おまけ-アラクネさんたら、またひとりごと

……コックリ……コックリ……

はっ!


あらやだ、わたくしとしたことが、すっかり眠りこけておりました

失礼、じゅるっ、あらまあ、ほほほヨダレじゃないかって?

いえいえ、心奮わす素晴らしいお話を思い起こして感涙していたのです

ちょっと口元に涙がにじんでしまったようですね

最近色々あったものですから


え~、さて皆様、本日もわたくしの「ひとりごと」にお集まりいただきありがとうございます


少し混んでるみたいですけど、少しづつ詰めれば皆さん座れますからね

後から来たお客様にもぜひ席を作ってあげてくださいな

あ、そこの可愛らしいお嬢さん

ええ、そう、あなたよ

ペットのウサギちゃんは頭の上から降ろしてくださいな

後ろの方の迷惑になりますからね

膝の上?はいはい、それでいいですよ


それでは、改めてごあいさつを


わたくし、物語紡ぎの吟遊詩人こと、蜘蛛妖精のアラクネでございます


はじめましての方も、毎度ごひいきのお客様も、よろしくお見知りおきください




本日皆様にお話しするのは、

虹と緑と美しい歌声で有名なカーラスの国に降り立った『羅宇座と雷の女神の物語』――

え?それはもう他所で聞いた?

それに舞台になる国の名前がなんだか違う?

あらあら、失礼いたしました

ここ最近忙しくて、ちょっと色々なお話がこんがらがってしまったようですね


ええと、それでは少し前にキャラバンから仕入れたお話、

『三匹のニクマーンと南の国の美しき踊り子危機一髪!』を――

え?それは5回以上聞いた?


あらあらそうですかぁ

どういたしましょう?最近のお客様は本当に耳が肥えておいでのようですね……


ええと、ああそう!あれ!

あれがありました!


皆様は運がよろしいですわ

きっとこの森には日ごろの行いが良い方ばかりいらっしゃるのですね

湖もとてもきれいだし


さて、これからお話する物語は、まだ誰も知らないお話

そう、他の吟遊詩人では語れない話


なぜならこれはわたくしがつい先日実際に関わったお話なのです

そう、アラクネオリジナルですよ、オリジナル!

いつ聞いてもステキな響きですよね?


舞台はなんと、ここバルデーシュ!

けれど、お話はお隣の技術大国エステンの森から始まります

え、行ったことがない?それは残念ですね 

あそこには会員No.1……じゃなかった、賢くて可愛いエステンコーモリさんがたくさん棲んでいるんです

それに、運が良ければお散歩中のアズール王子にもばったり!なんちゃって♪


おっと、ついつい興奮してしまいましたわ、失礼


いったいバルデーシュとエステンでどうお話がつながっていくのかって?

それはぜひお話を聞いてくださいな




さて、皆さまもご存じの通り、先日バルデーシュでは盛大な結婚式が行われましたね?

どなたとどなたがご結婚されたのでしょうか?

わかる方いらっしゃいますか~?

はい、そこの魔リスちゃん、しっぽがもふんもふんで可愛らしいわね

そう!その通り!

バルデーシュの光り輝くスズロ王子と、ノーランドの妖精みたいに可愛らしい王女カモミラ様ですね


幸せなご結婚をされたお二人ですが

実は、お二人は幼い頃から互いに淡い恋心を持ちながら、疎遠になっていた時期があったんです

それというのも、カモミラ王女がご自分の容姿に自信が持てなくなっていたからです

信じられないでしょう?あんなに可愛らしい方なのにねえ

いったい王女様のお気持ちを追い詰めるような、どんな出来事があったのやら……


でも、そんなお二人を結びつけるキューピッドのような存在が現れたのです!

それは、かつて絶滅寸前まで数を減らしたノーランドプチ魔ウサギ

そう、ノラプチウサギの女の子が、大活躍したんです!


え、何かしら、さっきのお嬢さん、また頭の上にウサギちゃんを乗せて立ち上がっちゃって……


ええ、そのウサギちゃんも可愛らしいけれど、今はちょっと大人しく座っていてくださるかしら?

はい?ウサギちゃんのことよく見て?

はいはい、見ましたよ~、可愛いらしいペットのウサギちゃんですね♪

違う?ペットじゃなくてドンちゃんは親友?

そう、そうなのー、はい、素敵なお友達ね、わかりましたよー、はい座ってね?


ええと、どこまでお話ししたかしら?

ああ、そうっノラプチウサギちゃんの大活躍ね?

そう、カモミラ王女はご自分とよく似たそのウサギちゃんのために

長く伸ばしていた豊かなお髪をバッサリと切ってしまわれたのです!

ええ、そうですね、多分ほとんどの方は気づいていらっしゃらなかったでしょ?

何しろあのマグノラ様のご加護がありましたからね

髪が短くなってもカモミラ様の可愛らしさには何の影響もありませんでした



カモミラ王女はそれはそれは毅然とした態度で、悪漢からノラプチウサギちゃんを救い出したのです!

そして、その姿を見てスズロ王子の中の淡い恋心が一気に燃え上がりました!


え、燃えちゃうなんて大変?

いえいえ、それはものの例えですからね、誰もアチチにはなってませんよ、大丈夫


というわけで、数々の障害を乗り越えて、目出度くお二人は結ばれることになったのです


ま、ここまではご存じの方も多いですわね?

有名なお話ですからね



さて、それではここからがアラクネオリジナルですよ!


お二人の結婚式、それはそれは盛大でしたが、これまでのバルデーシュでの結婚式には見られなかったものが登場しましたね?

そう!からくりです!

ノーランドクローバーの青いお花畑、綺麗でしたね

そして、マグノラの大きな大きな木!

あれには皆様も驚いたでしょ?

え、外からは見てない?中ではちみつ玉舐めながら頑張ってた?

ああ、そうでした!この森の魔リスさんたちはあのからくりの原動力でしたね

え、なぜ知ってるかって?

さ~てね~?ふふふ


~ふわり~ふわり~


おっと、ついつい糸が出ちゃいました

思い出したら嬉しくて


あのからくりはエステンのアズール王子が、お二人への祝福を込めて製作されたもの

もちろん、手間も時間もたっぷりかかる超大作です


でも、あれだけ大掛かりなものを作るのは、アズール王子も今回が初めてでした

普段はお城の設計室の中でからくりを考える王子ですが、今回ばかりは頭の中が煮詰まっちゃって、気分転換に外に出るしかなかったんです


物思いにふけるアズール王子の足は、自然とNo.1さん……じゃなかったエステンコーモリさんたちの棲む森へと向かいます


森の中で王子はキーちゃんというそれはそれは可愛らしいエステンコーモリさんとお話ししました

からくりのことで頭がいっぱいの王子に、キーちゃんは「何か楽しいお話でも聞いて気分転換したらどうですか?」と声をかけたのです


ふふ、皆さま、もうおわかりでしょうか?

その通り!つまりわたくしアラクネがエステンの森に呼ばれて、アズール王子にお話をさせていただいたのです!

久しぶりにお会いしたアズール王子はすっかり大人の男性になられていて、穏やかで優しい目でわたくしを見つめ、お話も熱心に聞いてくださいました


吟遊詩人として、あまりの幸福感にわたくしついつい糸を出しまくりで話してしまい、お話終わる頃にはそこら辺に糸玉がいくつも……

すると、それを見ていた王子が何気なく糸玉を手に取られて、次の瞬間「これだ!」と叫ばれたのです

わたくしびっくりしてひっくり返りそうになりましたよ、はい

あら、ごめんなさいね、今の「これだ!」でびっくりしちゃったの?

皆さん、一斉に飛び上がっちゃって

はい、落ち着いて落ち着いて、あら、お嬢さん、その後ろに見えているのは何かしら?

尻尾?あらま、消えちゃった、ま、良いでしょ、気にしないことにしますね


えっと、お話は……

そうだわ、アズール王子の「これだ!」まで話したんですよね?

わたくしの出した糸玉の糸を、王子は引っ張ったり丸めたり、縛ってみたりと色々と試してらっしゃいました

そして「これを使えば出来る!」って、それはそれは嬉しそうにおっしゃったんです

もー、あの美しいフジュの花と同じ優しい紫色の瞳をキラキラと輝かせて!


そう、あの結婚式のからくりで、様々な仕掛けを動かすためにの紐代わりに、わたくしの糸を使うことを思いつかれたんですって


結婚式のからくりでは、複雑な動きをしながらも、決して絡みつかないように紐を配置しなければならなかったんです

時に粘着力が強く、時には決してくっつくことなく、そして強靭さも併せ持つ、そんな素材を探してらしたとか

でも、それがなかなか難しくて、王子の中でいくつもの候補が浮かんでは消え、浮かんでは消え

そこへ、このアラクネ印の糸が登場したわけです


王子のからくり設計は一気に進みました!


そのうち、わたくしの糸のことをよ~く調べた王子が「色を変えられるかい?」って聞いてこられたんです

このアラクネ、アズール王子のためなら何色の糸だって出せますとも

色も太さも硬さも自由自在、アラクネ印の糸は万能でございます!ってお答えしました


え、お前は吟遊詩人じゃないのか?って


ほほほ、そりゃお話することが一番の楽しみではありますけど、大好きな王子様のリクエストですからね、臨時で糸の卸問屋に早変わり!

細くてふわりとした虹色の糸、それをアズール王子の作った機織り機で織ると、あらあら素敵な虹色のリボンの出来あがり~!


ぶいん♪


ええ、そうです、この森のクマン魔蜂さんたちがすっかり気に入って今も身につけてくださってる、そのリボン

その素となる虹色の糸はわたくしが紡ぎました


とにかくたくさんたくさん紡ぎましたよ

「広場中を虹のリボンでいっぱいにしたいんだ」ってアズール王子が熱く語ってらっしゃるんだもの


そして、わたくしの紡いだ糸がどんな風にバルデーシュの結婚式で使われたのかは、皆様の方がよくご存知ですよね?


おっと、ドンちゃん?とお嬢さん、興奮して踊りだしちゃったのね、はいはい落ち着いて~

スズロ王子は素敵だったって?ええ、そうですね

カモミラ王女もドンちゃんそっくりで可愛くて幸せそうだったって?

ほほほ、そういえばそのウサギちゃんもふわふわな茶色のウサちゃんね

はい、気が済んだら座ってね、じゃないとグルグルですよ?

はい、よろしい





さて、結婚式が無事に終わり、再び放浪の旅に出かけようとするわたくしに、アズール王子が声をかけてくださいました

「良かったら、エステンに住まないかい?」って

そりゃもう天にも昇る気持ちですよ!


元々わたくしみたいな吟遊詩人ていうのは根無し草……

え、草だったのか?蜘蛛じゃないのかって?

いやですね、比喩ですよ比喩、ものの例えってやつですよ

話のタネを探すために、あちらへこちらへと旅を続ける生き物です

だから一か所に留まることは出来ないけれど、だからと言って引き留められることが嬉しくないわけじゃありませんからね


優しく見つめる王子様に、わたくしこう答えました

「アズール王子、あなたのお気持ちは本当にありがたいと感激しております。けれど、このアラクネは吟遊詩人、人々に物語を紡ぐことを至上の喜びとしている生き物です」って


後ろ髪ならぬ後ろ糸を引かれる思いでエステンを後にしたわたくしですが、一つだけアズール王子とお約束させていただきました


もし、この先、王子がご結婚される時には、花嫁のドレスはわたくしの紡ぐ糸で作らせてくださいって


王子は真っ赤になってらっしゃいましたけど、しっかりうなずいて下さいましたよ







さあてさて、お集まりの皆様方!

これが、蜘蛛妖精の吟遊詩人アラクネの紡ぐ最新作

『美しき花嫁と虹色のドレス☆』のプロローグでございます


プロローグがあるからには、きっと素敵な本編が紡げるはず

どうか、アズール王子が美しき花嫁を迎えるまで、見守ってあげてくださいな


最後までお付き合いいただき誠にありがとうございました

また、お目にかかれる日を楽しみにしております


はいっ、反対巻きにぐーるぐるっと♪

しゅるんっ



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