第231話-微笑むルカ王子

「ええ。叔母は親友の為に花嫁の冠を作りたかったらしいです。その為に祖母の反対を押し切って外へ出たそうです」

「そして行方不明になられた……」

「はい。父や仲間のノラウサギたちもずいぶん探し回ったそうですが、結局見つけることは出来ませんでした」

「そうですか」

「祖母はすっかりふさぎ込みました」

「そう……」

「食事もろくに取らず、家の中でただただ泣いていたそうです。叔母が気に入っていたリボンを抱きしめて」

「それは――お辛かったでしょうね」

「ずいぶんと時間がかかったと聞いています、再び笑顔になれるまでは」

「え、笑顔になられたのですか?それほど辛い思いをされたのに?」

 ルカ王子の姿が昨日のようにユラユラし始めました。


 食いしん坊さんは気にせず話し続けます。

「父や他の仲間もずいぶん心配したそうですが、結局は時間が癒した、と」

「時間が……」

「はい。それに私が生まれたことも大きかったと聞いております。新しい命に触れて、泣き声や笑い声を聞いているうちに」

「新しい命か」

 ルカ王子の姿がどんどんぼやけていきます。ユラユラと揺らめきながら、何かが変わろうとしていました。


「!」

 ハッとしたようにルカ王子が池を見つめました。そこではゆっくりと蓮の花が開こうとしていました。

「ぶいん♪」

 モッチが大喜びで飛んでいきます。けれど、花はそれ以上開くことはありませんでした。

「ぶぶ?」

 かすかに開いた花を見て、モッチが残念そうに周りをぐるぐる飛んでいます。黒ドラちゃんがモッチからルカ王子に目線を戻すと、すでに何事もなかったように椅子に腰かけて池をながめていました。

「今日は良い天気ですね。明日には蓮の花も咲きそうだ」

 そう言って微笑みながら、お茶の入ったカップをゆっくりと持ち上げています。足元ではミラジさんが深いため息をついています。まわりの小さな池からも、ケロール達のため息が合唱のように聞こえてきました。けれど、王子の目にも耳にも何も入っては来ないのでしょう。

 王子の瞳に映る景色は、いつまでも緑豊かで綺麗な水辺です。けれど、そこには歌も無く、虹も無く、花も咲くことはありません。黒ドラちゃん達は、結局その日も『呪い』を解くことは出来ませんでした。


 翌日、モッチは早起きをしてきませんでした。ここでは新しくお花が咲かないのだとわかってから、モッチは花冠の中に入ったままなのです。心配した黒ドラちゃんがのぞき込んでみると、花冠の中で黄色いはちみつ玉と向き合っていました。表面を撫でながら「ぶぶぶぶ」と暗い羽音を立てています。


「ど、どうしよう、早く呪いを解かないと、モッチも限界かも」

 黒ドラちゃんは焦りましたが、かといって呪いを解く方法は見つかっていません。そしてその日も大池のほとりで、皆とルカ王子で話をすることになりました。


「私の呪いの解き方はわかりましたか?」

 ルカ王子がリュングにたずねます。

「申し訳ございません、もう少し色々と調べたいのです」

 リュングの言葉を聞いて、黒ドラちゃんはびっくりしました。だって、リュングが何かを調べている様子なんてちっとも見られなかったからです。けれど、ルカ王子は全く気にした様子がありません。

「そうですか、時間がかかるのは仕方ありません。よろしくお願いしますね」

 そう言って優しく微笑みます。丸っきり、呪われた王子様です。ドンちゃんも黒ドラちゃんと同じように思っているんでしょう、不安そうに食いしん坊さんを見上げています。突然、ルカ王子が食いしん坊さんたちに向き直りました。


「そう言えば、グィンご夫妻は新婚さんでしたね?ノーランドにお住まいなのですか?」

「いえ、私達はバルデーシュの古の森に棲んでいます」

「古の森、というと古竜様の?」

「ええ。とても美しい森です」

「あなたのおばあ様はノーランドにいらっしゃるのでしょう?よく外で暮らすことを許しましたね」

 ルカ王子が食いしん坊さんにたずねます。なんだかおばあ様の話になると、ルカ王子の様子が変わることに黒ドラちゃんは気づきました。


「おばあ様も初めはノーランドの王宮の森に妻を迎え入れるつもりだったようです」

「やはり」

「けれど、古の森の美しさ、棲みやすさを知ると、そこに棲むことを許してくださいました」

「……」


 ドンちゃんがちょっと恥ずかしそうに話し始めました。

「おばあ様は、私に手作りのエプロンを下さいました。それはノラウサギの花嫁が伝統的に受け取る品物だそうです。おばあ様は、黒ド、私のお友だちが花嫁の冠のお話を伺った時に、亡くなった叔母様の話をされていたそうです」

「そう」

「その時は、別々に棲むなんてとんでもない!って感じだったらしいんですけど、古の森での話を聞くうちに、わかってくださいました」

「そうだったんだ」

「ええ。ノラウサギに古くから伝わる花嫁の冠の作り方を丁寧にお友達に教えてくれて、そのおかげで私は幸せな花嫁として祝福されて結婚できました」

 ドンちゃんが食いしん坊さんを見上げます。


 二匹の瞳に互いの姿が映って、幸せオーラが目に見えるようでした。


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