第253話-たくさんのありがとう☆-6
リュングがおろおろとラウザーとブランを交互に見ます。
「あ、あの、実は、今回このケーキが現れてから、すっかり陽竜様が夢中になってしまって、ラキ様のご機嫌を損ねてしまって……」
「怒っちゃってるの?」
黒ドラちゃんがたずねると、リュングがうなずきました。
「なにしろ陽竜様は、ラキ様が何を話しかけても上の空で、口をついて出るのはこのケーキのことばかり」
「ふむふむ」
「ついには『それほどその食べ物が気になるなら、それがあるうちは我には会いに来なくても良いわ!』と言って、オアシスに潜ったきり……」
「出てこないの?」
「はい」
「俺、ラキ様をないがしろにしたわけじゃなくて、見たこともないからちょっと気になって気になって、考えちゃっただけでさ」
ため息とともにそう言うと、ラウザーは再びしっぽをにぎにぎし始めました。
「あのさ、もうケーキは黒ドラちゃんの魔力で新鮮なままだから、お外に出しても大丈夫なんだよね?」
ドンちゃんが聞いてきます。
「そうだと思うよ、ドンちゃんどうするの?」
黒ドラちゃんが聞き返すと、ドンちゃんがお耳をピンッとさせて言いました。
「ケーキをオアシスまで運ぶんだよ!」
「えっ!」
ラウザーのしっぽにぎにぎが高速になりました。
「で、でも、ラキ様余計に怒らないかな?ケーキなんて持ってきたのか!?って」
ラウザーが不安そうに言うと、ドンちゃんが自信たっぷりに言います。
「あたしがラキ様にケーキを一緒に食べましょうって誘うよ!」
「う~ん」
ブランが考え込みます。
「ふーむ」
ゲルードも考え込みます。でも、結局ドンちゃんの言うとおりにすることになりました。黒ドラちゃんとラウザーとリュング、あ、あとモッチも大賛成したので、ゲルードとブランも折れるしか無かったのです。
黒ドラちゃんたちは、クスマーケーキ(仮)をオアシスまで運び出すことにしました。砦の兵士さんたちも、貯蔵庫から出てくるみんなとケーキを、興味津々で見ています。どこからかタマも現れて、リュングの後をついてきました。
外に出ると、まっすぐにオアシスに向かいました。みんなでオアシスの前に立ちましたが、ラキ様は現れません。オアシスの前の石の台座にケーキを置きます。
「ラキ様~」
ラウザーが呼びかけても水面は静かなままです。
「ラキ様!あたし、古の森のドンです!一緒に綺麗なケーキを食べませんか?」
ドンちゃんがオアシスをのぞき込んで声を開けると、水面が波立ち始めました。
「なんだよ、やっぱり聞こえてるんじゃないか」
ラウザーはぶつぶつ言いながらも、久しぶりにラキ様に会えるので嬉しそうです。
やがて、オアシスの上にラキ様が浮かび上がりました。ちょっと不機嫌そうです。
「なんじゃ、我を呼んだのはふわふわか?今日はどうしたのじゃ。我に何か用か?」
「あのね、ラウザーが夢中になっていたケーキがあるでしょ、あれをみんなで食べようってことになったの。ラキ様も食べるよね?」
ドンちゃんが可愛らしく小首をかしげてたずねると、ラキ様がちょっとだけ表情をやわらげました。
「ふむ。ふわふわが頼むのであれば、叶えてやるのもやぶさかではないぞ」
「ありがとう!ラキ様、一緒に食べようね!」
ドンちゃんがぴょんと弾んで言うと、ラキ様が今度ははっきりと微笑みました。
「はあ~、やっぱり俺の女神様可愛い♪」
ラウザーがデレデレしながらしっぽをカミカミしています。リュングがため息をつきながら、小声で「シャキッとしてくださいよ、陽竜様」とささやいていますが、ラウザーはラキ様に夢中で、何も聞こえていないようでした。
「この人数でしたら、やはりきちんと切り分けましょう」
ゲルードが、いつの間にかケーキを切り分けるナイフのようなものを取り出しています。砦の兵士さんたちが、小さなお皿も八枚用意してくれていました。
さて、いよいよゲルードがケーキにナイフを入れようとした時です。
「ちょ、ちょっと待って、やはり飾りは外すべきでは?」
ブランがゲルードの手を止めました。
「ええ~~~!?」
黒ドラちゃんもドンちゃんも、ラウザーたちもがっかりです。みんな、自分のところにどんな飾りが来るか、木の実が来るか、すごく楽しみだったのです。
「いや、でも、ゲルードの言ったように測定まではしないにしても、やはり飾りは食べ物とは思えない。特にこの人形なんて……」
ブランがそう言ってケーキの上のお人形を指さした時に、横からサッと現れた影が人形を咥えて行ってしまいました。
「あっ!」
「うそっ!」
「やだ!」
みんなが一斉に声を上げましたが、人形を加えた影は、そのままオアシスのそばの木をかけ上がります。
「タマ!」
リュングが大きな声で叱りましたが、影の主、子猫のタマはすでに木の上、お人形をペロンと舐めています。
「ど、ど、どどうしましょう!?タマに何かあったら!」
リュングが泣きそうな顔でゲルードにすがりつきます。
ゲルードがタマに手を伸ばして、何某かの魔術を使おうとしましたが、タマが人形を「ガジッ」とかじる方が先でした。
「タマ!!」
リュングが悲痛な声で叫びましたが、返ってきたのは「ニャ~ン」というのんびりした鳴き声でした。
「タマちゃん、大丈夫そうだよ?」
黒ドラちゃんの声に、リュングの全身から力が抜けていきます。みんなが見守る中、モッチがタマのところまで飛んでいきました。
「ぶぶいん?」
「にゃおーん♪」
「ぶん!」
「モッチ、タマちゃんなんだって?」
「ぶいん、ぶぶいん!」
モッチが黒ドラちゃん答えます。
「え、『このお人形すっごく甘い』って?」
「ぶいん!」
モッチがタマから人形を受け取っています。どうやら、タマが食べるには甘すぎたようで、あっさりと渡してくれました。
「白い袋の部分がかじられちゃってる……」
モッチからお人形を受け取った黒ドラちゃんが悲しそうにつぶやきました。
「で、でもさ、赤い洋服のお人形部分は無傷だよ!」
黒ドラちゃんから人形を受け取って、ラウザーが明るく言いました。可愛がっているタマの仕業に身をすくめているリュングのために、何でもないように言ったのです。
「でも、タマちゃん舐めてたよね?大丈夫なのかな?」
ドンちゃんの心配そうなつぶやきに、リュングの表情がますます曇ります。
「だ、大丈夫だよ、きっと」
そう言うと、いきなりラウザーは人形の白い袋部分を爪でガリッと削りました。そのまま、みんなが止める間もなく削り取ったものを口に入れます。
「甘い!砂糖だ、これ」
ラウザーの行動にびっくりして動きが止まっていたブランがようやく動き出しました。
「砂糖だって?こんな形をしているのに?」
そう言って、おそるおそる爪で白い袋部分を削り取り、自分も口に入れます。その様子を、黒ドラちゃんたちは固唾をのんで見守っていました。
「本当だ。この甘さは砂糖だな。かなり高価なはずだぞ。こんな細工にするなんてどうやって?」
甘さを確認しながらブランがつぶやくと、次にゲルードが人形を受け取りました。ケーキ用のナイフのようなもので、わずかに人形を削ります。そして、ブランと同じようにおそるおそる口に入れると、大きく目を見開きました。
「ふむ、輝竜殿の言う通り。砂糖ですな、間違いなく。特に怪しげな魔力も含まれてはおりません」
納得すると、ゲルードは人形をリュングに渡してくれました。リュングは、人形をそっと手の平に乗せると、ホッと息を吐き出しました。
「古竜様、ご安心ください。白い袋の部分は欠けましたが赤い服の人形は無傷です。それにゲルード様の調べでは、どうやら舐めても無害のようです」
「そうなの!?ゲルード、ありがとう!」
黒ドラちゃんが嬉しそうにお礼を言うと、ゲルードが真面目な顔のままリュングに言います。
「この程度のことで動揺しているようでは、魔術師としてもタマの飼い主としても、まだまだだぞ」
「はい……ありがとうございます、ゲルード様」
リュングが頭を下げると、足元にタマがまとわりついてきました。優しく抱きあげて、タマに言い聞かせます。
「こら、あまり無茶をしてはダメだよ。危ない食べ物だったらどうするんだい?」
「ニャオ~ン」
タマがリュングのほっぺをペロンと舐めます。
「ひょっとしたら、タマちゃんは『人形は食べられるよ』って教えてくれたのかもね」
黒ドラちゃんの言葉に、ブランとゲルードが顔を見合わせます。
「いや、そんな……」
「まさかな……」
考え込む二人に、タマが「ニャ~ン」と可愛く鳴いてみせました。
「ふむ、ひょっとすると、他の飾りも食べられるかもしれませんな」
ゲルードが虹のリボンの端っこを割って口に入れてみます。
「甘い」
「えっ、それも食べられるの?」
黒ドラちゃんがびっくりしていると、ラウザーが金色のベルを口に入れました。
「これも!あ……固い。……これは食べ物じゃなかった」
そっと口から出しています。赤いリボンがちょっとよれよれになってしまいました。
「では、とりあえず、出来るだけ飾りも崩さずにケーキを切り分けましょう」
ゲルードがそう言ってケーキにナイフを入れ始めました。みんなでワクワクしながら見守ります。ケーキはゲルードによって、正確に八等分されてお皿に取り分けられました。
黒ドラちゃんのお皿のケーキには、赤い洋服のお人形。
ドンちゃんとモッチのケーキには、赤いつやつやのイチゴみたいな木の実が。
ブランとゲルードのケーキには、大きな角の鹿と、赤紫、青紫の木の実。
ラキ様とリュングのケーキには、虹のクルクルが飾られています。
そして、ラウザーのケーキには、赤いリボンと金色のベルが乗っていました。
「えっと、なんだっけ?マグノラさんが言っていたよね?クスマーケーキって、みんなで幸せを願いながら食べるって」
黒ドラちゃんが言うと、ドンちゃんがうなずいて続けれくれました。
「そう、確かみんなで一緒に唱える言葉があるって……」
「ぶぶ~~~ん!」
ドンちゃんが思い出せないでいると、モッチが教えてくれます。
「それだ!」
黒ドラちゃんが手を叩いて、モッチの記憶力を誉め称えます。
「じゃあ、みんなで一緒に唱えよう、メリークスマー!」
「メリークスマー!」
オアシスの周りにみんなの声が響きます。それから、甘いクリームをお口いっぱいに頬張って、今朝見た夢は本物になったなあって、黒ドラちゃんは幸せな気分でケーキを味わいました。
初めての”ちゃんとした南の砦訪問“は、可愛らしい子猫と美味しいケーキで、とても楽しい思い出になりました。
ニャオ~ン♪
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