第177話-アズロの正体

 アズロは顔を上げ、コポルさん、おかみさん、そして部屋に集まったゲルードや黒ドラちゃん達をゆっくりと見回しました。


「本当に、私のせいでたくさんの方にご迷惑をかけてしまいました」

「それから、君にもね」

 アズロの目線の先には、グラシーナさんの胸元に戻され、ブローチのふりを一生懸命続けるキーちゃんがいました。


 アズロの言葉に、コポルさんとおかみさんはますますわからないという表情を見せました。

「どういうことなんだい?アズロ。お前、何かまずいことでも……」

 コポルさんが心配そうに話しかけると、テルーコさんに止められました。

「まずは座ってください。簡単な話ではないのです。アズロ……さんも、それでよろしいですな?」


 アズロ、いえ、アズール王子がうなずきました。みんなが席に着こうとしたとき「ぶいいい~~~ん!」と大きな羽音を立てて、モッチがアズール王子の目の前に飛び出しました。

「おっと」

 アズール王子がちょっとだけ目を見開きました。

 さすが王子様、驚き方も優雅です。

「ぶぶ、ぶい~ん!」

「モッチ、ちょ、ちょっと!ダメだよ!」

 黒ドラちゃんがあわてて止めましたが、モッチはアズール王子に夢中になっていて言うことを聞いてくれません。

 アズール王子は、ヒゲもじゃだけど目はフジュのはちみつ玉のように澄んだ深い紫色。優しく見つめてくるそのまなざしに、ステキ!ステキ!とモッチはうっとりしています。

「ぶぶい~~~ん」と、はちみつ玉を持って夢見るようにフワフワと王子の周りを回りました。


「あ、君がはちみつ玉を作ってくれたクマン魔蜂さんかな?」

 低めの声も、落ち着いていて優しげです。

「ぶいん!」

 モッチが大きく羽音で答えます。

「ありがとう。おかげですっかり体調も戻ったよ」

 王子は優しく微笑むと、モッチに手の平を差し出しました。

「ぶ、ぶっ?」

 突然の王子様の「ここへどうぞ」攻撃に、モッチはすっかりメロメロになりながら手の平へ降りました。

「ぶ、ぶいん」

 持っていた特製はちみつ玉を王子に差し出します。


「ありがとう。これも君が作ってくれたんだね?とても良い匂いだ」

 王子ははちみつ玉を受け取ると、甘い匂いを吸い込みました。


 そして、ふっとグラシーナさんへ目をやりました。はちみつ玉のおかげで、先日彼女がお見舞いに来てくれた時のことを思い出したようです。グラシーナさんもちょっと頬を染めて王子を見つめ返します。

「ぶぶ!?」

 とたんに、モッチは漂う熱い気配を察知して王子の手の平から飛び上がると、二人の視線を遮りました。


「おっと!失礼、ぼんやりしてしまいました。皆様、少し窮屈かもしれませんが、席へどうぞ」

 それまで黙って見守っていたテルーコさんが、すかさず皆をうながします。そして、さりげなくグラシーナさんを王子から一番遠い席へと座らせました。



 席に着くと、まずアズール王子は改めて先日のお礼を言いました。離れた席からグラシーナさんが静かにうなずきます。モッチは、王子の前のテーブルの上に陣取っています。すぐ目の前の王子を見上げ、嬉しそうに羽音を鳴らしました。


 アズール王子は少しためらうような表情を見せた後、コポルさんとおかみさんに向き直りました。

「コポル師匠、おかみさん、申し訳ありません。私は身分を偽っていました」


 コポルさんとおかみさんは顔を見合わせました。コポルさんがおそるおそるゲルードにたずねます。

「あの、アズロは何かやっちまったんでしょうか?ここにいる皆さんにご迷惑をおかけするようなことを……」

 アズロがお尋ね者か何かだと勘違いしたようです。

「あの、何ならあたしたちが身元保証人になってやっても良いんだよ?お前は本当に真面目だもの、ね?」

 おかみさんも同じくアズロをかばうような言葉を続け、コポルさんとうなずき合っています。

 アズロは苦笑してから、もう一度二人に頭を下げました。

「お二人のお気持ちはありがたいです。そして、本当に申し訳ありません」

 そう言ってから、顔を上げると、はっきりと名乗りました。


「私は、隣のエステンのアズールです」


 コポルさんは一瞬キョトンとしたあと、みるみる青ざめました。

「エステンのアズールって……王子、じゃないか?え、アズロは王子だって言うのかい?」

 おかみさんと二人で周りのみんなをキョロキョロと見回しましたが、誰も否定しません。


「身分を偽りコポルさんの工房でお世話になっていました。申し訳ありません」


 アズール王子の言葉に、コポルさんは口をパクパクさせながらも声が出てこないようでした。

「エステンって言ったら、王様はドワーフのロド様だよね?」

 おかみさんが横から小声で聞いていますが、コポルさんはゴクリとつばを飲み込んだだけで答えられません。仕方なく、おかみさんはアズール王子にたずねました。

「ロド王はこのことは知ってるの?、じゃなくて、ご存じなのでございますでしょうか?」


 アズール王子は黙ってゲルードを見ました。


 ゲルードはアズール王子に軽くうなずくと、おかみさんとコポルさんに向かって話し始めました。


「王子がコポル工房へ身を寄せていることは、ロド王は早くからご存知でした」

「まあ!」

 おかみさんがびっくりして大声を上げてコポルさんにたしなめられました。


 ゲルードは他のみんなのことも見回すと、再び話を続けました。


「王子はご事情が御有りだったらしく、非公式で我が国へお出ででした」

「……」

 アズール王子は黙って聞いています。

「ロド王は、我が王に静観をお願いされました。王子がいらしてから、コポル工房の周囲は私の部下が警備に当たっておりました」


 これには王子も驚いたようでした。コポルさんとおかみさんも目を真ん丸にしています。

「警備って……そんなもんいたかい、あんた?」

「いや、俺だってわかんねえよ」

 二人でこそこそと話し合っています。


「もちろん、王子や工房の皆さんには気づかれないように気を付けておりました」

 ゲルードがそう言うと、コポルさんはそう言えば、と思い出したようです。

「うちの周りに屋台が増えたなあ、と思ってたんだよ」

「そう言えば、最近は昼飯が色々選べるって、ペペル達が喜んでたわよね」

 二人がゲルードを見ると、うなずきました。


「ほとんど私の部下ですな」

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