第232話-見えない壁

 ドンちゃんが再びルカ王子に向き直りました。

「その結婚の時に、私、とても大切なことをある方に教えていただきました」

「大切なこと?」

「ええ。私、夜中にとても怖くなってしまったんです。今は幸せだけど、何もかも失ってしまう時が必ず来るって」

「失う……」

 ルカ王子の姿がユラユラと揺れ始めます。ドンちゃんは構わず言葉を続けます。

「いつか、必ず、いろんなことにお別れしなきゃいけない時が来るって」

「いつか?」

「でも、その時に教えていただいたんです。何もかもいつか終わるし、変わるんだって。だからこそ『今』を大切にしなきゃいけないって。今、目の前にある出来事や、出会いを大切にしなきゃいけないって」

 ルカ王子の姿がこれまでになく大きく揺らぎ始めました。ほとんど元の姿が見えないほどです。


「今を大切に生きることで『いつか』は怖くなくなるって」

 ドンちゃんは、語り終えると静かにルカ王子を見つめました。王子の姿はユラユラと揺らめき続けています。大池の蓮の花が、ゆっくりゆっくり開き始めました。

 呪いが解けようとしているのです!黒ドラちゃんはぐっと拳を握りしめました。みんなも息を詰めてルカ王子の様子を見つめています。


 その時――

「ぽん」と可愛らしい音がして、大きな蓮の花が一つ開きました。途端にルカ王子の揺らぎが止まりました。苛立たしそうに、開いた蓮の花を見つめています。それから、自分の手を見下ろしました。もちろんその手は、水かきの付いたカエル妖精の手です。


「嫌だ!嫌だ!嫌だっ!!」

 ルカ王子が叫ぶと、開いたばかりの蓮の花が再び閉じていきます。

「ああ!せっかく開いたのに!」

 思わず黒ドラちゃんが声を上げると、ルカ王子が立ち上がりテーブルの上の茶器を一気に払い落としました。茶器はぶつかり合い、粉々になって散らばりました。

「お前たちは呪いを解いてくれるのではなかったのか!?」

 怒りをあらわに、ルカ王子がみんなをぐるっと見回します。

「落ち着いてください、王よ」

 ミラジさんがあわててルカ王の足にすがりつきます。

「うるさい!私は王子(・・)だ!お前たちなんて国に迎え入れるんじゃなかった!出て行け!今日中に出て行け!」

 そう言い放つと、ルカ王子はミラジさんを振り切って大池の向こうへ走り去ってしまいました。


「ご、ごめんなさい」

 泣きそうな声でドンちゃんが謝ります。

「あたし、あたしが余計なことしたから……せっかくルカ王が変わり始めてたのに」

「そんなことないよ!ドンちゃんはすごくがんばったと思うよ!」

「そうだよ、ハニー。君が話してくれたことは、きっとルカ王の心の奥深くに届いたはずだ」

 食いしん坊さんがドンちゃんを優しく抱きしめます。

「たぶん、呪いが解けそうになったからこそ怒ったんだよ、ルカ王は」

 黒ドラちゃんの言葉にみんなもうなずきました。

「それにしても、今日中に出て行けとは……どうしましょう」

 リュングが頭を抱えました。もう、これ以上は食いしん坊さんの話も、ドンちゃんの話も聞いてはもらえないでしょう。ミラジさんも、すっかり打ちのめされた表情でうずくまっています。まわりの池からも、再び悲しげなケロール達のため息の合唱が聞こえてきました。


「ミラお爺さん、みんな……」

 黒ドラちゃんも、もうどうしたら良いのかわかりません。モッチは花冠の中で独り言を言っているし、ドンちゃんは落ち込んでいるし、ルカ王子は怒っています。

 もう、どうにも出来ない気がしました。呪いを解くきっかけが、みつけられません。むしろ、初めよりも遠くに行ってしまった気分です。みんな、暗い表情でうつむいています。

 その時、リュングがハッとしたように顔を上げました。

「そうだ、魔伝がある!魔伝を飛ばしてみましょう!」

 そう言ってリュングが懐から紙で出てきた鳥さんを出しました。

「外からならば、また何か別の新しい考えが見えるかも知れません」

「うん」

 黒ドラちゃんも涙ぐみながらうなずきました。リュングが何かブツブツと呪文をつぶやき、ふっと魔伝を空に放ちます。それは一瞬で飛び上がり、一気に城の方向へ――

 飛んだところで、バタッと落ちてきました。


「えっ!?」

「ど、どうしちゃったの?」


 リュングが落ちた魔伝を拾い上げました。羽がくたっと折れています。

「ひょっとすると、この中からは、フラック王国からは、飛ばせないのかもしれません」

「うそ!?」

「どうするの!?」

 ドンちゃんも不安そうです。食いしん坊さんもむずかしい顔で黙りこんでいます。このままでは、何も出来ないままフラック王国を出ていくことになってしまいます。

「もし、もし一度外に出たら、もう二度とフラック王国へは入れなくなっちゃうんじゃない?」

 ドンちゃんが不安そうに食いしん坊さんとリュングにたずねています。

「このままだと、ルカ王は永遠に『呪い』の中に、国ごと籠っちゃうんじゃない?」

 ドンちゃんの不安そうな問いかけに、誰も答えられません。ミラジさんもうつむいています。

 黒ドラちゃんも、答えが見つけられずにいました。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る