第156話-ハッチ
翌朝、黒ドラちゃん達は、竜の姿になってナゴーン王宮の屋上にいました。
楽しかった宴も終わり、心配事もなくなった今、バルデーシュへ帰る時が来ていました。
アマダ女王とメル王女、ポル王子、それからゆうべ真実の魔石の時にお手伝いしてくれた貴族さん、ホーク伯爵も見送りに加わっています。ポル王子の腕の中にはニクマーン像がありましたが、三つともカチンとしたまま動きません。
「どうして動かなくなっちゃったんだろう?」
黒ドラちゃんが不思議そうにつんつんとつつくと、ポル王子が答えてくれました。
「キンちゃんたちはね~ぼくひとりだけのときしかおしゃべりしなかったの。きのう、はじめてみんながいるのにうごいたんだよ」
そういえば、バルデーシュでモーデさんも同じようなことを言っていました。どうやら、ゆうべが特別だったようです。
「りゅうがいたからかなあ?」
ポル王子が不思議そうに言って、黒ドラちゃんに金のニクマーン像を近づけてみます。でも、金のニクマーン像は動きません。今度はラウザーのところへ行って、尻尾にピタッと当ててみました。やはり金のニクマーン像は静かに輝くだけです。
「きっとポル王子が可愛がってくれていたから、みんなにもご挨拶したくなったんだよ!」
黒ドラちゃんがそう言うと、ポル王子は嬉しそうにニクマーン像たちを撫でました。ホーク伯爵がそれをちょっと切なそうに見ています。
さて、それでは出発!となった時に、黒ドラちゃんはニクマーンはちみつ玉のことを思い出しました。
「忘れてた!モッチに怒られちゃう!あの、これ特別製のはちみつ玉なんだけど、もし良かったらニクマーン像たちと一緒にしてあげて」
黒ドラちゃんがポシェットからニクマーンはちみつ玉を取り出し、王子に差し出します。甘い香りが辺りに漂いました。王子がニクマーン像と一緒に、はちみつ玉のニクマーンも抱え込みました。けれどニクマーンはちみつ玉は、コロンっと転がって腕の中からこぼれてしまいました。
「あっ!」
黒ドラちゃんがあわててニクマーンはちみつ玉を追いかけると、コロコロと転がってホーク伯爵の足元にぶつかり止まりました。ホッとして拾い上げようとしましたが、どういうことかはちみつ玉がホーク伯爵の足にくっついたまま取れません。
「あれれ?」
ホーク伯爵が不思議そうな顔をしながら足元のはちみつ玉を拾い上げます。そして、王子の腕の中に戻しました。ところが、はちみつ玉は再びコロンっと転がって腕の中からこぼれてしまったのです。そして再びコロコロと転がるとホーク伯爵の足元にぶつかって止まりました。
「――?」
ホーク伯爵が再び拾い上げて、ニクマーンはちみつ玉を不思議そうに見つめます。
黒ドラちゃんがひょっとして……とベルトの魔石を外してその場に置きました。そして、ホーク伯爵に、ニクマーンはちみつ玉をその上に乗せてもらいます。黒ドラちゃんが、まるでニクマーンはちみつ玉が生き物であるかのようにたずねます。
「ポル王子のところで、ニクマーン像たちと一緒にいたい?」
魔石はゆっくりと黒くなっていきました。
「ええ!?」
周りで見ていたみんなが驚きます。けれど、一番ショックなはずのポル王子はうんうんとうなずきながら、黒ドラちゃんと同じようにニクマーンはちみつ玉に話しかけました。
「ほーくはくしゃくのところにいきたいの?ハッチ」
すると真実の魔石がゆっくりと白に戻っていきます。
「おお!」
ホーク伯爵が嬉しそうに声をあげてから、はっとして恥ずかしそうに周りを見回しました。
「いや、その――」
思わず喜んでしまったことを恥じて顔を赤らめるホーク伯爵に、ポル王子がニクマーンはちみつ玉を差し出します。
「ハッチは、ほーくはくしゃくといっしょがいいって。はいっ、どうじょ!」
そう言って、ポル王子からホーク伯爵へ手渡されたはちみつ玉は、ホワンと柔らかく膨らんだように見えました。
「私が受け取ってもよろしいのでしょうか?」
自信が無さそうにホーク伯爵が黒ドラちゃんに聞いてきます。
「ええと、ハッチ?が一緒が良いって言うんだから、それが一番だと思うよ!」
黒ドラちゃんの答えに、ホーク伯爵が嬉しそうにニクマーンはちみつ玉を両手で包みます。
「ハッチ、ですか。良い名前ですね。これからは私と一緒ですよ、ハッチ」
ポル王子の腕の中のニクマーン像たちも、ホーク伯爵の手の中のニクマーンはちみつ玉も、どちらもとても幸せそうです。
黒ドラちゃん達は安心して出発することにしました。行きの時のように、新婚さんの花籠の中に食いしん坊さんとドンちゃんが収まります。ラウザーの背中には負んぶされたリュングがいました。
「大変お世話になりましたぁ」
最後まで演じきったリュングの弱々しい別れのご挨拶を最後に、一行はナゴーンの王宮を後にしました。
去っていく二匹の竜の姿を見送りながら、アマダ女王はポル王子とメル王女をしっかりと抱きしめました。
この手の中の宝物を、もう二度と見失うまい、と言うように。
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