第228話-禁じられた歌声

「あ、その、ミラジ殿、申し訳ない」

 食いしん坊さんがあわてて背中から降りました。続いてドンちゃんも降ろします。黒ドラちゃんもあわてて花籠を尻尾からどかしました。

「いえいえ、お気になさらずに。皆様、来て下すって本当にありがとうございます」

 ミラジさんはちっとも気にしていないようで、軽くなった尻尾をびたんびたんと元気に振っています。


「それで、ルカ王には我々のことは?」

 リュングがたずねると、ミラジさんがちょっと困った顔をしました。

「それが、女神様の観光ご希望の話をしてみたのですが『何を楽しむのだ?』とおっしゃられて」

「どういうこと?」

「ルカ王はここがカエル妖精の王国だということをお認めになっておりません。なので、大きな虹も色とりどりの蓮の花もケロールの歌声も“無いこと”にされているのです」

「ええっ、それって困っちゃうよね!?」

 黒ドラちゃんとリュングが顔を見合わせます。

 すると、食いしん坊さんがすっと背筋を伸ばしました。

「ノーランドの正式な大使として申し入れます。フラック王国のルカ王子(・・)に、お目通り願いたい」

「食いしん坊さん?」

 黒ドラちゃんが首をかしげます。

「黒ドラちゃん、リュング殿、ここはもう『ルカ王子の治める国』なのです。我々もそのつもりで向かわねばなりませんぞ」

 食いしん坊さんの言葉に、リュングもうなずきました。短めの魔術師見習いのマントを翻してミラジさんに向き直ります。

「呪われているという王子のお力になるためにバルデーシュから参りました。まだ見習い中の魔術師ですが、出来る限りのことをさせていただきます!」

 そう、もうすでにルカ王の『呪い』の世界に入り込んでいるのです。みんなで気持ちを切り替えなければ、ということなのです。

 黒ドラちゃんも「ふんぬっ」と気合を入れると可愛い女の子に変身しました。

「素敵な王子様に会いに来ました!」

「ぶぶいん!」

 花冠から顔をのぞかせて、モッチも一緒に宣言しています。手には黄色いはちみつ玉を持っています。ミラジさんは何度も何度も「ありがたい、ありがたい」とうなずいていました。よほど嬉しかったのか、涙ぐんでいます。

 少し落ち着いたところで、食いしん坊さんに促され、ミラジさんが皆を大池へと案内してくれました。


 大池に辿り着くまでに、黒ドラちゃん達は小さな池をたくさん通りました。どの池からもケロールが顔をのぞかせています。黒ドラちゃんは一匹のケロールと目が合いました。ケロールは嬉しそうに「ケロロ♪……」と歌いかけましたが、すぐに近くにいた別のケロールが口を押えて潜って行ってしまいました。


「今の……ダメだったの?」

 黒ドラちゃんが残念そうにミラジさんにたずねます。せっかくカエル妖精さんの国に来たのに、歌が全く聞こえてきません。

「はい、申し訳ございません。ルカ王子(・・)から、歌うことは固く禁じられているのです」

「そうなんだ……」

「ぶぶいん」

 モッチも残念そうです。モッチのはちみつ玉は妖精たちには、いつでも大人気です。きっとフラック王国でもたくさんのカエル妖精さんが集まってくるだろうと思ったのに、今のところモッチの抱えるはちみつ玉に寄ってきてくれる様子はありません。

 こには、豊かな緑も綺麗な水辺もあります。でも、その中にいても、あまり楽しい気持ちにはなれませんでした。ドンちゃんは何だか不安になって、食いしん坊さんの前足をぎゅっと握ります。

「マイプチレディ、大丈夫。笑顔で行こう」

 食いしん坊さんが、ドンちゃんの前足を優しく握り返します。ドンちゃんはフワンと微笑んで、さっきよりもしっかりとした足取りで歩き始めました。


 そして、みんなは大池に着きました。大きなハスの葉が浮かぶ池のほとりで、カエルの王子様が椅子に腰かけ優雅にお茶を楽しんでいます。黒目がちな艶やかな瞳、カップを持つほっそりとした水かき付きの指。その緑色の若くしなやかな体は、フリルの付いた上品そうな上着で包まれています。ゆったりと組まれた足も含めて、どこからどう見てもカエルの王子様です。

 そして、ただのカエルじゃない証拠に、その姿はキラキラとした光で薄く包まれていました。やはりカエル妖精さんなのです。


「おや、お客様かな?ミラジ」

 カエルの王子様がミラジさんに声をかけてきました。

「はい、ノーランドから大使のグィン・シーヴォご夫妻と、バルデーシュから魔術師のリュング様が、それぞれ、の、呪いを解くお手伝いに、見えられました」

 ミラジさんがちょっとつっかえながらもみんなのことを紹介します。

「それはありがたい!あなた方のような助けが現れることを待ち望んでおりました!」

 そう言ってルカ王子は椅子から立ち上がり、食いしん坊さんの前で丁寧にお辞儀をしました。リュングにも同じようにお辞儀をします。そして、黒ドラちゃんの前に来ると、はたと動きが止まりました。


「ええと、この可愛らしいお嬢さんは……どなたかな?」


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