第164話-誰かさん(たち)のひとりごと
春は出会いと別れの季節……
ニクマーンたちもときめいたりしているようです。
三匹分なので、ちょっぴり長めのひとりごと。
どうぞお付き合いください。
*****
――それはお饅頭のような形をした、柔くて弱い生き物でした――
黒ドラちゃん達がナゴーンの王宮を訪れた日の夜のことです。楽しい宴が終わり、いつもより夜更かしした時間にポル王子はベッドに入りました。枕元には、あらためて王子の宝物となった三匹のニクマーン像が置かれています。興奮して疲れていたのか、王子は横になると間もなく静かな寝息をたて始めました。その様子を確かめると、侍女たちは静かに扉を閉め部屋を出て行きました。部屋の中は、一つ残されたランプの明かりでぼんやりと明るく、そして静かでした。
と、何かボソボソした話し声がしています。
「おい、あれ見たか?」
「見た見た!」
「すげえ可愛い子ちゃん達だったな!」
話し声の主は、王子の枕元に置かれていたはずのニクマーン達でした。確かにさっきまではカチンコチンで動かなかったはずなのに、今はポムポムと弾みながら王子のベッドの上を動き回っています。
「俺、あの桃色の子が良いなぁ」
「おれは緑色の子が良かったよぉ」
「オレ、オレ、紫の子!紫の子!」
どうやら、金・銀・銅のニクマーンたちが話しているのは、黒ドラちゃんがカモミラ王女たちから預かってきた、三つのニクマーンこけしのことのようです。
「でもさあ、見た?あれ」
「見た見た」
「な~んか、むかつくヤローだよな!?」
何だか話の雲行きが怪しいです。金・銀・銅のニクマーンは、何だか不満そうにモニュモニュと集まって語り合っていました。その時、ベッドのすぐそばの床がぼんやりと明るくなりました。三匹のニクマーン達もすぐに気付いて、じっとその場所を見つめます。すると、何もない床から、何やら見覚えのある丸っこい物が現れました。
一番初めに青い羽根の模様のあるニクマーンがぽむんっ!と出てきました。続いて花模様の紫のニクマーン、蔦模様の緑色のニクマーン、そして最後に薄桃色の花模様のニクマーンが現れました。
「ふうっ、やはりこの程度の移動など、私の魔術を持ってすれば簡単でしたな」
青いニクマーンが得意そうにつぶやきます。それをサラッと聞き流して、薄桃色のニクマーンが言いました。
「まずは金様と銀様と銅様にお会いしてご挨拶しなければ!」
上品そうにぽむりぽむりと部屋の中を移動し始めます。
「あーっ、あ、あのっ」
王子のベッドの上の金のニクマーンが、カチンコチンになって声を上げます。
「あら、そちらにいらっしゃたのですね?」
薄桃色のニクマーンがぽむんっと弾んで金・銀・銅のニクマーンの前にやってきます。
「さきほどは人間達がたくさんいたものですから、きちんとご挨拶も出来ずに失礼いたしました。わたくし、ノーランドの第三王女のカモミラ様の元におります、ニクマーンこけしのモモーラでございます」
その隣に紫色のニクマーンが弾んで並びます。
「わたくしはカモミラ様の侍女のドーテの元におります。ドーファです」
反対側の隣に緑色のニクマーンが弾んで並びます。
「わたくしはドーテの双子の妹のモーデの元におります、モーファです」
最後に青いニクマーンがベッドの上に弾んで乗っかりました。
「わたくしは、バルデーシュの偉大なる魔術師であるゲルード様を幼少より見守ってきた、ブルーノと申す者、以後お見知りおきを」
ゲルードそっくりのわざとらしいくらいの大げさな動きで自己紹介しています。
「あ、はいはい、ブルちゃんね。もちょっと隅っこの方へ行ってくれる?」
金のニクマーンが軽くぽむんっと体をぶつけてブルーノを押しやります。
「おととっ!」
ブルーノがよろめきました。
「あ、もちょっとあっちね」
銀のニクマーンもさりげなくブルーノを押しやります。
「わたたっ!」
ブルーノが傾いて転がりかけました。
「はい、あともう一息そっちね」
銅のニクマーンもすかさずブルーノを押しやります。
「あわわわっ!」
とうとうブルーノはベッドの上から転がり落ちました。ぽむんっぽむんっと、窓の方まで転がっていきます。そのすきに、金のニクマーンがモモーラの前に出ると、平たくなってキリッと名乗ります。
「改めてご挨拶させてください、姫。私は金のニクマーンのキンでございます」
銀のニクマーンも平たくなって名乗ります。
「私は銀のニクマーンのギンでございます」
モモーラに名乗っていますが、ドーファのことが気になるようで、そちらの方へ若干膨らんでいます。
銅のニクマーンも平たくなって名乗りました。
「銅のニクマーンのドンでございます」
同じようにチラチラとモーファの方を気にしているようで、そっちに膨らんでいます。
「まあ、ご丁寧なごあいさつをありがとうございます。伝説の金・銀・銅のニクマーン様たちにお会いできて本当に光栄です」
モモーラの体が濃い桃色になりました。嬉しくて興奮しているようです。
「小さな頃から、皆さまがご登場するお話をドーテ様たちと聞いてまいりました」
「本当に本当に、皆さまに今回お会いできたことは夢のようです!」
ドーファとモーファも嬉しそうにぽむぽむ弾みながら話しました。まるでアイドルに会えたファンのようです。
そのまま六匹でモニュモニュと嬉しそうにかたまって弾みながら話していると、ふとドーファが言いました。
「あれ?そういえばブルーノはどこに行ったのかしら?」
キョロキョロしていると、部屋の隅の方から何か聞こえてきます。
「……ピカピカじゃなくたって、羽模様だって良いではないか……にくまーんだもの。本当に女子ときたら光り物に弱いのだから……」
窓際の壁のところで、ブルーノがいじけてひしゃげています。
「ブルーノ、なにやってるの?」
ドーファが声をかけると、ブルーノはわざとらしく一層ひしゃげました。
「……わたくしのことは気にしないでくれたまえ。いや、どうせわたくしのことなんて忘れていたね?……」
まったく、主人と同じく面倒くさいニクマーンです。
でも、ドーファはベッドから降りるとブルーノのところまでぽむぽむと弾んで行きました。
「ほら、あなたも楽しみにしていたでしょう?伝説の三匹のニクマーン様たちに会える!って」
「そうだが。わたしはあまり歓迎されていないようですな……」
ブルーノがチラッとベッドの上の三匹のニクマーンを見ると、三匹はわざとらしく「大歓迎!大歓迎!」と弾んでみせています。
「ほら、ああやって仰って下さっているんだから、早く戻りましょう?」
ドーファが優しくブルーノにぽむぽむ体をぶつけながら言うと、ようやくブルーノもひしゃげを直してベッドの方へやってきました。
「まったく、ブルーノったらいつもドーファに甘えて……」
「仕方ないわね。大目に見てあげましょう」
モーファとモモーラの会話を聞いて、ギンがたずねてきました。
「えっと、あの二匹はいつもあんな感じ……なんですか?」
「そうですわね、ドーファは昔からブルーノと良く一緒に遊んでいたから……」
「ご主人様同士も何だかんだと仲が良くて……ねえ?」
そういって意味ありげに「ふふふ」と笑うモモーラとモーファを見て、今度はギンがだんだんひしゃげ始めました。
「ギ、ギン、元気出せ!」
「そ、そうだよ。あ、あのっノーランドには他にもニクマーンこけしはいっぱいいるんでしょう?」
キンとドンが、ギンをなぐさめながらモモーラ達にたずねてきました。
「ええ、ノーランドにはたくさんいますわ。さすがに金・銀・銅のニクマーンこけしには会ったことがありませんが、色々な色のこけしがおります」
「そう、ノーランドでは、それぞれのご主人様が眠った後、こうやってニクマーンこけしだけで集まって、パーティーを開くのです」
モモーラとモーファはパーティのことを思い浮かべたようで、嬉しそうにポムポムと弾んでいます。
キンが恐る恐るたずねてきました。
「えっとさ、じゃあひょっとしてモモーラ姫にもブルーノみたいな……幼馴染のニクマーンとかいたりして?」
するとモモーラが濃い桃色になりました。
「わたくしは、カモミラ様が小さなころからバルデーシュによく出かけました。だから、その……スズロ王子のニクマーンこけしのフブロとよく遊んで……」
最後の方は恥ずかしそうにモニュモニュしてしまって聞き取れませんでしたが、モーファが補足でとどめをさしてくれました。
「だから、今度カモミラ様とスズロ様のご結婚を機に、モモーラもフブロと結婚するのです!」
それを聞いたキンが、カチンコチンになってベッドの下に落ちて行きました。
「あ、キン!くそっ、ギンもつぶれちまったし……ま、まさか」
ドンがモーファにたずねます。
「あ、あのさあ、モーファちゃんにはいるのかな?その……幼馴染?っていうの?そういう感じの……」
すると、モーファがぽむんと弾んでモジモジし出しました。
「私は……その、ただの片思いで」
どうやらドンの恋心も、キンやギンと同じくあえなく消える運命のようです。
ドンもカチンコチンになると、ベッドから転がり落ちて行きました。
「あら、キン様、ギン様、ドン様!どうなされたのですか?」
あわててモモーラがそばに寄ろうとしましたが、その時、ドアがノックされました。
「ポル王子?おきてらっしゃいますか?王子?」
先ほどの三匹のニクマーン像が転がり落ちる音を聞いて、近く控えていた侍女が王子の様子を見に来たようです。
「大変!黒ドラちゃんのところへ戻らなきゃ!」
モモーラが叫ぶのと、ブルーノとドーファが弾んで飛んでくるのが重なりました。ブルーノの足元の床がぼんやりと明るくなります。そこへモーファとモモーラがベッドから飛び込みました。二匹は床に吸い込まれるように消えていきます。続いてブルーノとドーファも二匹でぽむんっと弾むと、床に消えていきました。
ニクマーンこけしたちが消えるのとほぼ同時に、部屋のドアが開かれ侍女が顔をのぞかせました。
「ポル様?」
見ればベッドの中でポルはすやすやと眠っています。
「気のせいだったのかしら……」
そう言って部屋を後にしようとした侍女は、床に落ちているニクマーン像たちに気づきました。
「あ、ニクマーン像たちが落ちた音だったのね」
そうつぶやくと三匹をさっと拾い上げ、今度はベッドの上でもポルから少し離れた場所に置きました。
「今度は落とされないようにね」
そう言って優しく三匹を撫でると、侍女は静かに部屋を出て行きました。
部屋の中は静かです。
……いや、誰かのすすり泣きが……
「泣くなよ、ギン!俺だって俺だって……」
キンの声が震えています。
「キンもギンも泣いてる場合じゃないぞ!」
さっきまで一緒にひしゃげていたドンがきりっとした声をあげました。
「……ひっく、なんだよぉ、ドン。なに張り切ってんだよ?」
涙でぐずぐずになりながらギンがたずねると、ドンがプワンッと膨らんで言いました。
「俺たち、ノーランドに行くんだよ!!」
「ノーランド!?」
キンとギンが声を合わせて聞き返します。
「そうだよ!きっとノーランドに行けば、俺たちのこと好きになってくれる可愛い子ちゃんニクマーンが見つかるって!」
「可愛い子ちゃんニクマーン……」
キンとギンが再び声を合わせて繰り返します。
そのまま三匹は、モニュモニュとベッドの上で何やらかたまって話し合っていました。
やがて、三匹とも元気よくプワンッと膨らむと、ポルの枕に登ってきました。
「♪楽しい楽しい♪ノーランド~♪」
「♪行こうよ行こうよ♪ノーランド~♪」
「♪待ってる待ってるノーランド~♪」
怪しげな歌を小声でポルの耳元で歌っています。
「うう~ん」
ポルが寝返りを打ちました。
「むにゃ……のお…らんどぉ……むにゃ」
(よっしゃあ!やったーーーーーっ!)
三匹は大喜びで部屋中を跳ね回りました。
翌朝、目覚めたポルがニコニコしながら三匹に話かけます。
「あのね~、ボクと~ってもたのしーゆめみたの!」
「!」
思わず三匹がガッツポーズ(みたいな膨らみ方)をとります。
ポルが続けて言いました。
「でもね、もうわすれちゃった!」
ずささーっと音がしそうな勢いで金・銀・銅のニクマーン像が部屋中に転がっていきました。
その日から毎晩、ポルの耳元でノーランド讃歌を歌い続けた三匹の苦労が報われたかどうかはわかりません。でも、成長したポル王子は、友好目的でノーランドを訪問した最初のナゴーンの王族になりました。王子が連れてきたニクマーン像たちの美しい歌声に国中が酔いしれたとのことなので、多分ニクマーンこけしからもモテモテだったに違いない!
……とまあ、そういうことにしておきましょう。
――それはお饅頭のような形をした、柔くて弱い、でもとってもたくましい生き物でした――
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