デサンのひとりごと-後編
スズロ王子が少しだけ困ったような、けれど優しい微笑みを浮かべて話し始める。
「ポポンがデサンに肖像画を描いてほしいと言うんだ」
「ポポン、様ですか?」
王子の肩にはフワフワと可愛らしく揺れるタンポポの綿毛のような髪をした小さな男の子が乗っていた。
「そ、そちらの方でしょうか?」
「ああ、やはり見えるようになったんだね?そう、これはタンポポの妖精のポポンだよ」
「あの、なぜ見えるようになると?」
「だって、クマン魔蜂からあれほど気に入られたのだもの、妖精たちが放っておくわけないだろうな、と思ったんだ」
「モッチ殿に気に入られたから、ですか?」
「クマン魔蜂は滅多なことでは初対面の人間にはちみつ玉をくれたりしないからね。そして、妖精たちはモッチのつくるはちみつ玉が大好きなのさ」
「はあ……」
「デサンから良い匂いがするんだろう、多分」
「良い匂い……はちみつ玉の香りがついているのでしょうか?」
「味見してみたんだろう?」
「えっ、はあ……少しだけ」
そう、ついつい好奇心にまけて舐めてしまった。えもいわれぬ甘さ、ふわりと広がる香り。しかし、はっと我に返りあわてて水で洗ってガラスの瓶にしまったのだ。この年で飴玉のようなものに心奪われるなど、誰にも知られていないと思っていたのに。
「妖精たちが騒いでいたんだ、デサンに会いたいって」
「えっ、ポポン様だけでなく?」
「ああ、きっと、これからデサンのところに現れるんじゃないかな?」
茫然としながらも、ポポン様の絵を描くお約束をしてその場を失礼した。
城の中の通路を歩いていて、ふとあたりが騒がしいことに気付く。見渡すと、城のあちこちにフワフワ、キラキラしたものが漂っている。今まで気づかなかったことが不思議なほどだ。フワ~ンと薄桃色の羽をもった蝶くらいの大きさの可愛らしい女の子が飛んでくる。つんつんと服をぴっぱられて、なんとなく連れて行かれた先には、様々な色のバラの花が咲き乱れた花壇があった。花の上をフワフワと舞い、時々ポーズをとっている。
すると、横から黄色いの羽の小さな男の子が現れた。髪を1房つまんで、こっちへ来いと促す。ついていくと甘い香りがしてきた。金木犀だ。木のそばまで行くと、同じような黄色い羽根の小さな妖精たちが大勢現れた。みな、思い思いにポーズをとっている。
と、そこへ今度は白い羽を揺らして、新たに小さな妖精が現れた。さっきまで引っ張られて飛び出していた髪の毛をつかんで、別な方へ連れて行こうとする。
「あ、あの……」
なんとも困惑していると、後ろから声をかけられた。
「まあ、そんなに次々とお願いしたら、デサンが困ってしまうでしょう?」
振り返ると、王妃様がたくさんの妖精を引き連れて、優しく微笑んで立っていらした。
「王妃様!」
慌てて礼をとろうとすると笑顔で止められた。
「ごめんなさいね、妖精達が次から次へとお願いにきて、困らせてしまっているでしょう?」
「い、いえ、そのようなことは……」
無いとは言えない。たった今、思いっきり困っていたところだ。
「なにせ、妖精達の間で大変な評判になっているのよ」
「は、はい?」
「『地味で冴えないことで有名なダンゴロムシ妖精を、この上なく魅力的に描いた!』って。もう、大騒ぎなの」
「そ、そのようなことに……!」
「自分たちも描いてもらいたいって、妖精達が列をなしていて」
そう言って王妃様は微笑みながら後ろを振り返る。ま、まさか、後ろでひしめき合っている妖精達全部が?いや、まさか。
「もちろん、王が描かせたような大きな物でなくて良いのよ。スズロが頼んだような、小振りの物で」
……何もかも把握していらっしゃる。その上でのご依頼となれば、最早断ることなど出来るはずもなく……
あの絵――
あの絵を描いてから、私の周りはすっかり変わってしまった。モッチ殿の目に叶うようにと描いた一枚が、私の運命を変えた。今、私は『妖精達からも愛される、国一番の画家』と呼ばれ、非常に多忙な日々を過ごしている。
私は運が良いのではないと知った。
ものすごーーーく、運が良いのだ。
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