第155話-涙と奇跡
王女を見つめ立ち尽くす女王の前に、ホーク伯爵がひざまずきました。
「元々は、私がニクマーン像への想いをおろそかにしたことが原因です。王女様はたまたまそこに居合わせたに過ぎません」
女王はホーク伯爵の言葉を静かに聞いているようでした。
「家宝だ、大切なのだと言いながら、いつの間にか、ただの高価な宝飾品のように扱っておりました。私にはニクマーン像の持主たる資格が無くなっていたのです。どうか、罰するなら私を。王女様やお付きの者たちには寛大なお心をお示しください」
深々とお辞儀をするとそのまま顔を伏せて女王の言葉を待っています。
しばらくの沈黙の後に、女王はようやく口を開きました。
「いいえ」
ホーク伯爵は、驚いて思わず顔を上げてしまいました。周りで成り行きを見守っていた人々も、女王が王女たちを厳罰に処する気なのか?と心配そうに見守っています。
不安でドキドキしている黒ドラちゃんの耳に、ラウザーがごくりっと唾を飲み込む音が聞こえました。ドンちゃんと食いしん坊さんが、ギュッと手を握り合います。リュングは、ラウザーの尻尾をぎゅーっと握りしめていました。
女王は王女の前に立つと、しゃがみ込み目線を合わせました。メル王女は、震えながらも背筋を伸し、毅然と女王の言葉を待っています。
女王はそんな王女の様子を見た後で、静かに「ごめんなさい」とつぶやきました。
「!?」
王女は驚いて、思わず素の表情を出してしまいました。
女王は再び静かに王女を見つめると、後ろのホーク伯爵を振り返りました。
「私には、ホーク伯爵を責めることは出来ません」
そして再び王女を見つめます。
「手元にある宝をおろそかにしていたのは、私も同じ」
そう言いながら、女王は王女を抱き締めました。本当に、久しぶりに、その小さな体を両腕で包み込みました。
「王子が淋しがっていることも、王女がこんなにも気持ちを張りつめさせていたことにも、私は全く気付いておりませんでした」
女王の腕の中で、王女がしゃくりあげ始めています。
「私は、いつからこの子たちのことが見えなくなっていたのかしら」
もう、王女は声を上げて泣いていました。子どもらしく、顔中を涙でぐしゃぐしゃにしながら。満たされた想いがあふれるように。女王も涙を流しながら、優しく王女の頬を何度も拭いてやります。
その場のナゴーンの人々は戸惑っていました。今回のことは、確かに国を揺るがす大事件です。けれど、ならば誰が責任を?などと誰も口には出来ません。王が亡くなってから、女王がどれほど身を挺して国のために尽力してきたか、知らぬ者はいませんでした。どう決着をつければ良いのか、誰も口火を切れない中で、突然大きな声が辺りに響きました。
「うああ~~~~ん!おねえちゃまぁ!おかあさまぁ!」
突然王子が泣きながら女王と王女に抱きつきました。
「なかないでええええ!なかないでええええっ!」
王子の声に、女王が優しく微笑みました。王女と王子を一緒に抱きしめます。すると、王子のそばで心配そうに弾んでいたニクマーン達が、嬉しそうに光り輝きはじめました。
「やったあ!ポル良かったな!」
「やったあ!メルもよかったなぁ!」
「やったあ!ナゴーンのお城はやっぱり良いところだぜ!」
嬉しそうに光り輝きながらポムポムと弾むニクマーン達を見ていると、黒ドラちゃんも嬉しくなってきました。
「花びら、たっくさん用意してくださーい!」
黒ドラちゃんが大きな声でお願いすると、周りの人たちが驚いてザワザワし出しました。
「ラウザーとあたしで、ナゴーンの王都を飛びます!花びら撒きながら飛んじゃいます!」
すぐに「わかりました!」と返事が返ってきました。あの、真実の魔石を確かめてくれた貴族でした。実はけっこう国の偉い人だったようです。
「花びらのご用意を!今夜は宴ですぞ、王女や王子にもぜひご臨席していただきましょう!」
ポムポムと弾むニクマーンを見ながら、その人は続けます。
「今夜の目にしたのは、ホーク伯爵はもちろんのこと、王子や王女のご協力が無ければとても目にすることが出来なかった“奇跡”ですぞ!」
それを聞いて周りの貴族達も動きだしました。
「さあ、花びらを!」
「宴の続きを!」
「花火をあげましょう!」
さきほどまで心配そうに見守っていた人々が、明るい表情で広間を行き来しています。女王は自分のすぐ横に、王子と王女の席を設けさせました。
宴が再開され、ホーク伯爵が連れてきた劇場付きの芸人達が様々な芸を披露し人々を楽しませます。ドンちゃんと食いしん坊さんは、ここでもノラウサギダンスを披露し拍手喝さいを浴びました。
花びら籠の準備が出来て、黒ドラちゃんとラウザーが屋上に出ると、女王を初め王宮の人々も一緒に出てきました。黒ドラちゃんをビックリさせた、あの打ち上げ花火がまた夜空を彩ります。広がる光の花を背景に、黒ドラちゃんとラウザーが飛びたちました。
はじめ、竜の姿におびえていた王都の人たちは、やがて自分たちに花びらが降り注いでくると、歓声をあげました。王宮の屋上では、リュングがさりげなくあの偉い貴族の人の傍でしゃべっています。
「素晴らしい!ナゴーンの王宮って素晴らしいですねぇ。陽竜様も古竜様も、今夜の奇跡は決して忘れないでしょう。アマダ女王は素晴らしいお方ですぅ」
繰り返されるバルデーシュの魔術師見習いの褒め言葉に、ナゴーンの貴族達もアマダ女王を誇らしく感じていました。
「ありがとう~!ナゴーン大好き!」
「ナゴーン!また来るぜえ!」
黒ドラちゃんとラウザーは元気良く声をかけながら、王都を何周もグルグルと飛び続け、大量の花びらを撒きました。
後に、ナゴーンで竜飛記念日として祝日に定められることになった一日は、こうして喜ばしい数々の出来事とともに、人々の胸に刻まれたのです。
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