第178話-アズールの告白
「それで、どうしてうちに来たんでしょう?王子は何か目的があってうちの工房へ?」
少し落ち着いてきたおかみさんが、アズール王子にたずねました。みんなも知りたかったことなので、ゲルードもおかみさんを止めずに成行きを見ています。
「それは……」
アズール王子は話すかどうか迷っているようでした。
「キキキー!」
グラシーナさんの胸元にいたキーちゃんが、パタパタと王子のもとへ飛んできて、胸に止まりました。
「キキ、キキキー」
王子に何か訴えているようです。
「そうだね。うん。君の言うとおりだ。皆さんにはきちんと話すべきだね」
王子はそう言ってキーちゃんを優しく撫でると、皆の顔をぐるっと見回しました。
そしてゆっくりと思い出すように、国を飛び出した時のことを話し始めました。
「ご存知のように、私の父はドワーフです。国民も大半がドワーフで、あとはこの子のように森に住む動物たちも国の民と言えるでしょう」
王子が胸元のキーちゃんを優しく見つめました。
「私の母は、この国の出でした」
王子の言葉に、テルーコさんが椅子をガタンと鳴らしました。みんなが一斉に見つめましたが、テルーコさんは何事もなかったように「失礼」と言っただけでした。
「ドワーフのイメージと言えば、頑固で力強く器用、濃いヒゲとがっしりとした体つきでしょうか?」
アズール王子の言葉にみんながふんふんとうなずくと、王子が苦笑しました。
「……そう、私が持っていないモノばかりです」
黒ドラちゃんはびっくりして思わず「いや、髭はけっこうもじゃ……」と言いかけて、ドンちゃんにワンピースの裾を引っ張られました。ここは黙ってお話を聞く場面のようです。
“アズール王子にはモノ造りエステン国の王は務まらないだろう”
「国の内外で、そう噂されていることを、私も知っていました」
「キキキー!」
キーちゃんがそんなことないよ!と鳴いたようです。王子は優しく撫でて「ありがとう」と言うと話を続けました。
「けれど、父は私を後継者に指名してくれました。それは本当に嬉しかった」
王子はその時のことを思い出したのか淡く微笑みました。
「でも、いざ、自分がいずれ王になってこの国を治めるのだと考えたら、たまらなく怖くなりました」
――自分には、王たる資質が何も無い。
「あの時は、そんな風に気持ちが追いつめられてしまって」
「それで、森を抜けてバルデーシュに来ちゃったの?」
黒ドラちゃんがたずねると、王子は静かにうなずきました。
「初めは、母が若いころに働いていた工房を訪れようかと考えていました」
王子はそこで言葉を切って、テルーコさんを見つめました。
「けれど、魔文字で装飾され洗練された入口を見て、なんとなく気後れして入れなかった」
「えっ、それってそれって!?」
黒ドラちゃんは王子とテルーコさんを交互に見てつぶやきました。
「エステンの王妃がロド王に見初められたのは、テルーコの店で接客を担当していた時らしいです」
ゲルードがさりげなく小声で補足してくれます。
「くっ……洗練か?洗練がいけなかったのか?!……」
テルーコさんが残念そうにつぶやいています。グラシーナさんはそんな師匠の背中をポンポンしています。でも、その表情は同じく残念そうです。
「それで、なんとなく王都をウロウロしている時に、工房街でペペルさんの作ったおくるみを見たんです」
途端に、コポルさんとおかみさんの顔が誇らしげに輝きました。
「見ていたら、なんだか胸の中がほんわかしてきて。立ち去れなくて、思わず店の中に入っていました」
その気持ちわかるなあ、と黒ドラちゃん達はうなずきました。そんな中でグラシーナさんの表情は複雑そうです。ペペルに敗れた夏祭りの時のことを思い出しているのかもしれません。
「工房で、おかみさんやコポルさん、あのおくるみを作ったというペペルさんと話をしているうちに、ここで一緒に働きたい、と強く感じたんです」
「感じた?」
グラシーナさんが聞き返しました。
「ええ、考える、というよりは、感じたというのが一番近いのです」
「感じた……」
グラシーナさんは今度は考え込むようにつぶやきました。
「あの時は身寄りが無いって、えっと、言ってらっしゃいましたよね?」
おかみさんは、思わずアズール王子に話しかけてから、あわてて敬語を使っています。
「ええ。すみません。住み込みで働かせてもらえることになって、とても助かりました」
アズール王子はまたおかみさんとコポルさんに頭を下げました。
「いや、そんな」
「うちの狭くて汚い二階に、王子様が住んでたなんて!どうしよう!?」
コポルさんもおかみさんもあわあわしています。
「いや、汚くは無かったですよ。私には快適でした」
アズール王子が二人に微笑みかけると、コポルさんとおかみさんはホッと息を吐き出しました。
「真面目だったものねえ。ああ、良い職人が来てくれた!と思ってたけど……」
「王子様じゃあなあ……」
二人とも本当に残念そうでした。
「本当に、とても貴重な体験をさせていただきました」
アズール王子が真剣な表情でコポルさんたちに向き合いました。
「もし、あの時おかみさんから織機の修理を頼まれなかったら、今でも職人見習いのアズロのままでいたかもしれないです」
王子の言葉に、おかみさんが首をかしげました。
「織り機の修理?」
「ええ、そうです。あの時、はっきりと自覚したのです」
そう語るアズール王子の声には、さっきまでは無かった力強さがあふれていました。
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