第179話-みんな口下手

「織り機の修理をしている時、自分でも不思議なほどワクワクしました、楽しかった」


 みんなは黙って王子の話を聞いています。


「修理を終えて、織り機が軽快に動き出した時には、心の中で快哉を叫んでいました」

「あたし、あの時何か口走っっちまったよね?」

 おかみさんが何かを思い出そうとしていました。


「『ドワーフみたい』って言われたんです」

「そうだった!す、すみません、エステンの王子に向かって失礼な……」

 おかみさんが肩をすぼめて小さくなると、王子は首を振りました。

「いえ、あの一言で、自分の中でぼんやりとしていたものがはっきりしたんです」

「ぼんやりしたもの?」

 おかみさんが不思議そうに聞き返しました。

「ええ、見た目こんなでも、私も紛れもなくドワーフだという事実です」

「じゃあ、あれで傷ついたってわけじゃ?」

「逆です。おかみさんの一言のおかげで、自分の中に確固たる自覚が出てきました」

 アズール王子の瞳がキラキラと輝いています。

「自分にもモノ造りの血は流れている、と」

「キキキー!」

 その通りって言うように、キーちゃんが嬉しそうに鳴きました。

 王子は優しくキーちゃんを撫でました。


「父に、王に、真っ先にそのことを話したくなりました」

 そう言って、ふっと息を吐き出すと、少し肩を落としました。

「でも、勝手に飛び出した挙句に手紙ひとつ送らずに半年以上経つのです。会わせる顔がありません」

「キキー」

 キーちゃんが励ましたようです。

「会わせる顔どころか、このまま国を追い出されても仕方のないことをしました」

 王子の声は沈みました。


「それで、あんな風に取りつかれたように仕事にのめり込んだのかい?」

 おかみさんが敬語も忘れて聞いています。

「仕事をしている間は、自分の中のドワーフとしての自覚と誇りを忘れないでいられるような気がして」

 王子は一瞬瞳に力を漲らせましたが、すぐに遠い目をしました。

「でも……やはり許されないでしょうね」


「や、や、そんなことあるもんかい!!」

 黙って聞いていたコポルさんが、突然声を張り上げ立ち上がりました。

「自分の息子が跡取りとして修業を積んで、腕を磨いて帰ってくるんだ、それを喜ばない親がいるもんか!」

 言い切ってから、ハッとして「す、すんません」と椅子に座り込んで小さくなります。

「職人ていうのは、口下手が多いものです」

 それまで成行きを見守っていたテルーコさんが、誰に言うでもなくつぶやきました。

「そうそう、うちの人だって、それで何回大きなお得意さんを逃がしたか!」

 おかみさんが大げさな身振りでコポルさんの背中をバシンと叩きました。みんなが思わず笑い声を上げ、場の雰囲気が少しだけ明るくなります。

 それまで黙ってみんなの話を聞いていたゲルードが、王子に話しかけました。

「アズール様がお生まれになる時、ロド王が華竜様の森へ御祈りにいらしたことはご存知ですか?」

「父が!?」

 アズール王子の声には驚きと喜びが表れていました。

「ロド王も本当は優しいけど、職人さんと同じでなかなか口にできないだけかもね?」

 そう黒ドラちゃんが言うと、ドンちゃんもうんうんと横でうなずいています。

「アズール様、どうか国に戻り、ロド王に今のお気持ちをお伝えください」

 ゲルードに言われて、アズール王子は黙って考え込んでいるようでした。


 コポルさんは、王子にそばに立つと優しく話しかけます。

「きっと、今のアズロ、じゃなくてアズール様の姿を見たら、ロド王は誇らしく感じますよ。あなたは帰るべきです」

「まあ、うちはちょっと淋しくなっちゃけどね」

 おかみさんも笑顔で付け足します。その言葉にアズール王子はひげモジャの顔をくしゃりとさせ涙ぐみました。


「私は、本当に……貴重な、とてもありがたい経験をさせていただきました」

 そう言って立ちあがると、コポルさんとおかみさんと三人で抱き合いました。王子の胸元から飛びたったキーちゃんが、嬉しそうにその上をパタパタ飛びまわっています。


「やはりうちでは無理だったかもしれんな」

 三人の姿を見ながら、テルーコさんはひそかにためいきをつきました。






 アズール王子はエステン国へ帰ることになりました。『バルデーシュで技術を学ぶためにお忍びで来ていた王子が、半年間の技術留学を終えて戻る』公式にはそういう設定になったようです。帰る時には一国の王子を送るにふさわしい、華やかな隊列が組まれて見送りが行われました。

 馬車の中で揺られながら、アズール王子はロド王にどんな風な言葉で伝えようかと悩んでいました。ロド王と話すということは、以前であれば萎縮するだけの行為でしたが、今は違います。


 ――伝えたい


 父であるロド王から見守られていたのだということを知り、今までとは違う力のようなものが湧いてきます。何かに背中を押されるように、王子は前をまっすぐに見つめ、母国への道を進んでいきました。

 霧の森を抜け王子は城に戻りました。王子の姿を見ると、城の者はみなビックリして目を見開きました。何しろ、国を飛び出す前のアズール王子は、ひょろひょろして顔は青白く、髭もうっすらとしか生えていませんでした。今の王子は少しだけですががっしりとした体つきになり、髭もモジャモジャです。何より、いつも俯きがちだった視線が、まっすぐに前に向けられています。


 王子は、まっすぐにロド王の待つ部屋に通されました。部屋の中央に、ロド王はいつも通りに不機嫌そうな顔をして座っていました。


 飛び出す前はあれほど威圧的に感じていたそのしかめ面……アズール王子は何とも言えない懐かしさを感じていました。

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