってしつこく聞いたら、
『メゾン・ジレジレー』のクリスマスケーキ食べたいな、って。
そっこー検索したね。俺は知らなかったけど、けっこう有名なケーキ屋さんで、クリスマスケーキもすごく綺麗だった。飴細工で何か賞を取ったとかで、ちょっと他のケーキ屋では見ないような複雑な飾り方がされてる。二人分なら三千円も出せば買えたけど、ちょっと奮発して大きめのを予約した。残ったら、翌日も二人でクリスマスパーティーすれば良いんだし。はは、ザ・リア充だよ、我ながら。
そんなことしていたら、ふと思い出しちゃったんだよ。去年の秋に、迷い込んだ先で出会った『非リア竜』のことを。
俺は部屋で一人、引き取ってきた『メゾン・ジレジレー』のクリスマスケーキを前に、ラウザーとのことを思い出していた。
あいつと二人で眺めた星空を――
ごめんよ、ラウザー。俺だけリア充になっちまって。あの時、こちらに戻れた時。髪についていた砂粒を集めて、俺は小さな瓶に詰めて取っておいた。ケーキを前に、久しぶりにその瓶を取り出して眺めてみる。軽く振ると、砂は瓶の中でサラサラと揺れた。
ラウザー、お前が寂しい思いをしていなければ良いなあ。誰かがそばにいて、にぎやかに過ごせてれば良いなあ。
そんなことを考えていたら、手の中の瓶が熱くなったような気がした。季節じゃないのに、藤の花の甘い匂いが漂う。そして、目の前のお洒落なケーキが一瞬ふわっと光って消えた。
大事なことなので二回言うけど、ふわっと光って消えた。
消えちゃったーーーーーーーーーっ!!
しばらくは言葉も出ないし、動けなかった。が、これはアレだ!多分、ラウザーのいる世界に行ったんだ、『メゾン・ジレジレー』のクリスマスケーキが。俺のリア充ケーキが!!返せ!俺のケーキ!あのヤロー!くっそ~~~~!
ラウザーの元に、いきなりあのケーキが現れた様子を想像して、俺は泣いたらいいのか笑ったらいいのかわからなくなった。
で、結局こう言うしかなかったんだ。
「メリークリスマス、ラウザー」
で、それから彼女に電話したよ、予約がうまく出来ていなくてケーキが買えなかったと。ごめん、本当にごめん!と謝る俺に「……ううん。良いよ、仕方ないよね、りょークンだし」というちょっと呆れたような彼女の声。りょークンだし?俺だと何だと思われているんだろう。ケーキの予約も満足にできない男?明るい彼女の、寂しそうなちょっとがっかり感が隠し切れないような声に、めちゃくちゃ胸が苦しくなったが、まさかケーキが消えたなんて言えないだろ!?彼女との気まずい会話が終了して、1時間経過。←今、ココ。
彼女と初めて迎えるはずだったクリスマス。
きっと君は来な~い……
ため息をついて、砂の瓶を片付けようとした時に部屋のチャイムが「ピンポーン」と鳴らされた。
「うち、新聞はもう取ってますから」
「もう、りょークン馬鹿なこと言ってないで、開けて!寒いんだから」
彼女のちょっとむくれたような声に夢中でカギを開ける。コンビニの袋を下げた愛しのなっちゃんが、鼻の頭を赤くして立っていた。
「ご、ごめん、俺さ……」
「入れて入れてー!」
「あ、ごめん、寒かったろ、ごめんな」
「やだ、もう謝ってないで。ジャジャーン、見てみて~!」
彼女が部屋にあがってきてテーブルの上にコンビニの袋を乗せる。そこから、こじんまりとしたコンビニのクリスマスバージョンケーキが二つ出てきた。
「今日までしかお店に出てないと思ったから、買っちゃった♪」
飲み物もあるよー!なんて、笑顔で俺に勧めてくれる。
神様って、いるんだ。
今、実感する。
俺は、彼女の買ってきてくれたコンビニケーキを受け取りながら、さっきまで罵っていたラウザーに心の中で詫びた。ごめんな、ラウザー、もう一度メリークリスマス!
その時だった、俺の耳元に「メリークスマー!」っていうおかしな声が聞こえたんだ。まるで何人かで集まってパーティーでもしているような。
「あれ、今、何か聞こえなかった?」
なっちゃんが小首をかしげてる。
「なんだろ、隣の部屋かな?」
とぼけて答えながら、俺は確信していた。あれはラウザーたちの声だ。何だよ、お前もリア竜してるんじゃんか。
「メリークスマー!ラウザー」
「なにそれ、何語?」
「異世界語!」
俺の答えになっちゃんが笑う。
ありがとう、目の前の幸せを大切にするよ。
ポケットの中の砂の瓶が、ほんのりと暖かく感じられた。
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