○古の森から感謝を込めて○

第248話ーたくさんのありがとう☆1

 ある朝のことです。

 いつものように洞の中で大きなあくびを一つして、黒ドラちゃんは目を覚ましました。何か、すごく楽しい夢を見ていた気がします。美味しそうなものを囲んで、森のみんなと喜んでいたような気がするのですが、もうよく覚えていません。

「まあ、良いや、湖でお顔を洗おうっと!」

 洞からでて、エメラルドグリーンに輝く湖をのぞき込みます。冷たく澄んだ水の中を、お魚さんが楽しそうに泳いでいました。

「よいしょっと」

 黒ドラちゃんは湖の中に短い前足を入れて水を汲むと、お顔をバシャバシャと洗いました。

「はい、今日もピカピカだね!」

 濡れたお顔に朝陽をうけると、すっきりと体の中からキレイになっていくような気がします。

 今日も古の森はお天気です。いつものようにドンちゃんと一緒に木の実集めでもしようかと、黒ドラちゃんが考え始めた時のことです。


 りゅうさー


「?あれ、今何か聞こえた?」

 黒ドラちゃんは耳を澄ませます。

「古竜様~」

「あ、誰かあたしのこと呼んでる!」

 こんな朝早くに森にお客さんでしょうか。黒ドラちゃんはあわてて飛び上がると、森をぐるりと見まわしました。


「古竜様~!」

 あれは、南の砦の魔術師見習いのリュングの声です。ということは、森の南の方から呼んでいるに違いありません。黒ドラちゃんが急いで森の南の外れまで飛んで行ってみると、やはりリュングが立っていました。


「リュング、おはよう!いったいどうしたの?ラウザーに乗せてきてもらったの?」

 黒ドラちゃんはキョロキョロと辺りを見回しましたが、リュングの他には小さめのお馬さん一頭だけです。

「古竜様、朝早くから申し訳ございません、実は陽竜様に頼まれまして、わたくし一人で急ぎ駆け付けました」

「ラウザーに頼まれて?」

「はい。実は砦で不思議なことが起こりまして、古竜様に力をお借りできないかと陽竜様が」

「不思議なこと?ラウザーがまた誰か呼び出しちゃったの?」


 ラウザーは以前、砂漠での孤独に耐えかねて『ゆらぎ』を起こしたことがありました。その時に、別の世界から、コーコーセーのロータという男の子を引っ張ってきてしまったことがあるのです。ロータは黒ドラちゃんの『思い描く力』で無事に元の世界に戻れました。その件があってから、ラウザーは南の砦のすぐ近くに棲めることになり、リュングがお目付け役に付いたのです。また、あの時のようなことが起こったのでしょうか。


「いえ、誰も呼び出してはおりません。呼び出すというよりは、飛び込んできたというか……」

「飛び込んで来たの?何が?」

「あの、多分ですが、食べ物なのではないかと」

「たぶん、なの?」

「はい。何しろ誰も見たことのないような飾りがたっくさんついたモノでして」

「飾りのついた食べ物?」

「はい。金色のベルや赤いリボンや、その他の飾りもとてもきれいです」

「ふ~ん」

 黒ドラちゃんは想像してみました。今まで食べた中で一番美味しかったものと言えば、ダンゴローさんの黄金色のフカフカ谷で食べた『栗コケのロールケーキ』です。栗コケのロールケーキに、グラシーナさんが作るようなピカピカするアクセサリーがついた様子を想像しようとしましたが、出来ませんでした。やはり食べものは、アクセサリーみたいに金色だったり宝石が飾られていたりはしないのです。食べたらお口の中で固くてガリガリしちゃいそう……

 そこまで考えて、黒ドラちゃんは不思議に思いました。

「ねえ、どうして食べ物だって思ったの?」

 ひょっとしたら、ただのキレイな置物なのかもしれません。

「それが、とても甘くていい匂いで」

「ふんふん」

「しかも、陽竜様が驚いて飛び上がった時にほんのちょっとだけしっぽがぶつかってしまいまして、白いクリームのようなものが取れてしまったのです」

「崩れちゃったの?」

「いえ、そこまでは。ただ、そのクリームがそれはそれは美味しかったらしく」

「あ、ラウザー舐めちゃったんだ」

「えっと、実は私も少しだけ」

「えっ!リュングも舐めちゃったの!?」

「いえ、そのっ、陽竜様のための毒見というか」

「ふ~ん……ラウザーの 後 に?」

「は、はあ……」

 リュングは気まずそうに目をそらしました。多分、甘い香りと好奇心から我慢出来なかったんでしょう。リュングったら、だんだんラウザーに影響されてきてる気がします。


「でもさあ、食べ物ってわかったんなら、食べればいいんじゃないの?」

 わざわざ黒ドラちゃんのところまで来る必要があるとも思えません。

「そうなのですが、支部長のコレド様に報告したところ、仮に食べられるとしても、本当に食べても大丈夫なのか、これまで見たこともないモノなので色々調べないと、という話になりまして」

「ふんふん」

「そこで、陽竜様が『黒ちゃんにいつまでも新鮮なまま!ってやつをやってもらおう!』と言い出しまして」

「ああ、なるほどねえ!」

 確かに、黒ドラちゃんなら、そのキレイな飾り物みたいな食べ物が、そのままの状態でいるように想像することで美味しさを保たせることが出来ます。


「あ、でもさー、見たこともないようなモノじゃ、思い描けないよ、あたし」

 黒ドラちゃんの言葉を聞いて、笑顔だったリュングが肩を落としました。

「そっか、そうですよね。どうしましょう……あの、古竜様、一緒に南の砦に来ていただくわけには?」

 哀れっぽい表情で黒ドラちゃんのことをチラッと見上げます。いつも元気なリュングのそんな姿を見せられると、黒ドラちゃんも助けてあげたい気持ちが強くなってきます。

「あたしは構わないけど、ブランには伝えていかなきゃ行けないし、飛んでいくと丸一日位はかかるんだよね?」

「そうですね……」

「そう言えば、リュングはそんな遠いところから、よく一人で馬で来たよね?」

「あ、この馬にも魔石を付けてあるのです。南の砦のそばの門から、この森までは何とか飛ぶことが出来ました」


 リュングの話によると、黒ドラちゃんの棲んでいる古の森のすぐそばには、魔石が埋められているそうです。何度かゲルードたちが馬車で現れたことがあったのは、その魔石のおかげだったんですね。初めは一か所だけだったそうですが、黒ドラちゃんが色々なところにお出かけするようになったので、東西南北4か所に増やされたということでした。


「へえ~!じゃあ、リュングはゲルードと同じ魔術が使えるってこと!?すごいね、リュング!」

 黒ドラちゃんが目をキラキラさせながらリュングを見つめると、ちょっと照れたような答えが返ってきました。

「はい。陽竜様に付き合って色々な所へ出かけるうちに、けっこう修行になっていたらしく、かなり使える魔術が増えまして。でも、まだまだです。馬だってこのくらいに小さな馬じゃないと一緒に飛べないし」

「でも、すごいよね!」

 黒ドラちゃんがしっぽを振り振り褒めると、リュングがもじゃもじゃの頭をふるふると振りながらいえいえ私なんてまだまだ、と照れまくりました。


「じゃあさ、ゲルードに頼んでここから前みたいに魔馬車を出してもらって、南の砦のそばまで移動できないかな?」

 もう、黒ドラちゃんはすっかり行く気になっていました。だって、『見たこともないほどきれいで甘くて美味しそうな何か』なんて、そりゃあ見てみたいに決まってます。

「あ、一応ゲルード様にはご報告の魔伝を飛ばしてはあるのですが……」

「そうなの?じゃあ、あたしがブランを呼んであげるよ。ゲルードとブランが『良いよ!』って言ってくれればきっと大丈夫だよね」

 黒ドラちゃんはそう言うとリュングの返事も待たずに「ふんぬ~!」と背中の魔石の鱗に力を込めました。

「あっ古竜様!」

「なあに?」

「い、いえ……何でもないです」


 本当は、出来る限りブランには内緒で呼んできて、ってラウザーから頼まれていたとは言えませんでした。『ゲルードが来たら、マグノラ姉さんに相談してもらって、そうすればきっと黒ちゃんも南の砦に行って良いってことになるよ!』なんて、ラウザーは都合良く考えて言っていましたが、そういうわけにはいかなくなってしまいました。


「陽竜様、やはり無謀な作戦でしたよ……」

「え、なに!?リュング何か言った?」

「いえいえ、何も。早くゲルード様達が来てくださると良いな、と思ったまでです」

「そうだね!早く来てくれればそれだけ早く南の砦に行けるもんね!」


 もう、これは古竜様の行きたい気持ちにすがるしかない!リュングはそう心を決めるとその『何か』がどれほど綺麗に飾られ、どれほど美味しそうな香りを漂わせているか話し出しました。


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