第221話-引きこもりの王



「王……子と言えば王子なのですが……」

 ミラジさんの金色の目があちこちに動きました。

「どうしてカエル妖精なのに、自分はカエルじゃないなんて言い出したの?その王子様は」

 ミラジさんは尻尾を一度大きく振り上げて口を開きましたが、うまく言葉が出てこなくて尻尾をぱたりと地面に落とします。


「なんだか事情がありそうだね」

 スズロ王子が優しく声をかけてくれました。そしてオアシスを取り囲む兵士を眺めてから、コレドさんに声をかけました。

「コレド、ここはラキ様も竜の皆様もいる。兵士たちは砦に戻してくれて大丈夫だろう」

「は、はあ」

 そう言われてもコレドさんは心配そうです。

「そうですな、スズロ王子とカモミラ様には私が付きましょう」

 ゲルードが重ねて言うと、コレドさんも少し肩の力を抜きました。無駄にきらきらしいけど、これでもゲルードは国一番の魔術師です。

「では、兵士たちは砦内に戻します。ただ、門のところの番兵は増やしておきましょう」

 砦の守備隊長としては、いきなりミラジさんみたいな怪しげなトカゲが現れちゃったんですもの、ショックだったんですね。

 番兵を残して兵士さんたちが砦の中に戻ると、ミラジさんのお話を聞くために、皆で小さく集まりました。

「ねえ、ミラジさん、いったいケロール達の王国で何があったのか、話していただける?」

 カモミラ王女が優しく語りかけると、ミラジさんが金の目を潤ませながら王女を見上げ、それからラキ様を見つめました。そして、ちょっとだけ考えた後、再び話し始めました。


「竜の皆様のおかげで、フラック王国は再びケロールの楽園と呼ばれるにふさわしいだけの美しい緑と水辺を取り戻しました」

「でも、それならばどうして歴史上では滅びたことになったのだろう?」

 ゲルードが問いかけると、スズロ王子もカモミラ王女も一緒にうなずいています。

「フラック王国は蘇りましたが、ケロール達には思いもよらない後遺症が残りました」

「こういしょう?」

「何か、病気やケガの後で、治りきらなくて具合の悪い部分が残ってしまうことだよ」

 ブランが丁寧に教えてくれました。

「フラック王国の国民の多く、そして、国民の為に走り回った王子たち全員が……」

 ミラジさんがちょっと言葉を詰まらせます。

「……ほとんどカエルになりました」


「?」

 みんな、わけがわからないという顔でミラジさんを見つめました。

「カエルの王国なんだよね?フラック王国は」

 黒ドラちゃんがたずねると、ミラジさんがゆっくり首を振ります。

「いえ、カエル妖精、の国です。ただのカエルとは違いました……針の雨を浴びるまでは」

「そっか、妖精さんがただのカエルになっちゃうと、どう変わるの?」

「カエル妖精は雨の恵みを讃え喜びの歌を歌います。それが国中を潤し美しい緑と水辺を保ちます。そして、その喜びの歌は周りの生き物にも影響を及ぼすのです」

「喜びの歌?」

「ええ。特にルカ王の喜びの歌は格別でした。あの歌声が響くと、潤いが心身共に染み渡るような、洗われるような心もちになったものです」

 ミラジさんはその歌声を思い出したのか、うっとりとした表情になりました。

「でも、カエルさんだって雨の時には歌うでしょ?どう違うの?」

「全然違います!カエルは『雨が降ってきた』から歌うのです。雨の恵みを讃えるのではなく、降ってきた事実を歌にするのみ」

「そうなの?」

 カエルさんの歌に意味があるなんてあまり考えたことはありませんでした。


「ルカ王は、病から回復した国民が、王子たちが、妖精としての力をほとんど失ってしまっていることに気づきました」

 ミラジさんはちょっと言葉を切ってから、続きを話しだしました。

「そして、妖精としての力を失ったものたちの寿命が、普通のカエル並みに短くなっていることにも」

「!」

 カエル妖精とカエルの違い、それが黒ドラちゃんにもようやくわかってきました。

「ルカ王はお身体こそ回復したものの、王子たち全員が寿命の短いカエルになってしまったことを知り、すっかりふさぎ込んでしまわれたのです」


 ミラジさんの言葉を聞いて、食いしん坊さんがうなずきました。

「あまりに悲しい出来事にぶつかって、気持ちが沈んでしまわれたのですな」

「そうです。わしもずいぶん色々なことをしました。ルカ王に元気になっていただきたくて」

「でも、そういう時にはむしろ逆効果だったのでは?」

「そう、そうなのです!」

 食いしん坊さんの言葉に、ミラジさんは金の瞳を大きく見開きました。

「わかってくださいますか!?そうなのです!王は大嵐の前とはすっかり変わってしまわれて」

「どうなっちゃったの?」

 黒ドラちゃんの問いかけに、ミラジさんは悲しげに答えました。

「ただのカエルとなっても、王子たちは精一杯生きておられました。しかし、やはり短くなった寿命は避ける事が出来ず。次々に王子を失った王は、まるで抜け殻のようでした。ケロール達の前に姿を見せることも無ければ、王として竜の皆様への感謝を示すこともなく……」

「引きこもっちゃったの?」

「そうです。大池の中からほとんど出ることなく、それまで交流のあった国からの見舞いの使者とも会おうとなされませんでした」

「そうか。だからルカ王が亡くなったという誤情報が流れたんだね」

 スズロ王子がつぶやきました。

「ノーランドでも、フラック王国は無くなったという認識でした」

 カモミラ王女がうなずきます。

「あの『針の雨』で結果的に犠牲者が出たのは自分たちの国くらいだったと知ると、王は余計に辛くなられたようです。『カエルでさえなければ、カエルでさえなければ……』とつぶやかれていました」

「そんなの、おかしいよ!ケロールがカエル妖精だったからじゃなくて、大嵐のせいでしょう!?どうしてそんな風に考えちゃうの!?」

 黒ドラちゃんがミラジさんに言い募ると、食いしん坊さんがそっと止めました。

「正しい理由や原因など、何の意味も持たない時もあるのです。深い悲しみの前には」

「でもっ」

「我らノラウサギの受難のことは、黒ドラちゃんもご存じでしょう?」

「う、うん」

「あの時……たくさんのノラウサギの命が失われた時、私のおばあ様も一度壊れかけました。可愛がっていた末の娘オコリィを失って」


「オコリィさん……」

 その名前は黒ドラちゃんも聞いたことがありました。













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