第166話-王子様とキーちゃん

 モッチがようやくほっとして「ぶい~~~~ん」と黒ドラちゃんの頭の上から降りてきました。地面に落ちて動かなくなった黒い生き物の方へ恐る恐る近づいて「ぶぶいん」と羽音で話しかけています。モッチに話しかけられた黒い生き物は「キキッ」と弱々しい声で小さく答えていました。モッチはしばらくぶんぶん言って話していましたが、持っていたはちみつ玉を黒い生き物に渡してしまいました。

「え、モッチ、良いの?」

 黒ドラちゃんが驚いてたずねると「ぶいん、ぶいぶいん!」と羽音でさっきまで黒い生き物と話していたことを教えてくれました。


 この黒い小さな生き物は、西にあるエステン国からやってきたと言ったそうです。

「エステン国?」

 黒ドラちゃんもドンちゃんも知らない国の名前です。

「ぶぶん、ぶいんぶいん」

 モッチも初めて聞いたそうですが、西の方にある霧で包まれた不思議な国だと言いました。

「霧で包まれてるんだ?」

「ぶいん、ぶいん」

 モッチは、この黒い小さな生き物(ずっとキーキー鳴いていたので、キーちゃんと呼ぶことにしたようです)の身の上話を聞いていたようです。

「それで、どうしてはちみつ玉をあげちゃったの?」

 黒ドラちゃんがたずねると、モッチは「ぶぶん」と答えてくれました。

「え、王子様を助ける?」

「ぶん!」


 どうやら、キーちゃんには何か事情があるようです。黒ドラちゃんはドンちゃんと顔を見合わせました。

「あのさ、やっぱり一度マグノラさんのところに行ってみようよ」

「そうだね。そうしよう!黒ドラちゃん」


 モッチを頭に、ドンちゃんを背中に、手のひらにキーちゃんを乗せると、黒ドラちゃんはマグノラさんのいる白いお花の森を目指しました。





 白いお花の森の真ん中で、マグノラさんはいつものようにお昼寝していました。

 黒ドラちゃん達が進んでいくと、マグノラさんがうっすら目を開けてつぶやきます。

「おやおやおや、これは珍しいお客さんだね?」

 マグノラさんは、黒ドラちゃんの手の平で丸まっているキーちゃんを見ています。


「マグノラさん、この子、何の生き物だかわかる?」

 黒ドラちゃんがマグノラさんの目の前に手のひらを差し出すと、キーちゃんが上目づかいでマグノラさんのことを見上げました。


「ふふふ、この子は“コーモリ”だよ」

「コーモリ?」

「ああ、エステンコーモリだね」

「あ、そうそう、そうなの!エステン国から来たって!すごい!さすがマグノラさん!」

 黒ドラちゃんが嬉しくてピョンと跳ねると、手のひらからキーちゃんがパッと飛び立ちました。

「あ、キーちゃん!」

 そのままキーちゃんはパタパタと辺りを飛びまわっていましたが、やがてマグノラさんのところに来ると、逆さまになって腕にぶらさがりました。


「エステンコーモリは、エステンの森からは滅多に出てこないのさ。いったいどうしてここにいるんだろうね?」

 腕にぶらさがるキーちゃんを軽く揺らしながら、マグノラさんが黒ドラちゃんたちにたずねます。


「あのね、森の湖に落ちてたの」

 黒ドラちゃんがそう言うと、モッチがぶい~~~んと飛んでマグノラさんの腕に止まりました。いつの間に作ったんでしょう、マグノラの花の蜜の小さなはちみつ玉を持っています。それをキーちゃんにペロッとなめさせました。

「キ、キキーーーッ!」

 甘くて美味しくて、キーちゃんは受け取って夢中で舐めています。小さなはちみつ玉が無くなってしまっても、名残り惜しそうに爪をペロペロと舐めていました。


 と、キーちゃんの体がホワンと白く輝きました。


「さて、エステンコーモリのキーちゃんとやら、話を聞かせてもらおうかね?」

 マグノラさんがそう話しかけると、キーちゃんが「えーっと……」とつぶやきました。


「えっ!キーちゃんがしゃべれるようになってる!!」

 黒ドラちゃんがビックリして叫ぶのと、キーちゃんが驚いて「うそーーーっ!」と叫ぶのが重なりました。マグノラの花のはちみつ玉を舐めたキーちゃんは、みんなとしゃべれるようになっていたのです。びっくりしてお目々を丸くしていたキーちゃんですが、すぐにハッとして叫びました。

「あたし、王子様を助けなきゃ!」

 どうやらキーちゃんは女の子のようです。

「どうして王子様を助けるのに、古の森にいたの?」

 黒ドラちゃんがたずねると、キーちゃんは小さなお口を一生懸命動かして、みんなにお話をしてくれました。



 *****


 キーちゃんは、バルデーシュの西にあるエステン国の森の中に棲んでいました。

 森にはキーちゃんと同じ姿の仲間がたくさんいて、みんなで楽しく過ごしていました。

 エステン国の王様、ロドは、ドワーフです。ロド王は、とにかく短気でわがまま、言いだしたら聞かない頑固な王様でした。でも、とても手先が器用で、面白いことや新しいことを思いつく、モノ造りの天才でもありました。ロド王は、モノ造りには斬新な手法でも何でも取り入れる柔軟さを持ち合わせていたのです。だから周りの者達は、なんやかんやと王様のことが大好きだし尊敬もしていました。


 そんなロド王には、跡取りがいました。亡くなられた王妃さまに似た、見目麗しい王子アズール様でした。王妃さまはドワーフでは無くて、元々はバルデーシュの王都に住んでいた人間だったのです。

 頑丈で風邪ひとつひかないドワーフと違い、アズール王子は小さな頃から病弱でした。ベッドで寝込む王子を見る度に、ロド王は「ふん」と鼻息を荒くして部屋を出て行きました。そんな風にして成長するうちに、王子はとても引っ込み思案で消極的な性格に育ちました。2年前に王妃が亡くなった頃には、王子の方から王に話しかけることはほとんど無くなっていたのです。

 引っ込み思案で暗~い感じの王子様ですが、森の仲間の間では人気がありました。というのも、悩みの多い王子様は夜も眠れないことが多いらしく、よく真夜中の森にお散歩に来ていたのです。

 ある時、キーちゃんがおそるおそる王子様に「キー」と話しかけると「こんばんは。ステキな月夜だね」と答えてくれたのです。キーちゃんにとっては、王子様が返事をしてくれるなんて夢のようでした。それ以来、王子様が森を訪れると、いつもいつもキーちゃんは王子様と一緒にお散歩するようになりました。と言っても、キーちゃんが王子様の周りを飛んでいるだけでしたが……


 アズール王子が23歳になった時、王様が「次の王はアズールだ!」と宣言しました。キーちゃんは嬉しくて嬉しくて、お祝いを伝えたくて王子様が森に来るのを楽しみにしていました。

 ところが、王様の宣言の後、王子はピタッと夜の散歩に来なくなってしまったのです。そして、久しぶりに森に来てくれたと思ったら、そのまま一気に森を抜け、霧の向こうのバルデーシュまで出て行ってしまったのです。王子が森を抜けていくのに気づいたキーちゃんは、周りのみんなが止めるのも聞かずに、後を追って森を飛び出してしまいました。

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