第219話-呪われた王子様

 その時、みんなの後ろから声がかけられました。

「フラック王国が本当に現存していて、何か困ったことになっているのなら、私が話をきちんと聞くべきだろうね」

 スズロ王子です。カモミラ王女と一緒に鎧の兵士さんたちに囲まれていますが、お話は全部聞いていたようです。

「王子!」

 ゲルードがあわてて駆け寄りました。

「しかし、この茶砂トカゲの話が本当かどうか……それに恵みの雨を降らせたのがこのラキ様だということをいったいどこで聞きつけたのか」

 ゲルードが不審そうにミラジさんを見ると、すぐに尻尾を振りあげて答えてくれました。

「かの有名なダンゴロムシの勇者です!女神様のお力により金の剣を取り戻し、空の悪魔に打ち勝ったという!」

 ミラジさんが金色の目をキラキラさせながら、ラキ様の方へ身を乗り出します。とたんにラウザーが再び立ちはだかってミラジさんの視線を遮りました。

「ダンゴローのやつ、いい加減な話するなよなー、もう!金の剣とか空の悪魔とかさ、ずいぶん盛られてないか?」

「あ、いえ、もちろん勇者ダンゴローから直接聞いたわけではございません。妖精の世界の吟遊詩人から聞いた話でございますが……」

「えっ、妖精にも吟遊詩人ているの!?」

 黒ドラちゃんはびっくりして、思わずラウザーを押しのけて聞いちゃいました。

「はい、わしが聞いたのは蜘蛛の妖精の歌で、それはもう地味でも大冒険な――」

「ちょっと待って。ダンゴロムシの話が広まっているのはわかったけど、さっき言ってた『王子が呪われてる』っていうのはどういうことなんだい?」

 ブランはさりげなく黒ドラちゃんとミラジさんの間に入ると、逸れた話を元に戻しました。気付けば、いつの間にかカモミラ王女の花束から出てきたモッチが、ブランの頭の上に移動しています。

「王子様」っていう単語に敏感に反応したみたいですね。

 ブランの言葉にうなずきながら「さあ、王子様の話をしなさい!」とばかりにぶんぶん羽を鳴らしていました。


「はあ、実は王……子は『呪いで自分はカエルにされてしまったのだ』と……」

「カエル?カエルさんにされちゃったの!?」

 ミラジさんの言葉を聞いて、黒ドラちゃんもドンちゃんもびっくりしました。まわりのみんなからも、声こそ出ませんでしたが驚いた雰囲気が伝わってきました。


「ねえ、助けに行こうよ!王子様を元の姿に戻してあげようよ!」

 黒ドラちゃんがそう宣言すると、ドンちゃんもうんうんとうなずいてくれました。モッチも「王子助けるんだー!呪いを解いて元の姿に戻すんだー!」とばかりに、ミラジさんの周りをぶんぶん飛び回っています。なのに、それを聞いてもなぜかミラジさんは浮かない顔をしたままです。

「はあ……それがその……」

「なに?まだ何か困ったことがあるの?」

 このさい出来ることなら何でもしてあげようと、黒ドラちゃんが勢い込んでたずねると、後ろから遠慮がちな声がかけられました。


「黒ドラちゃん、それは難しいと思うよ。『王子の呪いを解く』のは」


 そう言いながらスズロ王子がミラジさんの前に出てきました。カモミラ王女も、そっと側に寄り添い呟きます。

「そうね、かなり難しいと思うわ」

 王女の言葉にゲルードも、コレドさんたち砦の人たちも黙ってうなずいています。

「どうして?そんなに呪いって強いものなの!?なんで助けに行く前から諦めちゃうの!?」

 黒ドラちゃんがそう言ってみんなの顔をぐるっと見回します。するとブランが黒ドラちゃんの肩にそっと手を添えて静かな声で言いました。


「誰にも解くことは出来ないんだよ」

「どうして!?あたしたちみんなで力を合わせたら出来るかも知れないでしょ!?」

 黒ドラちゃんの若葉色の瞳が涙で潤みだします。ブランはあわてて言いました。

「いや、そうじゃないんだよ、黒ちゃん。王子はカエルなんだ」

「うん、だから、助けに、」

「違うんだ、元々カエルなんだよ。フラック王国はカエルの国なんだ」

「え、ええっ!?」

 黒ドラちゃんはびっくりして涙が引っ込んでしまいました。


 確かめるようにミラジさんを見ると、ため息をつきながらうなずきます。

「そうなのです。呪いではなくて、王子は元々カエル。そうカエル妖精の国なのです、フラック王国は」

「ええ~~~~!?」

 いったいどういうことなのか、驚く黒ドラちゃんにミラジさんがお話をしてくれました。




 フラック王国はバルデーシュの東の端にある小さな国でした。そこにはカエルの妖精であるケロールたちが棲んでいました。緑豊かな平原には澄んだ小川が流れ、ルカ王を含めた王族が棲む大きな池と、国民であるケロールたちが棲む小さないくつもの池がありました。小さいながらも平和で美しい国では、誰もが幸せに暮らしていたのです。


 その幸せな日々は、ある日突然、終わりを告げました。当時、バルデーシュでもあちこちで大きな被害を出した大嵐が原因でした。激しい風に雷と雨、大きな雹(ひょう)も降りました。しかし、なによりケロールたちを打ちのめしたのは『針の雨』でした。

「え、なにそれ、そんな怖いものが降ってきたの?」

 黒ドラちゃんがびっくりしてブランにたずねると、ブランが難しい顔をしてうなずきました。ゲルードが後ろから教えてくれます。

「あの大嵐の時にはバルデーシュでも多くの被害が出たと聞いております」

「そうだね、父の生まれる前だったそうだけど、おじい様の代では一番の困難な出来事だったと聞いているよ」

 スズロ王子も教えてくれました。

「それでも、バルデーシュは……まだましだったでしょう」

 ミラジさんが辛そうにつぶやくと、周りのみんなも黙り込んでしまいました。

「フラック王国だけ、何かもっと大変なことがあったの?」

 黒ドラちゃんがたずねると、ミラジさんが遠い目をしながらお話の続きをしはじめました。





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