第229話-ユラユラ
ミラジさんがごくっとつばを飲み込む音が、やけに大きく聞こえました。
「あたし、いにし「私の助手でございます!」
黒ドラちゃんの言葉をさえぎって、リュングが前に出て話し始めます。
「麗しいルカ王子が呪いでカエルにされてしまったと聞きまして、一緒に呪いを解きたいと言うので連れてまいりました」
リュングの説明に、黒ドラちゃんもあわててうんうんとうなずいて見せました。『古の森の古竜の黒です』なんて自己紹介しちゃったら、せっかく女の子に変身している意味が無くなります。
「王子様に会いたくて、来ちゃいました」
黒ドラちゃんが可愛らしくお辞儀をすると、ルカ王子も嬉しそうに微笑みました。
「それはありがとう。ゆっくりしていって欲しい。あ、でも呪いは早く解いて欲しいけどね」
そう言いながらくすっと笑うと、再び優雅に椅子に座りました。どこからどう見ても『呪われてカエルにされた王子様』として完璧な姿です。根が王様なだけあって、逆らえないような威厳さえ感じさせます。黒ドラちゃんは小さな声でリュングに話しかけました。
「ねえねえ、どうしよう、これじゃあ付け入るすきが無いよね?すっかり呪われてるよ?」
「わかっていますっ。でも、とりあえず今は話を合わせておきましょう」
「でも、これどうやって呪いを解くの?」
「それはこれから考えて……」
その時、ルカ王子がキラッと目を光らせて黒ドラちゃんとリュングを見つめました。
「ん?どうしたのかな?魔術師様と助手のお嬢さん、何か困ったことでも?」
「い、いえいえいえ。ただの魔術的な相談です。色々と準備もありますので」
「そう。必要なものがあれば何でも言ってくれたまえ。ミラジに用意させよう」
「はい、ありがとうございます」
うっかり相談も出来そうにありません。
「ルカ王子、王子の呪いについてお伺いする前に、まずはノーランド国王からのお礼をお伝えしたいのですが」
食いしん坊さんの言葉に、王子がおや?という表情をします。
「お礼?なんのお礼だろう?」
「はい『先の戦争で我が国のノラウサギがフラック王国で多数保護していただいたこと、誠に感謝しております』とのことです」
食いしん坊さんが王の言葉を伝えると、ルカ王子の瞳が一瞬陰りました。
「ああ、そうだった。そんなことがあったね」
「はい。私自身も見ての通りノラウサギ。あの時はたくさんの命が失われたと祖父母からも聞かされて育ちました」
「そうか、お身内にも亡くなられた方が?」
「はい。叔母が行方不明になりました。祖母はたいへん悲しんで、かなりの期間、家から一歩も出ず……」
「そう……それはお辛かったろう」
ルカ王子の手が震えています。
よく見るとなんだかルカ王子の姿がユラユラと揺れて見えました。
「リュング、あれって?」
黒ドラちゃんが小声でたずねた時に、王子がフルっと首を振って顔を上げました。
「あの戦争が終わって本当に良かった。竜の力は偉大だね」
「……はい」
食いしん坊さんがちらっと黒ドラちゃんのこと見ました。
「?」
けれど、すぐに王子の方を向いてしまったので、黒ドラちゃんには何の事だかわかりませんでした。気付けば、ルカ王子の姿は元のようにしっかりしていて、ユラユラしていたのは一瞬だけだったようです。
「私の呪いを解くためにご足労頂いたのだから、何でも頼んでくれたまえ」
そうしてミラジさんを手招きします。
「ミラジ、お客様をもてなしてくれ。何か必要なものがあれば出来る限りのご対応をするように」
「はい」
ミラジさんがうなずくと、王子は再び池のほとりの椅子に腰かけます。
「私はもう少しここにいるよ。皆さんにはまずはゆっくりしていただきなさい」
大池には蓮の葉がたくさん浮かんでいます。蓮の花のつぼみもたくさん見えています。明日には咲いているでしょう。
「ぶぶいん♪」
モッチが楽しみだと羽音を鳴らしました。
その日は、草原に花籠を置いて、ドンちゃんと食いしん坊さんはその中で、他のみんなは周りで丸くなって眠りました。長らくお客様のこなかったフラック王国では、お泊りする場所も無かったのです。
「申し訳ありません」
そう言ってうなだれるミラジさんに、黒ドラちゃんは笑顔で答えました。
「大丈夫、だってこんなに星空が綺麗なんだもん。お外で寝るって楽しいよ!」
「そうですね、それに私は魔術師のマントがありますので、暑さ寒さは全く影響ありませんから大丈夫です」
リュングからもそう言ってもらえて、ようやくミラジさんがホッとしたように息を吐き出しました。
「とりあえず、王も皆様とは話をする気になっているようですし、明日もよろしくお願いいたします」
そう言ってミラジさんが去っていきます。大池の方に向かうようです。
――私にとってルカ王はルカ王です。ルカ王が『呪われている』と思っている以上、それを『解いて』差し上げたいのです――
黒ドラちゃんは南の砦で聞いたミラジさんの言葉を思い出していました。もしかしたら、ルカ王はまだ池のほとりに座っているのかもしれません。
この星空の下で、黒目がちの瞳に、真実を何も写さずに……
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