9章*迷ってばかりで進めないんだ!?の巻

第165話-か、可愛い……!

 今日も古の森はお天気です。空は青く木々の緑は鮮やかで、黒ドラちゃんの背中の魔石の鱗もキラキラです。エメラルド色の湖の上を、さわやかな風が吹き渡ってきます。

 湖のほとりの大きな大きな木の洞のそばで、黒ドラちゃんは大きく伸びをしました。こんな日にはノラプチウサギのドンちゃんを背中に乗せて、森の上をお散歩したくなります。ウキウキしながら今日の予定を考えていた黒ドラちゃんは、湖の真ん中の方から何かバチャバチャと音がしているのに気づきました。気になって飛んで行ってみると、そこには黒っぽい小さな生き物がいました。


「キ、キキーーーーーッ!」


 どうやら溺れているようです。黒ドラちゃんはすぐに手を伸ばして水から出してあげようとしました。ところが、黒い生き物は黒ドラちゃんを怖がって、滅茶苦茶に暴れ始めました。せっかく黒ドラちゃんが掬い上げても、手の中からすぐに落ちてしまいます。


「ちょ、ちょっと暴れないで!今、助けてあげるから!」

 そう言って一生懸命助けようとするのに、何度も何度も手の中から水に落ちて、小さくて黒い生き物はだんだん動きが鈍くなってきました。


「キ、キ……」


 とうとう水の中に沈んでいきます。黒ドラちゃんはあわてて湖に潜ると、動かなくなった小さくて黒い生き物を手の中にしっかりと閉じ込めて、水から飛び出しました。そのまま洞の前まで飛んでくると、そばにあった切り株の上に小さくて黒い生き物をそっと乗せました。


「……」


 小さくて黒い生き物は全然動きません。


「どうしよう、死んじゃったのかな?」

 悲しくなって切り株の前でうなだれていると、後ろから「黒ドラちゃん、おはよーっ!」と元気な声がかけられました。


「ドンちゃん!」


 黒ドラちゃんは振り向くとすぐにドンちゃんにすがりつくようにたずねました。

「ど、ど、どどうしよう!ドンちゃん、あの子溺れちゃったみたいなの!」

 そう言って黒ドラちゃんが切り株を指さすと、ドンちゃんが前に出てきます。


「この……子?湖で溺れてたの?」

「うん!助けようとしたら余計に暴れて、水をいっぱい飲んじゃったみたいで、全然動かないの……」


 黒ドラちゃんがグスグス言いながら、小さな黒い生き物をそっと手の平に乗せます。ドンちゃんは、小さな黒い生き物に近づいて良く見てくれました。

「うーん。お腹も膨れていないし、良く見たらスピスピ息もしているから、多分大丈夫じゃないかな?」

 一通り様子を見てからドンちゃんが言いました。

「ホント!?」

「うん。多分お水を飲んじゃったから溺れたんじゃなくて、体が濡れて寒くなっちゃったんじゃないかな?」

「そうなの?」

「あたしもお水に入るのは苦手だから、多分この子も同じじゃないかな、って」

「そっかあ。じゃあ、温めてあげれば元気になるかな?」

「そうだね。とりあえず枯草で体を拭いて、それからブランの魔石で暖めてみない?」

 そういうとドンちゃんはそばに落ちている枯草をせっせと集め始めました。黒ドラちゃんは、やっぱりドンちゃんてすごいなあと思いながら、洞の中に魔石を取りに行きました。

 ドンちゃんが枯草で体を拭いてあげて、黒ドラちゃんが橙色の魔石の上に乗せてあげると、小さな黒い生き物が「キ、キー」と小さな声で鳴きました。

「あ、声出した!良かった!動いた!動いた!」

 黒ドラちゃんは嬉しくて切り株の周りで飛び跳ねました。


「ねえ、黒ドラちゃん、この子何だろうね?」

 モゾモゾと切り株の上で動き出した生き物を見ながらドンちゃんがつぶやきます。


「あのね、さっきバチャバチャやっている時に見たけど羽があったよ。薄くて大きくて、爪が付いてた」

「大きな羽?こんな小さな体に?」

 ドンちゃんが首をかしげています。切り株の上の小さな身体はキュッと丸まっていて、本当はどういう形をしている生き物なのか、よくわかりません。


 小さな生き物の体は、短くて柔らかそうな黒に近いこげ茶の毛で覆われています。黒ドラちゃんは撫でて見たくなりました。そっと指を出して頭を撫でると、途端に「キキッ!」と鳴き声がして、黒ドラちゃんの指に小さな生き物がカプっと噛みつきました。

「あっ!」

 びっくりしたドンちゃんが、あわてて小さな生き物を黒ドラちゃんの指から外そうとして止められました。

「大丈夫。あたしは全然痛く無いよ。むしろこの子の牙が心配だなあ?」

 黒ドラちゃんが心配そうに見つめます。黒ドラちゃんの指に噛みついたまま、小さな生き物は必死にキーキー鳴いていました。さっき黒ドラちゃんが言っていた、羽についている爪で黒ドラちゃんの指につかまっています。そのうち疲れてしまったらしく、カパっと口を開けて黒ドラちゃんの指を放しました。ピンク色の小さな舌をちょろっとのぞかせて、口元をムグムグやりながら、黒ドラちゃんのことを上目づかいに見ています。小さなお顔には、薄くて角の丸くなった三角形のお耳と、黒くてクリッとした小さなお目々が付いていました。


 黒ドラちゃんとドンちゃんは、ほとんど同時に言いました。


「か、可愛い……!」


 黒ドラちゃんもドンちゃんも、すっかりこの小さな生き物に夢中になってしまいました。指を出すとまた噛みつかれるかもしれないので「よーしよし怖くないよ~?」なんて話しかけています。でも、小さな生き物はそんな言葉がわかっているのかいないのか、再び魔石の上で丸くなると目を閉じてしまいました。


「ねえ、ドンちゃん、この子何だろうね?」

「うーん……野ねずみさんみたいなお顔だけど、羽と爪があるところ見ると、鳥さん?……かなあ」

「鳥さんかあ。じゃあ飛べるのかな?」

「どうだろう?飛べるならどうして湖に落ちていたのかな?」

「そうだよねえ……」


 とにかく、わからないことだらけです。

 切り株の前でああでもない、こうでもないと話していると、森の中からぶい~んと大きな羽音が聞こえてきました。


「あ、モッチ!」


 クマン魔蜂のモッチがいつものように大きなはちみつ玉を抱えて、森の奥から飛んできました。モッチが黒ドラちゃん達のところへ近づくと、甘い匂いが漂います。


「モッチ、またマグノラさんのところに遊びに行くの?」

 黒ドラちゃんが話しかけると、モッチはその通り!と言うように、元気に一回転してみせました。


「そうだ!ねえ黒ドラちゃん、この子のことマグノラさんに聞いてみたら良いんじゃない?」

 ドンちゃんがお耳をピンッとさせて言いました。

「そっか!マグノラさんならこの子が何ていう生き物か知ってるかもしれないよね!?」


 黒ドラちゃん達のやりとりを聞いて、モッチが切り株の上に近づきました。その途端、さっきまで丸まって動かなかった小さな生き物が、パッと羽を広げてモッチに飛び掛かりました。いえ、モッチにと言うよりも、はちみつ玉に、です。クリッとしたお目めをキラキラさせて「キキキッ!」と鳴きながらモッチからはちみつ玉を奪い取ろうとしています。けれど、相手は力持ちのモッチです。

「ぶぶ!?ぶいんっ!!」と大きく羽音を鳴らすと、自分よりも大きな黒い生き物を振り飛ばしました。そしてはちみつ玉をしっかりとつかんで、黒ドラちゃんの頭の上に避難します。

「ぶぶいん?ぶぶいん?」

 あいつなあに?と黒ドラちゃんに聞いてます。

 その間に黒い小さな生き物は、空中でくるっと回転すると、再びモッチのはちみつ玉めがけて一直線に飛んできました。


「あ、待って待って待って!」

 あわてて黒ドラちゃんが頭の上のモッチを守ります。けれど黒い小さな生き物は、はちみつ玉しか目に入らないようで「キキッ!キキキーーーーーッ!」と鳴きながらはちみつ玉奪取をあきらめません。


 とうとう黒ドラちゃんが「ダメーーーーーーーッ!」と大きな声で叫ぶと、辺りの空気ががビリビリと震えました。すると、黒い生き物は「キ」と小さく鳴いてキュッと目をつぶり、そのまま地面へ落ちて行きました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る