第251話ーたくさんのありがとう☆-4

「それって、食べても大丈夫な『ケーキ』?」

 黒ドラちゃんが不安そうにたずねます。

「ああ。確か、昔々の一時期ずいぶん流行ったらしいよ」

 マグノラさんの言葉に、ブランは首をかしげます。

「わたしは聞いたことが無いですね」

「ああ、お前さんが生まれ変わるよりもずっとずっと前のことさ。あたしも目にしたことは無いんだ、話に聞いたことがあるだけだよ」

「じゃあ、ラウザーのところのケーキって、誰かが作って南の砦に運んだのかな?」

 黒ドラちゃんが首をかしげると、マグノラさんは首を横に振りました。

「いやいや、あのケーキを作れる人間が、今の時代にいるとは思えないね」

「じゃあ、いったい誰がラウザーのところに届けたんでしょう?」

 ブランが難しい顔で考え込みます。

「まさか、また陽竜殿の魔力が暴走したのでは……」

 ゲルードの声が不安そうに揺れています。南の砦のそばに棲むようになってから、ラウザーは寂しい思いなんてしていないはずです。それなのに、もし、魔力のゆらぎを起こしてしまったのだとしたら、ラウザーの監視はもっと厳しくなってしまうかもしれません。


「しかし、もしゆらぎを起こしたのなら、砦の魔術師やリュングだって気づくだろう?そんな報告は入っていないだろう?」

 ブランがたずねると、ゲルードがうなずきます。

「まさか、砦の者たちが陽竜殿をかばって……」

 ゲルードの眉間のしわが深くなりました。

「まあ、お待ちよ、魔術師の坊や。ゆらぎは大変な事象だ、それはさずがに砦の人間たちも隠すまいよ」

「そう、そうですな、確かに。ちょっと悪い想像ばかり働かせてしまいました」

 ゲルードがふうっと息を吐き出します。ラウザーのことを想うからこそ、ついつい心配性になってしまうみたいですね。


「とにかく、お前さんとブランで一緒に見に行けば、それがどんな代物かわかるだろう。どうせ黒ちびちゃんたちを行かせる時には一緒に行くんだろう?」

「はい。もちろんです、竜の皆様に何かあっては大変ですので!」

 ゲルードが力強くうなずくのを見てから、マグノラさんは黒ドラちゃんに向き直りました。

「大丈夫、そんなに心配しなさんな。その綺麗な食べ物っぽい何かって奴は、悪いモノではないと思うよ、黒チビちゃん」

 マグノラさんの明るい声に、黒ドラちゃんはホッと胸をなでおろしました。

「じゃあ、あたしたち、ラウザーのために南の砦に行っても大丈夫だよね?」

 黒ドラちゃんがブランを見上げると、ちらっとマグノラさんを見てからうなずいてくれました。


「やったーーーーーっ!」

 黒ドラちゃんがぴょんぴょん弾むと、頭の上でモッチも弾んでいます。南の砦に行けば、あの大きなフジュの樹のところにも行けるかもしれません。

「ぶぶい~~~ん!ぶぶい~~~ん!」

 モッチは特大のフジュのはちみつ玉を作る気満々なのです。

 そうとなれば、急がなければなりません。何しろ、今回の目的は『食べ物っぽい何か』を美味しく保つことなのです。南の砦は暖かいので、それが傷んでしまわないうちにお出かけしなくちゃ、という話になりました。

「それじゃあ、みんなで急いで行こう!」

「うんうん!」

「ぶいんぶいん!」

 黒ドラちゃんとドンちゃんとモッチが張り切って声を上げると、マグノラさんがにっこり笑ってしっぽを振ってくれました。

 ブランとゲルードが相談して、早く南の砦に着くために、白いお花の森のそばに魔馬車を呼ぶことにしたようです。黒ドラちゃんは、いつものようにドンちゃんスタイルに変身しました。茶色のワンピースに茶色の編み上げブーツで動きやすいかっこうです。腕にはドンちゃんを抱え、頭の上にはモッチを乗せました。

 ブランに手を添えてもらって、魔馬車に乗り込みます。ゲルードは馬で付いてきてくれることになっています。


「楽しみだね、ドンちゃん」

「うん、どんなモノなんだろうね?」

「ぶいんぶいん♪」

 わくわくしている黒ドラちゃんたちと、ちょっぴり眉間にしわの寄っているブランを乗せて、魔馬車が動き出しました。

 少しだけ走って、ガタンと揺れたと思ったら、もう魔馬車は砂漠の中を走っていました。

「わ~!マグノラさんの森からもすぐに来られるんだね、すごいね!」

 黒ドラちゃんのはしゃぐ声に、ブランが答えてくれます。

「ラウザーが南の砦のすぐ近くに棲むようになったからね。困りごとが起きた時に砦の者達が連絡を取りやすいようにしたようだよ」

「なるほど!」

 確かに、ラウザーは「マグノラ姉さん」なんて、マグノラさんのことを慕っています。ラウザーのことで何か起こった時には頼りにさせてもらおうと、南の砦の人たちも考えたのでしょう。

 魔馬車は砂漠の中を進んで、やがていつか見た頑丈そうな建物が見えてきました。ミラジさんがよじ登っていた門柱もあります。


「何だか懐かしいね」

 黒ドラちゃんがつぶやくと、ドンちゃんも「うん」としんみりうなずきました。

 体を黒く塗り作り物の不格好で大きな羽を付けて、ミラジさんがラキ様にお願いをしに来た時のことを、それぞれが思い出していました。

「それにしても、なんだか南の砦に来る時は、いつも何かしら問題が起きているって気がするよ」

 ブランがため息交じりに言いました。

「そういえば、そうかも」

 黒ドラちゃんもドンちゃんと顔を見合わせて、思わずうなずいちゃいました。黒ドラちゃんたちは、何度も南の砦には来ているのに、ゆっくり砦の中を見たこともありません。

「今回は、その美味しそうなモノを見てから、ゆっくり砦を見てみようよ!」

 ドンちゃんの声に、黒ドラちゃんがうなずくと、モッチも頭の上で「ぶいん!」と答えてくれます。今度こそ、コレドさんにきちんとご挨拶しなきゃ!と、黒ドラちゃんが背筋をピンと伸ばした時、魔馬車が砦に着きました。てっきり前回のように、ラウザーがしっぽ大車輪で飛び出してくると思ったのに、門のところにいたのはコレドさんを始めとした砦の兵士さんとリュングだけでした。

 ご挨拶しようと待ち構えていたコレドさんを制して、魔馬車を降りたブランが真っ先にたずねます。


「あいつは?」

「はっ、あの……陽竜様でしたら、砦の中でお待ちです」

「どうせ、僕に怒られるとかで、砦の中に逃げ込んだんだろう?」

 ブランがリュングにたずねると、返事の代わりに「ニャ~ン」という可愛らしい鳴き声が響きました。

「わあっ~子猫だ、可愛い!」

 リュングの足元からタマが顔を出しています。黒ドラちゃんが身を乗り出すと、恥ずかしがるように再びリュングの後ろに隠れてしまいました。

「南の砦に子猫がいたなんて、知らなかったなあ。やっぱりちゃんと見て回ったことが無いからだね」

 黒ドラちゃんの言葉に、コレドさんが首を振ります。

「いえ、この子猫はつい先日迷い込んできたばかりなのです。妙にリュングに懐いたものですから、なんとなくそのままになってしまっておりまして……」

 今も、子猫はリュングの足元に体をすりすりしながら、ひたすら甘えた声を出しています。

「ミャオ~~ン」

「可愛いね、なんていう名前なの?」

 黒ドラちゃんが屈みこんで、子猫にたずねると、リュングが代わりに答えました。

「タマです。ノーランドの昔話に出てくる、とても賢い猫の名前を付けてみました!」

「ふ~ん、タマちゃんか、よろしくね!あたし古の森の古竜の黒だよ。こっちはノラプチウサギのドンちゃん、それとクマン魔蜂のモッチだよ」

「よろしくね、タマちゃん」

「ぶいんぶいん♪」」

 みんなが話しかけると、まるで返事をするように、タマが「ニャオン!」と元気よく鳴きました。

「わあ、まるでお話がわかってるみたい、本当にお利口さんな子猫だね!」

 黒ドラちゃんたちがすっかりタマに夢中になっていると、ブランがコホンと咳ばらいをしました。

「黒ちゃん、子猫のことはまた後でにしようか。まずはラウザーに会って何だかわからないモノを見て見なくちゃね」

「あっ、そうだった!タマちゃんが可愛くてすっかり忘れちゃったよ。ラウザーはどこにいるの?」

 すると、そばで控えていたゲルードがちらりとリュングに目をやります。リュングがピンッと背筋を伸ばして、ブランと黒ドラちゃんの前にさっと進み出てきました。

「ご案内します。ラキ様が砦の一室を貯蔵庫として冷やしてくださっているのですが、陽竜様はそこでお待ちです」



 何度も訪れたことはあるけど、南の砦に入るのはこれが初めてです。王宮みたいにキラキラしているわけなじゃいけど、なんだかワクワクしながら、黒ドラちゃんたちは砦の中に入りました。

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