第220話-針の雨

 激しい風が草原を吹き抜け、草花をなぎ倒していきます。澄んで穏やかだった小川も、濁った水が荒れ狂う濁流となっていました。大嵐に襲われて、フラック王国では国民たちが悲鳴を上げながら逃げ回っていました。小さなケロール達にとって、硬い雹に当たれば命に関わる可能性もあります。

 ルカ王は国民を大池に集めました。他の小さな池と違って、大池は深さもありますし大小の蓮の葉が池を覆っていました。雹の衝撃を少しでも和らげるため、池の中に国民を集めたのです。それでも、逃げる途中に運悪く雹に当たってケガを負うものも少なからず居ました。

 大池の中に身を潜め、ルカ王とケロール達は雹の勢いが収まるのを待ちました。やがて、池の中に落ちてくる雹の粒は小さくなり量も減ってきました。意を決したルカ王が大池の中から顔をのぞかせると、外はまだ激しい雨と風でしたが雹は見えませんでした。雹の心配が無くなったことを国民に宣言すると、ルカ王は被害を確認するために、真っ先に池の中から出て行きました。

 大池にいたケロール達も、それぞれの池に戻り始めました。まだ風も雨もとても強かったのですが、カエル妖精であるケロールにとって、濡れることは何でもありません。むしろ、生き残れた喜びで各々歌を歌いながら棲み処へ急いだのです。



 けれど、本当の『最悪の出来事』は、その後にやってきました――



 うきうきと歩いていたケロール達が突然苦しみだしました。さっきまで聞こえていた喜びの歌に代わり、痛みに苦しむ泣き声があちこちから聞こえてきます。大池の蓮の上で、王子たちと一緒に被害状況を確認していたルカ王は驚きました。何があったのかと、王のそばに居た王子たちは苦しむ民の元へ走っていきました。けれど、その王子たちも、ルカ王自身も、すぐに自分自身の体の異変に気付くことになりました。


 雨に打たれると、体中に針で刺されたような痛みが走ります。ピリピリとした痛みが全身を襲い、目も開けていられません。ルカ王は蓮の葉から足を踏み外し、池の中に落ちました。走り出した王子たちも同様でした。苦しむケロール達に駆け寄ったものの、すぐに自分たちも苦しむことになりました。


「いったい、何があったの?なんでみんな急に苦しみだしたの?」

 黒ドラちゃんがたまらずにミラジさんにたずねます。


「それこそが『針の雨』の影響でした」

「雨?どうして雨で痛くなったり、苦しんじゃうの?本当に針が降ってきていたの?」

 黒ドラちゃんにはわかりません。そばで一緒に聞いていた食いしん坊さんが、黒ドラちゃんとドンちゃんに聞かせるように話し出しました。

「その雨には、植物を枯らす元が含まれていたんですよ。それがケロール達に痛みをもたらした」

「植物を枯らす元!?なんでそんなものが雨に入っちゃったの!?」

「滅多に無いことですが、大嵐によって海の濃い塩分が風雨で運ばれてくることがあるのです」

 ゲルードも教えてくれます。

「海?だってバルデーシュで海があるのはこの南の砦の近くだけでしょ?」

「そうだね、でも、大嵐の時にはとても強い風が吹く。その風が、時には海の塩を運んでしまうんだ」

 ブランも黒ドラちゃんにもわかるようにゆっくり話してくれました。

「でも、でも……」

 黒ドラちゃんには想像出来ませんでした。塩を含んだ雨が、針のように痛みをもたらしながらカエルたちに襲い掛かる光景が。

 ミラジさんは、ちょっとの間目を伏せていましたが、再び金色の瞳を開くと、当時を思い出しながらゆっくりと話を続けました。

 大嵐によって引き起こされた塩害『針の雨』によって、フロック王国は壊滅的な被害を受けました。針の雨に降られた植物はほとんどが枯れてしまいます。池の水も、すっかりしょっぱくなってしまい、ケロール達は棲み処も失ってしまったのです。そして、雨に打たれた国民の多くが病を抱えることになりました。命は助かっても長く患うものが出てきたのです。


 それは王族も同じでした。


 あの時、王子たちは自分たちも雨を浴びながら、少しでも多くの国民を救うために走り回りました。草の陰、木の陰、少しでも雨の少ないところに皆を導き、その結果、より多く雨を受けてしまったのです。


「ルカ王はどうなったの?」

「ルカ王は池に落ちたことが幸いしました。長く雨に打たれずに済んだのです。そして少しの患いの後で回復なされました」

「そっか、なんとかケロール達は生き残れたんだね?」

「そう、そうなのですが……」

 ミラジさんは、まだ何か打ち明けていない事情があるようです。


 ブランが昔を思い出すように、オアシスの花にそっと触れます。

「大嵐の後、バルデーシュでは塩害から国を回復させるために、みんなで力を合わせたんだ。僕たちも協力して元の緑豊かな国を取り戻した」


「そう言えばそのようなことがあったな」

 ラキ様がしんみりとうなずきました。


「あの時は、海も荒れてさ。ナゴーンでもずいぶん被害が出たって言ってたよ」

 ラウザーが尻尾を握りしめながら悲しそうに言いました。この場で、その時のことを実際に知っているのはブラン、ラキ様、そしてラウザーだけです。あ、いえもう一人……じゃなくてもう一匹。

「バルデーシュの皆様には感謝しております。大嵐の後で再び池に棲む事が出来るようになったのは、皆様のおかげです」

 ミラジさんがブランやラウザーに頭を下げます。

「どういうこと?」

 黒ドラちゃんが不思議そうにたずねると、ブランが教えてくれました。

「大嵐の後で、僕やラウザー、そしてマグノラも協力して、魔力で塩害を取り除いたんだ」

「へー、すごいね!」

「マグノラが塩を養分にする植物の種をどこからか手に入れてきて、それをそこいらじゅうに植えた」

「ブランは塩を集めて石に変えて、取り除きやすくしたんだよな?」

 ラウザーが嬉しそうに尻尾を振って話します。

「お前は大雨で浸水した地域を乾かしてくれたよな」

「本当に、みんなで力を合わせて活躍したんだね!」

 黒ドラちゃんに褒められて、ラウザーの尻尾が大車輪のように回っています。

「でも、バルデーシュの回復にかなり手間取って、周りの国に目を向けるまでにずいぶん時間が経ってしまったんだよ」

 ブランが申し訳なさそうにミラジさんを見ました。

「いえ、あの時、フラック王国は国としては瀕死の状態でした。竜の皆様が助けて下さらなければ、あのまま滅びていたでしょう」

 ミラジさんがゆっくりと首を振りながら話してくれました。

「竜の皆様のお力によって池の水がどんどん回復していくにつれ、王もケロール達も病は癒えました。しかし、王のお気持ちの方は……」

 うつむくミラジさんに、黒ドラちゃんが元気づけるように話しかけました。

「でも、王子様たちも助かったんでしょう?その中の誰かが自分は呪われている!って言い出したの?」

「ぶいんぶいん!」

 モッチも、再び元気に飛び始めました。そうです、王子様のお話だから飛び出してきたんですものね。どこで準備したのか、黄色の大きなはちみつ玉を抱えています。カエル妖精の王子様にあげるつもりのようです。










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