第146話-素晴らしい一夜

 ラマディーが無事に戻ってきたことで、伯爵はぐっと表情も明るく元気になりました。

「何だか急に食欲が出てきました。皆さまはいかがですかな?」

 笑顔で聞かれて、黒ドラちゃん達はバルデーシュを出てから何も食べていないことに気がつきました。


「俺、すっごく腹ペコだあ!ナゴーンに来た時は、いつもじーさんが魚料理をごちそうしてくれるんだけどさ」

 ラウザーがお腹をさすりながら話します。

「そんなヒマ、なかったもんね」

 黒ドラちゃんのお腹も、ぎゅるるるる~ん!と大きく鳴りました。伯爵は、すぐに夕食の準備をするようにと屋敷の人たちに話してくれました。しかも、隣の大劇場で食事をしながら歌や踊りやお芝居を見せてくれるというのです。それを聞いた食いしん坊さんが、ドンちゃんとなにやら小声で話しあっていました。ドンちゃんが食いしん坊さんにコクンとうなずくと、食いしん坊さんが伯爵の前に進み出てきました。

「ホーク伯爵、もしよろしければノラウサギダンスを皆様にご披露してもよろしいかな?」

 伯爵の目が見開かれます。

「な、なんと、ノラウサギダンスと!?ひょっとして、先日バルデーシュの王宮でノラウサギダンスをご披露したというのは――」

「恥ずかしながら、我ら夫婦のことですな」

 食いしん坊さんが答えると、ドンちゃんがそっと寄り添います。

「いやいやいや、よろしいのでしょうか?貴重なダンスを見せていただけるとなれば、こちらの芸人たちも大喜びでしょうが、ご夫妻はお疲れではございませんか?」

 伯爵が期待に目を輝かせながら、それでも一応遠慮して聞いてきます。芸術に造詣の深い伯爵は、伝統あるノラウサギダンスのことも知っていました。けれど、バルデーシュを経て入ってきた噂では、ノラウサギは一時は絶滅寸前まで数を減らし、ダンスの踊り手もほとんどいなくなってしまった、というものでした。まさか、自分の領地でその幻のダンスを見ることが出来るとは、思いもしなかったのです。


「いや、古竜殿に籠を運んでいただいて、我らは海の景色を眺めくつろいでおりました。疲れはございません」

 食いしん坊さんの答えに、伯爵は心底うれしそうにうなずきました。すでに劇場に向かっていた座長に向けて人をやり、準備を頼みました。そして、食いしん坊さんとドンちゃんを自ら劇場へと案内する、と言いだしたのです。


「え、でも伯爵様、大丈夫なの?急にそんなに動いたら、目が回っちゃわない?」

 黒ドラちゃんが心配そうにたずねると、伯爵が目をキラキラさせながら答えます。

「私はこの劇場の一番の責任者です。このように滅多にない豪華な出演者がお見えなのに、のんびりとはしていられません!」

 さっきまでとは別人のように生き生きとした伯爵の姿がそこにありました。


 その夜、ホーク伯爵の劇場では、無料で盛大なショーが披露されました。劇場付きの様々な芸を持つ芸人たちが舞台に立ち、ラマディーの笛とアーマルの踊りも披露されました。それぞれが、舞台に立てる喜びが体中からあふれていました。観る人は心を揺さぶられ、笑い、涙しました。たまたまその夜に劇場を訪れた人たちは、この思いがけない幸運を喜びました。


 その夜のショーは、ノラウサギダンスによって締めくくられました。ノラウサギダンスの佳境には、黒ドラちゃんとラウザーが舞台と客席の上を飛んで花びらを撒きました。

 そうして、舞台の上の者にとっても、それを観ていた者にとっても、忘れられない素晴らしい一夜は幕を下ろしました。



 あくる朝、すっかり大満足の黒ドラちゃん一行は、これからどうしようかと話しあっていました。

 ラウザーは、すぐにバルデーシュに戻るつもりになっていました。ニクマーン像は見つけられなかったけど、アーマルは無実とわかってもらえたし、劇場の夜も堪能できました。あとは港町で新鮮な魚料理でも食べてから帰ろうか?なんてリュングに言ってます。なにより、ラキ様を置いてきたことが気がかりなんでしょう。ラキ様へのお土産さえ買えれば、あとはすぐにでもバルデーシュに戻りたいって顔に書いてあります。

 食いしん坊さんとドンちゃんは、出来ればもう少しだけナゴーンでゆっくりしたいなあ、って考えていました。だって、新婚旅行なんですもの。ちょっとだけロマンチックな場所も見てみたい気がしていました。

 黒ドラちゃんは、やはりニクマーン像が気になっていました。カモミラ王女たちから預かってきたニクマーンこけしも、モッチから受け取ったニクマーンはちみつ玉も、ニクマーン像に会わせてあげられていません。とりあえず、モッチのはちみつ玉だけでもホーク伯爵に受け取ってもらえば良いのかな?どうしようか?と悩んでいました。


 それぞれ全然別な方向へ考えをめぐらせているところへ、ホーク伯爵が現れました。なんだか、顔色が冴えません。

「おはようございます、皆さま……」

 昨日あんなに生き生きしていたのに、一体どうしちゃったんでしょう。

「伯爵様、なんだか元気ないね?どうしたの?」

 黒ドラちゃんが心配そうにたずねると、伯爵はしばらく迷った末に話しだしました。

「実は、王宮から迎えの馬車が来ているのです」

「王宮?王宮ってナゴーンの?」

「はい」

「え、なんで?どうして?それってあたしたちのお迎えなの?」

「実は、陽竜様と古竜様が我が領地をご訪問されていることが王宮に伝わったらしく、ぜひ王宮へお越し願いたい、と」

 黒ドラちゃんとラウザーは顔を見合わせました。


「それで、王宮に伝わってしまった以上、このままお帰りいただくことは非常に難しく……」

 伯爵は、自分の短慮のせいで皆様を巻き込んでしまった、と本当に申し訳なさそうに謝りました。王宮からの要請を断ることは、自分には出来ないのだ、と。

 それを見ていた黒ドラちゃんは「良いよ、行こうよ!」明るくみんなに言いました。ドンちゃんがすぐに「うん!行こう!」と言ってくれます。食いしん坊さんも「ハニーが行くところ、どこであろうと私も一緒です!」と言ってくれました。でも、リュングとラウザーは迷っていました。


 リュングは見習いとはいえ、バルデーシュの国に属する魔術師です。自分が王宮に行けば、非公式という建前がゆらぎます。ラウザーの方は、ラキ様のことを考えると一刻も早く戻りたいのが本音です。

「う~ん」リュングがうなりました。

「うう~ん」ラウザーが尻尾を高速にぎにぎしています。

 どうするんだろう?と黒ドラちゃんが見守っていると、リュングがパッと目を見開きました。

「飛んで行きましょう!」

「えっ!?」

 ラウザーがビックリして尻尾を手放します。

「飛んで行くの?どこに?」

 黒ドラちゃんがリュングにたずねると「王宮です!」という元気な声が返ってきました。それを聞いて、みんなは顔を見合わせました。

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