第222話-女神様としもべの竜?

 オコリィさんという名前を聞いたのは、確かノーランドにドンちゃんのためのノラクローバーのお花を摘みに行った時のことです。王宮の森で会った食いしん坊さんのおばあ様は、その名前を思い出した後、とても悲しそうになって家の中に引っ込んでしまいました。


「おばあ様はオコリィを失ってから、しばらくは家の外に全く出ようとはしませんでした。それに、他の若い娘ウサギが外に出ることにも猛反対して」

「そうか、そうだね。ドンちゃんのことも初めは『王宮の森のお家に入れるんだ』って」

「ええ。その後、長い時間をかけて少しずつ少しずつ気持ちの折り合いをつけたのです。私の母が嫁いできて、私を産んだことも大きかった、と父からは聞いております」

「食いしん坊さんが産まれて?」

「ええ。新しい命に触れて、泣き声を聞いたり、笑い声を聞いたりするうちに、おばあ様も笑顔が増えて行った、と」

「そうなんだ。おばあ様、そんなことがあったんだ」

 黒ドラちゃんはしんみりとしてしまいました。とっても幸せそうで元気そうに見えたおばあ様にも、そんな悲しい時期があったなんて、思いもしなかったからです。


「『季節は巡る。終わらないもの、変わらないものなど何もない。それが悲しい出来事であろうと、嬉しい出来事であろうと。季節は巡る』」

「カモミラ王女?」

「ノーランドに伝わる言葉よ、黒ドラちゃん。私の国は長い冬が続くから、自然とそういう考え方が生まれたのかも知れないわ」


「変わらないものなど何もない……」

 カモミラ王女の言葉を、ミラジさんがかみしめるように繰り返しています。

 やがて、金色の目が力強い光を宿して、みんなのことを見上げました。

「そうです、そうなのです!王も心の奥底では本当はわかっていらっしゃるはずなのです!なのに、あのような姿に……」

「あのような姿って?カエルさん以外になっちゃてるの?」

「いえ、そうではなくて……王子に、王子になってしまわれたのです」

「王が、王子に?どういうこと?」

 黒ドラちゃんを含め、みんなが不思議そうにミラジさんの答えを待っています。


「王は、ご自分の中であの大嵐を『無かったこと』にしてしまったのです」

 ルカ王は、数年の間に全ての息子を失いました。民の為に針の雨の中を走り回った王子達は、誰も長くは生き残れなかったのです。けれど、若き王子たちにはそれぞれに伴侶がおり、大嵐の前には次の世代につながる命もたくさん産まれていました。王子の子どもたちは、卵のまま大池の奥深くで守られ、大嵐を生き抜く事が出来たのです。

「だから、時間が経てばいずれ王子達の忘れ形見が王の前に現れて、王の御心を慰めるはず……そう、わしは期待しておりました」

 ミラジさんが金の瞳で遠くを見るようにして語ります。

「そうならなかったの?」

 黒ドラちゃんがたずねると、ミラジさんは悲しげにうなずきました。

「ようやく大池の中から出てこられた王はこうおっしゃたのです」


『自分はまだ若く結婚もしていない。それにカエルの姿は呪いだ。いずれ呪いが解ければ元の姿に戻れる!』


「ええっ、そんな!」

 黒ドラちゃんがびっくりして声を上げると、食いしん坊さんがそっと前足で押さえてきました。

「それで、王は王子に姿変えておられるのですな?」

「ええ。呪いが解ける日を、心待ちにされています」

「そんなことって……」

 黒ドラちゃんは驚くよりも、悲しい気持ちになりました。

「今の王は、ご自分の『呪い』に辻褄が合わないものをお認めにならないのです。せっかく生き残れた王子たちの忘れ形見もいつまでたっても卵のまま……」

「えっ、じゃあ、ひょっとしてルカ王の言ってる呪いって……」

「そうです、ご自分と国を『呪い』でしばりつけてしまっているのです」

「……」


 まわりで話を聞いていたスズロ王子もゲルードも、ブランでさえ言葉を失っていました。ルカ王は自分で『呪われて』いるのです。やはりそれを解くことは、とても難しいように思えました。


「で、おぬしは我に何を望んで参ったのじゃ?」

 オアシスの上から、ラキ様が声をかけました。ミラジさんはハッと顔を上げると、尻尾を大きく振り上げて懇願しました。

「女神様に『恵みの雨』を降らせていただきたいのです!大々的に、王の悲しみで曇った眼にもはっきりと映るように!」

「ふむ。出来ぬことではないが。それで果たしてルカ王とやらが呪いを解くであろうか?」

「わかりません!ですが、ダンゴロー英雄譚に謳われる女神様のお力があれば、王の『呪い』を打ち破ることも出来るのではと!」

「それで、このオアシスまで来たと?」

「は、はい。ダンゴロー英雄譚では、女神様にはしもべの黒い竜がいると。それで、黒い竜になれば女神様がお話を聞いて下さるかも、と思ったのですが」

 ミラジさんのすぐ傍には、濡れて破れてしまった翼が落ちています。

「しもべの黒い竜……」

 黒ドラちゃんがドンちゃんと顔を見合わせました。

「いや、我のしもべはそこなお調子者の橙色じゃぞ?」

 ラキ様に、尻尾の先に稲光を落とされて、ラウザーが「ぴゃっ!」と言って飛び上がりました。

「それでは、黒いしもべとは……蜘蛛の妖精の創作でしたか」

 ミラジさんががっくりと尻尾を落とします。

「それって黒ちゃんのことだろ?ダンゴローと一緒に冒険したのは、ラキ様じゃなくて黒ちゃんとモッチだもんな!」

 ラウザーの言葉を聞いてミラジさんが金色の目をキランッと光らせました。

「黒ちゃんとモッチとは?」キョロキョロと金色の目を動かします。

 黒ドラちゃんはため息をつくと、ボワンッと音を立てて竜の姿に戻りました。


「ラキ様のしもべ改め、古の森の古竜の黒です」

「ぶぶいん!」

 モッチも羽音でアピールします。

「おおっ!!古竜様!あの偉大なる古竜様ですと!?」

 ミラジさんの尻尾が大きく振られ、ビタンビタンと地面を激しく打っています。

 すぐそばでモッチが一生懸命ぶんぶん飛び回っていますが、目に入っていないようです。

「えっと、偉大かどうかはわからないけど、ダンゴローさんと一緒に冒険したのはあたしとモッチだよ」

「素晴らしい!」

 ミラジさんの尻尾がひときわ大きく振られました。

「恵みの雨の女神様は、伝説の古竜様のことをしもべにするほどのお力をお持ちなのですな!?」


 えっと、興奮してしまってお話をよく聞いてくれていないようです。



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