第252話-たくさんのありがとう☆-5

 明るい外から入ると、砦の中は一瞬真っ暗に見えました。黒ドラちゃんはびっくりして目をぱちぱちさせます。だんだんと目が慣れてきて、建物の中の様子がわかってきました。

 入り口から入って、すぐに大きな部屋があります。ここは、砦の兵士さんが出かけていく時に集合する場所だそうです。隊列を作って並ぶことが出来るように、広く作られているということでした。

 は、二、三人の兵士さんが見張りとして出入り口に立っているだけです。

 みんなは奥へ進んでいきます。先頭はリュング、その後ろにゲルードが続きます。ゲルードがみんなに砦の中のことを説明しながら歩いてくれました。

 大きな部屋からは、通路が南と東と西に伸びています。東と西に伸びる通路は、大きな窓が連なっていて、半屋外のような開放的な作りです。昔々は、この窓は分厚い木の扉で守られていたそうですが、平和な今は扉は開けたままで固定されています。通路には、砂漠の乾いた風が吹き抜けていました。


 ゲルードの説明を聞きながら、みんなはリュングの後をついて南へ延びる広い通路を進んでいきます。通路の両側には部屋がいくつかあって、奥の突き当りの一番大きな部屋が、砦の兵士さんたちの食堂兼集会場ということでした。

 その手前の小さな部屋のドアの前で、リュングが止まりました。ちらっとゲルードをの方を見て、ブランを見て、うなずくのを確認してからノックします。

「陽竜様、開けますよ、輝竜様と古竜様たちがお見えになりました」

「い、いいよー!入って入って!」

 いかにも緊張しているっぽい感じで、ラウザーから返事がありました。リュングが扉を開けてくれて、ゲルードが「竜の皆様、狭くて恐縮ですが、どうぞ」と言ってうながしてくれます。

 黒ドラちゃんたちが部屋に入ると、中はひんやりしっとりしていました。部屋の隅を細い水路が流れていて、その冷たさで冷気と湿度を保っているようです。

「ちょぞーこ、だっけ?何だかこの部屋涼しいね」

 ドンちゃんが黒ドラちゃんの腕の中で小さくぶるっと震えました。

「ぶいん」

 モッチもちょっとだけ寒いねって言ってます。黒ドラちゃんはお鼻をクンクンさせました。何だか甘くて良い匂いがしています。


 部屋の中は野菜や果物が箱に詰められてたくさん置かれていました。真ん中に小さな丸いテーブルが置かれ、その上に見たこともない綺麗な飾りのついた『何か』が置いてあります。そして、テーブルの前には、ラウザーが人間の姿で落ち着きなくしっぽをにぎにぎしながら立っていました。

「ラウザー、これ?すごく甘い匂いがするね!それにとってもキレイ!色々な果物の実も飾ってあるんだね」

 黒ドラちゃんは興味津々で『何か』のそばに寄っていくと、顔を寄せて甘い匂いをくんくんと嗅ぎました。

「おっと、黒ちゃん、ちょっと下がっていようか。まずは色々と調べてみないと」

 ブランが黒ドラちゃんとテーブルの間にさっと割って入ります。

「う、うん」

 黒ドラちゃんは、少し残念そうに後ろに下がりました。本当は、ラウザーみたいにちょっとぶつかったふりをして甘いクリームっぽいのをなめてみたいと思っていたんです。でも、ブランの真剣な表情を見たら、そんなことは出来なくなっちゃいました。

「ぶ、ぶふぃ~~~ん」

 あれ、何だかモッチの様子が変です。急にふらふらと飛んでクスマーケーキ(仮)の方へ寄っていきます。

「あ、モッチったら、あぶないよー」

 何だかドンちゃんが棒読みな感じで声をかけながら、モッチを追いかけるように手を伸ばしました、ただし、ケーキの方へ。モッチとドンちゃんがもう少しでケーキにタッチ!となりそうなところで、ブランがサッとケーキの方へ手を伸ばし小さく振りました。途端にケーキの周りに薄い氷の幕が出来上がります。氷のドーム入りになってしまったケーキを見て、モッチもドンちゃんも残念そうに動きを止めました。


「いいかい、みんな、うっかり・・・・触ったり飛び付いたり、もちろん舐めたりしないんだよ、良いね?」

 何もかもお見通しなブランが、周りをぐるりと見まわしながら念を押します。入った時よりも、一層空気がひんやりしている気がして、黒ドラちゃんはぶるっと震えました。リュングを見ると『輝竜様の前では、うっかり作戦は通じませんよ』とばかりに首を振られました。それを横目で見ていたゲルードが表情を変えずに言い放ちます。

「リュング、陽竜殿とお前がケーキに触れた上に口にすることになった経緯については、コレド支部長を通して報告書を上げておくように」

 それを聞いて、リュングの肩がビクッとしてからガクンと落ちました。ラウザーのしっぽにぎにぎもスピードが上がっています。


「それじゃあ、氷の幕は消すけど、さっき言ったことを忘れずにね」

 ブランの念押しの一言で、ドンちゃんは黒ドラちゃんの腕の中に、モッチは頭の上に戻ってきました。みんなで大人しくケーキの周りの氷の幕が消えるのを待ちます。再びブランが腕を振るうと、氷の幕はスッと消えていきました。また、あの甘い匂いがしてきます。

 黒ドラちゃんたちは、あまり前のめりになりすぎないように気を付けながら、クスマーケーキ(仮)をじっくり観察することにしました。

「やっぱり、これってマグノラさんの言ってたクスマーケーキじゃないかな?」

 黒ドラちゃんが言うと、ドンちゃんもモッチもうなずいています。

「俺にもよくわかんないけどさ、実はさ、これ、夢の中でフジュの樹のそばであいつから受け取ったんだ」

 ラウザーの言葉にみんなは目を丸くしました。

「ぶぶいん!?」

 フジュと聞いて、モッチが興奮して辺りをグルグル飛び回りました。

「あいつ?このケーキはフジュの樹を夢に見て現れたのか?」

 ブランが腑に落ちないという風に聞きましたが、ラウザーは待ちきれないように黒ドラちゃんに向かってお願いしてきました。

「とりあえずさ、黒ちゃん頼むよ!『美味しいまま!』ってやつを……その……」

 張り切ってお願いしたものの、ブランからの冷気を感じて言葉が尻つぼみになっていきます。

「そうだよね、これ、間違いなく食べ物だよね?じゃあ、あたし、やってみる!」

 ブランの冷気を横に流して、黒ドラちゃんは目を閉じました。


 ――甘い匂いのする白くて大きなケーキ。


 上には赤いお洋服を着たお人形、大きな角のついた鹿さんみたいな動物も飾られています。イチゴみたいに見える、つやつやした赤い実、それより少しだけ小さな粒粒した赤紫色の実、もっと小さくて丸い青紫色の実もついています。ケーキの上には、まるで虹がかかるように丸くリボンのようなものがクルクルと渦を巻きながらかかっています。虹のリボンの根元に、金色のベルがついた赤い布のリボンが飾ってあります。見ているだけで楽しくてうれしくなるようなケーキです。


 こんな素敵なケーキがずっとずっと眺めていられたら、きっととても幸せだろうな――

 そう黒ドラちゃんが思い描いた時に、ケーキがぽわんっと輝きました。

「やった!黒ドラちゃん、ケーキが光ったよ!」

 ドンちゃんの嬉しそうな声に、黒ドラちゃんは眼を開きました。ケーキは白いクリームに包まれ、しっとりと美味しそうに淡く輝きながらそこにありました。


 さて、クスマーケーキ(仮)を新鮮なまま保存しておくことは出来ました。次は、どうするかでみんなが意見を出し合いました。

「あのさあ、普通のケーキみたいに切ってみようか?」

 ラウザーが待ちきれないようにブランの顔色をうかがいながら聞いてきます。すでに一度味わってしまっている身としては、少しでも早く食べてみたいのでしょう。横でリュングも同じくそわそわしています。

「いやいや、まずは飾りを一つずつ慎重に外してみてはいかがでしょう?その上でそれぞれの魔術的な効果などを測定し……」

 ゲルードの意見には、ラウザーだけじゃなく黒ドラちゃんもドンちゃんもモッチも反対でした。測定なんて待っていたら、何日もお預け状態になりそうです。

「ぶぶいん!」

「モッチが『このままみんなで一口ずつかじってみよう!』って」

 そう伝えながら、ドンちゃんはどう見ても大賛成って感じで目がキラキラしています。黒ドラちゃんにも、どちらかと言えばそれが一番ステキな意見に思えました。ゲルードの眉間にしわが寄り、ラウザーがしっぽをカミカミし始め、リュングがそわそわしています。黒ドラちゃんたちも甘い匂いの前には、冷静ではいられません。だんだんとみんながケーキを囲んで前のめりになってきました。

 その時、ふとブランがつぶやきました。


「あれ、そういえば、ラキ様はどうしたんだ?ラウザー」


 途端にラウザーがしっぽをパタリと床に落としました。

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